初級翻訳・海底大陸 第17話

海底大陸

「ほう、これが見えるとは、きみも一人前の海員だ。――しかし、これは大変だ。おい、戦闘準備だ!」
ルゾン号はいつの間にか、武装を整えていました。そういえば、カバーで包まれた妙なものが甲板のあちこちにあります。その形からして、大砲のようなものもあり、対空砲のようなものもあります。これでは立派な仮装巡洋艦です。
甲板のいたるところから大きな号令の声が響きます。転んだのかと思うほどの速さで駆け回る水夫たち。カバーが取り払われて、二門の砲が現れました。そして砲口は一転して、右舷はるか先の海上に狙いを定めました。今にも、ずどーんと砲声がとどろき、硝煙がしだいに波立つ海上に広がっていきそうな雰囲気です。戦闘の前の、息が詰まるような緊張感でした。

そのとき、潜望鏡は、だんだんと海面に伸び上がってきました。大胆不敵なやつめ!
そう思っているうちに、いよいよ船体をあらわにして、ルゾン号のすぐそばにぽかりと浮かび上がったのを見ると、これぞ英国海軍が海賊艇と呼んで憎んでいる「鉄水母(てつくらげ)」潜水艇でした。エバン船長は双眼鏡をあてたまま、船橋に棒立ちになっています。砲手たちは、船長の号令とともに大砲の引き金を引くつもりで、身構えています。
そのとき、船長がさっと高く片手を上げました。いよいよ、撃ち始めの号令か。
「おい! 撃ってはならん。しばらく撃つな。『鉄水母』がこっちへ信号を送っているぞ」
謎の潜水艇「鉄水母」が、ルゾン号を呼んでいるというのです。怪光線を出して飛行機を悩ませたりする海賊艇が、ルゾン号に何の用があるというのでしょう。
「おい、撃つな、撃つな」
とエバン船長はしきりに制止しています。そのそばでは、長良川博士が落ち着き払って、しきりに双眼鏡のピントを合わせています。
「ほう、とんでもないことを言ってきやがった。――おい、信号旗を出せ。『返事をするからしばらく待ってくれ』と伝えてくれ」
さすがのエバン船長も、「鉄水母」からの信号に驚いている様子です。
「船長、向こうは何と言ってきたのですか」
と、長良川博士が声をかけました。
「おお、長良川博士。大変なことになりました。向こうにいるあの潜水艇は、かねてお話していたあの『鉄水母』なんですよ」
「ほう、『鉄水母』とはあれですか。これは珍しい。それなら、もっとよく見ておくのだった」
と博士は双眼鏡を構え直します。
「長良川さん、見るのは後でよろしい。それよりも、とんでもないことを言ってきているんです」
と船長は、普段には似合わず慌てています。
「ほほう、それは一体何事ですか」
「こういうのです。向こうの艇に三人ほど乗せる余裕があるから、わしをはじめ、長良川博士、あと一人というところで、こっちへ乗り移らないかというのです。そうすれば、メリー号の沈んでいる海底へ案内する、と言うのですよ」
エバン船長はしゃべりながら、自分でも言っている内容に驚いています。それも無理はありません。謎の潜水艇「鉄水母」からの招待なのですから。何が気味悪いといって、これほど気味の悪いことがあるでしょうか。場所は大西洋の真ん中、しかも豪華客船クイーン・メリー号が遭難した現場付近です。そのうえ、招く相手が、あの「鉄水母」なのです。
「そりゃあ願ってもない幸いだ。わしは乗せてもらいましょう」
と長良川博士は即座に答えました。
「ええっ、あなたが行かれるのですか」
「あなたはどうするのですか」
「わしはダメです。船長が船を離れることは許されていません」
と船長は首を振りました。そして改めて博士の落ち着いた顔をしげしげと見つめ、
「やはりあなたは学者ですなあ。学問のためには危険を顧みられない」
「では、あとの二人は誰にするかなあ」
すると、そばで話を聞いていた三千夫少年が、待っていましたとばかりに、
「博士! 」「ぼくをぜひ連れていってください。ぼくはメリー号にいる仲間たちに早く会いたいのです」
三千夫少年は、熱心なまなざしを向けてそう言いました。
「そうだねえ、三千夫君。きみなら、わしと一緒にゆく資格が十分にあるようだ」
これで二人は決まりました。では、残る一人を誰にしようか。そう思案しているところへ、昇降口からドン助教授が急ぎ足で飛び込んできました。
「長良川博士。あなたが『鉄水母』に乗られるのでしたら、わたしもお供をしましょう。あなたと共に研究するように命じられてきたのですから、わたしがルゾン号に残っていることは意味がありません」
ドン助教授の話は、なるほどもっともな筋道が立っています。
「よろしい。一緒に来てください。しかし、命の保証はできませんよ。そもそもあの『鉄水母』という存在は、科学的にも奇怪きわまるものですからね」
三人は支度を整えて、舷門からボートへと降りていきました。博士の手回り品が入った赤革のトランクも一つ、お供をしています。三人を乗せたモーターボートは本船を離れ、「鉄水母」の方へ向かいました。エバン船長は、三人が「鉄水母」の甲板に乗り移るのをじっと見守っていました。すると、まるい鉄ぶたがぽかんと開き、三人はその中へと入っていきました。「鉄水母」の乗組員は姿を見せません。ふたが閉まると、怪潜水艇はそのまま、ずぶずぶと海中へ沈み始めました。五分もたたないうちに、怪艇「鉄水母」の姿はどこにも見えなくなりました。長良川博士、ドン助教授、三千夫少年の三名は、これから一体どうなってしまうのでしょうか。

へんな風景

舞台は変わって、メリー号の周辺です。メリー号の実質的な指揮をとっていたクーパー事務長は、無惨にも今は水母に目と鼻をつけたような怪物に手取り足取りされ、舷側を越えてどこかへと連れ去られていくところでした。
「ち、ちくしょう! それにしても、どうも臭いぞ」
「ちくしょう」と「臭いぞ」を連発しながら、力なくぐったりとしたクーパーは、怪物のなすがままになっています。秘書のマルラはどうなったのでしょうか。頼りにしていた一等運転士のパイクソンはどこにいるのでしょう。クーパーは、かすんでよく見えない両眼を見開き、今自分の周りで何が起きているのかを確かめようと、涙ぐましい努力をしています。
「あっ、宙を飛んでいる!」
確かに空をふわふわと飛んでいるのです。まるで雲の中にいるような感覚。そのうち、彼の呼吸が急に困難になりました。一体どうしたのでしょう。
「あっ、くる、苦しい……!」
ぴしん、ぴしんと妙な音が聞こえました。キキキキッと、例の怪物が鳴きます。呼吸はますます苦しくなるばかりです。
「ううう、死んでしまうのか」
クーパーは両手で自分ののどをかきむしりました。呼吸はますます苦しくなります。
「ああっ……!」
クーパーは苦しそうな最後の一声を残して、ついに気絶してしまいました。それからどれほどの時間が過ぎたのか、クーパーにはさっぱり見当もつきませんでした。彼がはっと気がついたとき、あたりはまるで真昼のように明るくなっていました。さては元の世界へ帰れたのか、と喜んだのはほんのつかの間でした。
「やっ……!」
クーパーは自分の前に広がる異様な風景に気づき、思わず悲鳴を上げました。
あッ、怪物だ。その怪物が十匹や百匹や千匹ではありません。

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