初級翻訳・海底都市 第11話

海底都市

事の発端は、僕が言った「遠方」という言葉を履き違えたにしても、あまりにひどい勘違いです。

「では、どこからいらっしゃったの? ねえ、本間さん」

困った。全く困った。僕は困り果てました。嘘をつくのは嫌だし、かといって本当のことを言えば、「怪しき曲者め」と言われてひどい目に遭うに違いありません。

「ほほほほ」「ほほほほ……」
とつぜんカスミ女史は、声高く笑いだした。
「よく分かりました。
やっと今、分かったんです。
まあ、そうでしたか、ほほほほ」
僕は目をぱちくりとさせた。
気持ちが悪いったらない。
女史は何をひとり合点しているのであろうか。
「ねえ本間さん。
あなたのいらしたところは……」
と、女史は僕の耳に口をつけて、
「あなたは、うそつきの人間ですね。
本当の人間じゃないんですね。
あなたは二十年前か十五年前の人間で、こっそりこの世界に忍びこんで来たんでしょう。
どうです、ちゃんと当たったでしょう。
白状なさい」
僕は全身に汗をかいて、今にも顔から火が出そうであった。
「はッ。
それは……それはご想像にまかせます。
しかし一体それは、なぜお分かりになったのですか」
これまでに僕の正体を見破った者はひとりもいないのだ。
しかるにカスミ女史は、何を証拠に、断定したのであろう。
「言ってあげましょうか」
女史はくすくす笑った。
「あなたの影法師を、よく見てごらんなさい」
「えっ、影法師ですって」
「そうです。
うしろをふりかえってごらんなさい。
壁にうつっていますね。
ほほほほ」
僕は、ぎょっとしてうしろをふりかえった。
「ああッ、これは……」
壁にうつっている僕の影法師! なんとそれは大人の影法師ではなく、坊主頭の子供の影法師だった。
つまり僕は今大人の姿をしているが、壁にうつっている影法師は子供の姿をしているのだった。
僕がタイムマシンに乗って、二十年後の世界にもぐりこんでいることを影法師ははっきりと語っているのである。
僕は体がすくんでしまう思いで、頭をかかえた。
「たいへんよ。
気をつけなくては……。
もし検察官に知れると、あなたは密航者として、たいへんな目にあわなくちゃならないわよ。
一体どうなさるおつもり?」
女史の言葉に、僕は塩をふりかけられたナメクジのように、いよいよ小さくなってしまった。

密航者狩り

あんなにおどろいたことは今までにない。
僕は大人になっているつもりで、なまいきな口をきいているのに、僕の影法師は、いが栗頭の子供なんだ。
そして、それをヒマワリ軒の女主人カスミ女史に言いあてられてしまったのは、一層きまりの悪いものだった。
僕の顔は火が出そうに熱くなった。
「実は……実は……」
僕は、先生の前に出たいたずら小僧のように、どもった。
カスミ女史は、こっちをみて、にやにや笑っている。
女史の方からみれば、僕がこんなに困っているのが面白くてならないのだろうが、こっちは全身汗だくである。
「実は、僕は二十年前の世界からタイムマシンに乗って、ここへやってきた本間という生徒なんです。
申し訳ありません」
「申し訳ないことはありませんけれど、よくまあそんな冒険をなすったものねえ」
「はっ。
ちょっと好奇心にかられたものですから……」
僕は頭をかいた。
「僕は見つかると、ひどい目にあうでしょうか」
「それはもちろんですわ」
女史は急にこわい顔になって肩をすくめた。
「この国ではタイムマシンによる旅行者を厳重に取締っているのです。
というわけは、あまりにそういう旅行者がこの国へ入りこんで、勝手なことばかりをして、荒しまわったものですから、それで厳禁ということになってしまったのよ」
「ははあ。
彼等は一体どんなことをしたんですか」
「いろいろ悪いことをしましたわ。料理店に入ってさんざんごちそうをたべたあげく、金を払わないでたちまち姿を消してしまったり……」
「ああ、ちょっと待ってください」
僕は、すっかり忘れていたことを思いだして、あわてて声をはりあげた。
「そういえば、僕はまださっきの食事のお金を払ってありませんでしたね。
今お支払いいたします」
僕は、ポケットをさぐってみた。
実は、ポケットにお金が入っている自信はなかった。
ここへ来るにあたって、お金の用意なんかしなかったので、恐らくどのポケットにもお金なんか入っていないことであろう。
大失策だ。
僕はいよいよこの国の罪人になるほか道がないのだ。
困ったことになった――おや、ポケットの中に、何かあるぞ。ガマ口みたいなものが……。
僕は、おそるおそる、それをポケットから出してみた。
青い皮で作ってある大きなガマ口。
(あっ、ガマ口だ! 相当重いぞ!)
僕は夢を見ているような心地で、ガマ口をあけた。
(ほほッ、すばらしい! 金貨が入っている!)
本当だ。
大きなガマ口の中には、ぴかぴか光る金貨が百枚近くも入っていたではないか。
(どうしてこんなすごい大金が、僕のポケットの中に入っていたのだろう)
僕は不思議で仕方がなかった。
しかし今は、その不思議を追っているひまがない。
なぜなら、僕の前にはカスミ女史が待っているからだ。
「どうぞ、このガマ口の中から、料理代をお取りください」
料理代はいくらか知らないが。たとえ料理代が何万円だと言われても、この金貨が一体いくらの価値があるのか分からないため、蟇口(がまぐち)の中から何枚出せばいいのか見当もつきません。
だから僕は、蟇口ごと女史の前に差し出しました。

「まあ、ずいぶんとお金を持っていらっしゃるのね。……料理代は、その金貨を一枚いただいて、おつりをお返ししますわ」
「そうですか」

女史は蟇口の中から金貨を一枚つまみ上げると、戸棚のほうへ行って引き出しを開け、何かがちゃがちゃと鳴らしていましたが、やがて何枚かの銀貨を持って戻ってきました。

「はい、おつりですよ」
「こんなに沢山のおつりなんですか?」

僕は驚きました。二十年後の世界は物価がずいぶんと安いようです。女史が元の席へ戻ったので、僕はさっきの話の続きをしてくれるよう頼みました。

「もうその話はやめましょう。あなたに悪いことを教えても、仕方がありませんから」

女史はその話題については、もう口を閉ざしてしまいました。

「とにかくそんなわけで、タイムマシンによる密航者が見つかると、警察署は直ちにその密航者を冷凍してしまうのですよ」
「冷凍? へえッ、どうして冷凍なんかするんですか?」

僕はめまいがしてきました。

「冷凍にすると、もう時間の上を歩けなくなってしまうからです。人体を形成するあらゆる物質――つまり電子も陽子も中性子も、みんな活動を極限まで縮めてしまうので、人間は丸太ん棒と同じになってしまうの」

女史は、鼻をすんと高くしました。

◇

時間器械を使ってこの国へもぐり込んだ密航者は、見つけ次第、警察の手によって冷凍されてしまうと聞いて、僕は寒気を催しました。

「冷凍されちまったら、もう絶対にこの国から逃げ出すことはできないんですかね」

僕は未練がましく、さらにカスミ女史に問い詰めました。

「それはもちろん、そういうことになりますね。

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