1 ふしぎなウワサ
「火星兵団(かせいへいだん)」っていうウワサ、君はもう聞いたかな!
ふむふむ、今朝の地下鉄の中で、ほかのお客さんが話しているのを、たまたま耳にしちゃったんだね。
――いやいや、これはちっとも冗談(じょうだん)なんかじゃないんだよ。
ぼくたち科学者が、おもしろ半分にみんなをこわがらせようとして言っているわけじゃないんだ。
今、地球に住んでいる人間はみんな、本気になって、しかも大いそぎで戦う準備をしなきゃいけないんだ。
なのに、ぼくの言うことをバカにして、だれも信じてくれない。
このままだと、もうすぐ大変なことになってしまう。
ぼくは今から予言しておくよ! 地球の人間は、一人ものこらず全滅(ぜんめつ)してしまうだろう。
だいたい「火星兵団」っていう名前を聞いただけでも、そのおそろしい相手が何をしようとしているか、だいたい想像がつくはずなんだけどね……。
と、そんな話を、地下鉄の中で聞いたって言うのかい?
ふむ、なるほどね。
その話しぶりからすると、そうやって一人で顔をまっ赤にして興奮(こうふん)していたのは、体が小さくて、頭の髪の毛も、アゴの先にのばしたヒゲも、みんな真っ白な、おじいさん先生だったんじゃないかな?
「その通りだ」って言うのかい。
ふむ、やっぱりそうか。
思った通りだ。
そのおじいさんこそ、有名な天文学者で、ついこの間まである大学のすごい教授だった「蟻田(ありた)博士」なんだよ。
「ついこの間まで教授だった」と言ったけれど、つまり、今の蟻田おじいさん博士は、もう教授じゃないんだ。
博士は少し前に「教授をやめさせてほしい」とお願いして、それが認められたことになっている。
表向きはそうなっているけれど、本当のところは、なぜか大学のえらい人たちから「辞表(じひょう)を出しなさい」と命令されて、むりやり教授の肩書きをとりあげられちゃったんだ。
どうしてそんなことになったのかって? ほら、例の「火星兵団」のせいなんだよ!
あんなふうに「火星兵団」のことを世の中に言いふらしたりしなければ、大学の人たちだって、あんなに年をとった蟻田博士から教授の仕事をうばうようなことはしなかったはずなんだ。
それくらい、大学のえらい人たちは、博士が言いふらしている「火星兵団」なんて話は、ありもしないデタラメだと思って、苦い顔をしていたんだね。
「火星兵団」についての博士の最初の一言は、今から一ヶ月くらい前のこと。なんと、ラジオ放送局のマイクから、日本中に放送されちゃったんだ。
その夜、放送局の中がどれだけパニックになったかは、すぐに「記事にしてはいけない」という命令が出たから世の中には広まらなかった。でも、本当は放送局の中は大さわぎで、局長さんからスタッフまで、みんな顔が真っ青になって、仕事どころじゃなくなるくらいだったんだ。
その夜、蟻田博士がラジオでお話しすることになっていたのは、別に「火星兵団」のことじゃなかった。
そんなものとは全然関係ない、「ぼくの子供のころの思い出」という、がんばって成功したお話をする予定だったんだ。
ところが話の途中で、博士は急に内容を変えて、用意していた原稿にも書いていない「火星兵団」のことを、ペラペラとしゃべりだしてしまったんだ。
つまり、こんな感じだった。
「えー、ところでぼくは、最近、重大な発見をしました。それは、わたしたち地球の人間にとって、本当にとんでもない大問題なのです。事件がおきたのは一昨日の午前四時。まだ暗い夜空に、ぼくはお気に入りの天体望遠鏡を向けて、キラキラ光る星の光を集めていました。するとその時です。おどろいたことに、ついに『火星兵団』という意味の光をつかまえたのです! おお、火星兵団! この言葉は短いけれど、この短い言葉の中には、いよいよ地球の人間に対して、あのナゾの火星の生き物が、今夜のうちにも――」
その時、放送がとつぜん聞こえなくなった。
「火星兵団」について一生けんめいしゃべっていた蟻田博士の声が、どうしてプツンと消えてしまったんだろう?
それは、放送局が停電したからでも、機械がこわれたからでもない。
放送を見守っている役所の人が、博士の話の内容があまりにヤバいのでビックリして、ガチャン!とスイッチを切ってしまったんだ。
役所では、いつでもこうして、問題がある放送はすぐに止めることになっている。
放送室の中にいる蟻田博士は、マイクのスイッチが切られたなんて気づいていない。
だから、日本中の人が自分の話を聞いてくれていると思いこんで、かわいそうなことに、おでこから汗をボタボタたらしながら、一生けんめいに続きをしゃべり続けたんだ。
博士がそのあとに何をしゃべったのか……それは放送が止まってしまったから、だれにも伝わらなかった。
だから、ここには何も書かないことにしよう。
博士が放送を終えて部屋を出ると、そこには、お役所の係の人が待ちかまえていた。
博士のあぶない放送を聞いて、すぐに車でかけつけたみたいだ。
博士はそのまま、お役所へ連れていかれてしまった。
そして、大江山(おおえやま)課長という一番えらい人から、「もう二度と、あんなことはしゃべっちゃいけない!」と命令されたんだ。「どうしてしゃべっちゃいけないんですか。
わしは苦労のすえ、空に『火星兵団』という意味の光を発見したのです。
そしてそれは、まさに人類にとっての大事件なんだ!
それを話しちゃいけないなんて言うあなたの考えが、わしにはサッパリわからない!」
と、年とった蟻田博士は不満をぶつけました。
「いや、その……『火星兵団』という意味の光を空で見つけた……なんて言うから困るのです。
そんなバカバカしいことができるなんて、とても思えませんよ。
火星を警戒しろと言うくらいならかまいませんが、あなたが観測中に何を知ったのか、その詳しい内容については、あとで禁止が解ける命令が出るまで、だれにもしゃべっちゃいけませんぞ!」
大江山課長は、こわい顔をしてきっぱりと言い渡しました。
ふしぎなナゾの言葉「火星兵団」!
蟻田博士の放送によって、「火星兵団」の噂は日本中に広まりました。
そして、そのときラジオを聞いていた人たちを、心底びっくりさせたのです。
けれど、ここに一人、蟻田博士の放送を、だれよりも熱心に、そして大きなおどろきをもって聞いていた少年がいました。
この少年の名前は、友永千二(ともなが せんじ)くん。今年で十三歳になります。
千二くんは、千葉県のある大きな湖のそばに住んでいて、お父さんの千蔵(せんぞう)さんのお手伝いをしていました。
お父さんのお手伝いというのは、この湖に舟を浮かべて、魚をとることでした。
けれど、千二くんはどちらかというと、魚をとることよりも、機械をいじるほうが大好きだったのです。
「ねえ、お父さん!
いまラジオで、蟻田博士がすごいことを放送したよ!
『火星兵団』っていうのがいるんだって!」
千二くんは、自分で作った手作りのラジオの前に座っていましたが、そう言うと、夜の作業で網のお手入れをしているお父さんに話しかけました。
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