初級翻訳・火星兵団 第3話

海野 十三

話し声のようでもあり、また数匹の獣が低くうなりあっているようでもありました。
ひゅう、ひゅう、ひゅう。
ぷくぷく、ぷくぷく。
そんな風にも、千二の耳に聞こえました。そんな風に聞こえるのは、彼の気分が悪いせいだとばかり思っていました。そのうちに、その話し声は急に声高になりました。
「何を言っているのだろうか。あれは誰だろうか」
このとき千二の頭は、かなりぼんやりしていましたが、あまりに気味の悪い叫び声であるから、鉄管の中でじっとしているわけにもいかず、鉄管から首をだして、声のする方を眺めたのでした。

その時の彼の驚きといったら、言葉にも文字にもつづれません。千二のいるところから、ものの二十メートルとは離れていないところに、大きな岩がありました。それは湖の中へ突きだしている、俗に「天狗岩」という岩にちがいありません。その岩の上に、とても大きな爆弾のようなものが、斜めに突き刺さっているのです。その爆弾のようなものは、表面からネオン灯のようなうす桃色の光を放っていたので、その輪郭ははっきり見えました。
それは一体、何ものであろうか。2 ただよう毒(どく)の空気

 天狗岩(てんぐいわ)に、ななめに突きささっている、ばくだんのようなあやしい物体!
「あっ、あれは、なんだろう!」
 そうさけんだまま、千二(せんじ)くんは、まるで石の人形のようになって、体が動かなくなってしまいました。
 あまりのおどろきに、体が固まってしまったのです。
 でも、こわいけれど見てみたいと思うのが、人間のふしぎなところです。
 千二くんは、ぶるぶるとふるえながらも、目をお皿のように大きく見開いて、そのうすもも色に光る、ばくだんのような巨大なものをじっと見つめました。
 すると、いたのです、いたのです!
 その、ばくだんのような物体の上に、なにかが、いっしょうけんめいに動いているのが見えました。
 それは、お米を入れる「たわら」のような形をしていました。
 うすもも色の光が、その部分だけさえぎられて、かげになっています。
 まるで、たわらの影絵(かげえ)を見ているような感じでした。
「な、なんだろう、あれは……」
 千二くんは、かくれていた鉄の管(くだ)から、はい出しました。
 するとそのしゅんかん、なにか毒(どく)をすいこんだように、胸がムカムカしてきました。
「あっ、苦しい……」
 彼は、あわててまた鉄の管の中にもぐりこみました。
 すると、とたんに、さっきまでの気分の悪さがうそのように、すうっと楽になったのです。
「どうも、おかしいぞ。管(くだ)から外へ頭を出すと、気分が悪くなる。これは一体どういうことなんだろう」
 でも、千二くんは、そのまま管の中にじっとしていることはできませんでした。
 なんとしても、あのあやしい物の正体を、この目で見とどけてやるぞ、と思ったのです。
 千二くんは、鉄の管のかげにいれば、気分が悪くならないことに気づきました。そこで、こんどは注意深く、管と管のすきまから、目だけを出してのぞいてみました。すると、思った通り、気分は悪くなりませんでした。
「なるほど、あのあやしい物体から、気分を悪くさせる毒のようなガスが出ているにちがいなぞ」
 千二くんは大きくうなずきましたが、そのとき、またおどろくような光景を目にしました。
 千二くんは、もう夢中です。
 鉄の管と管の、ほんのわずかなすきまに目をあてて、天狗岩にささっている、あやしい物体をじっと見つめました。
 そのときです。あの、ばくだんのような形をした大きな物体が、とつぜん、すうっと動きだしたのです。
 いや、動くというより、横にたおれ始めたのでした。
「あっ、あぶない!」
 千二くんがさけんだときには、もう、あの物体は天狗岩の上に横だおしになって、「ゴーン!」とはげしくぶつかっていました。
 そして、ぶつかったいきおいで、こんどは「ポーン!」と岩からはねあがりました。
「あっ、落ちるぞ!」
 千二くんは、手に汗をにぎって、その物体を見つめました。
 すると、あのあやしい物体は、急にその光るすがたを消してしまいました。
「おや、どうしたんだろう?」
 千二くんがふしぎに思った、ちょうどそのとき、「ドボーン!」という大きな水音がひびきわたりました。
 地面がミシミシとふるえるくらい、ものすごい音でした。
「ああ、とうとう湖(みずうみ)の中に落ちてしまったんだ!」
 千二くんは、おどろきと、なんだかホッとしたような、まざりあった声をあげました。
 それきり、あのあやしい物体は見えなくなりました。
 天狗岩も、またもとの暗やみの中にかくれてしまいました。
「ふう、今のは夢じゃなかったかな……」
 千二くんは、自分のほっぺたをつねってみました。
 いたかったです。
 たしかに、いたみがありました。
 ということは、夢ではありません。
 千二くんは、鉄の管からはい出しました。
「もう大丈夫だろう」と思ったからです。
 すると本当に、もう大丈夫でした。
 さっきのように、気分が悪くなることはありません。
 ということは、あの毒のような空気は、やっぱりあのあやしい物体から出ていたものにちがいないのです。
「湖の中に落ちて、どうなったんだろう」
 千二くんは、そろりそろりと天狗岩の方へ近づいていきました。
 うすもも色に光っていた物体が消えたあとに聞こえた、あの大きな水音。千二くんが暗やみの中をはって岩に近づいたのは、あの物体がどうなったのかをたしかめるためでした。
 おそらく、あの物体は湖の中に落ちてしまったのでしょう。
 千二くんは、もう天狗岩の上にたどりついていました。
 彼は、そこでかいちゅう電灯をつけました。
「さっきは、このあたりに、あの物体が立っていたはずだけど……」
 そう思って岩の上を見てみると、なんと、岩がひどくこわれていました。
 岩のはだが見えるくらいけずれていて、まわりには岩のかけらが飛びちっています。
 千二くんはおどろきましたが、勇気をふりしぼって、天狗岩の先の方まではっていきました。
 岩の、はしっこの方は、べつに変わりはありません。
 コケもはえていたし、長い年月の風や雨で、岩の表面はすすけたような色のままでした。
「よし、この下の深いところに何が見えるかな。気を失わないように、おなかに力を入れなきゃ……」
 千二くんは、ドキドキする気持ちをおさえて、二、三回、おなかをふくらませたり、へこませたりして深呼吸をしました。それから、岩のはしっこに、おなかをつけてねそべりました。
 そして下を向いて、深い水面をのぞきこみましたが、なんだか「ブツブツ……」とあわが立つような音がするだけで、何も見えません。
 そこで彼は、もう一度かいちゅう電灯をつけて、ずっと下の水面をてらしてみました。
「やっぱり、何も見えないなあ」
 見えるのは、十メートルくらい下にある、どんよりとした黒い水面だけでした。
 でも、彼はそのままのすがたで、しばらくその黒い水面をじっと見つめつづけました。
 するとそのとき、とつぜん自分のすぐ近くで、「ひゅう、ひゅう」という、妙(みょう)な音が聞こえてきたのです。

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