初級翻訳・火星兵団 第9話

海野 十三

「アハハハ! 何をやっているんだい。お前の力なんかじゃ、絶対に取れっこないさ。さあさあ、ほんの少しの間だ。ガマンしなさい」

そう言うと、丸木は千二くんの背中をポンと強く突つきました。
千二くんは「あっ!」と叫んで、バタリと倒れ込んでしまいました。
そのとき、なんだか「バサッ!」と大きな音がして、千二くんの首から下をまるごと包み込んでしまったものがありました。

千二くんは目隠しをされたまま、大きな袋のようなものの中にすっぽりと入れられてしまったのです!
これから一体どうなってしまうのだろうと、彼は不安で気が気ではありませんでした。

そのうちに、丸木が「どっこいしょ!」と掛け声をかけたかと思うと、千二くんの体は袋に入ったまま、フワリと宙に浮き上がりました。
それから、丸木は歩き始めました。
千二くんの体は、袋の中でゆらゆらと激しく揺れました。

しばらく歩いていると、袋のまわりに「ヒューヒュー」という怪しい鳴き声が、ぞくぞくと集まってきました。
「ヒュー、ヒュー、ヒュー」と、お互いにしきりに声を掛け合っています。
(あっ、あの怪しい声だ!)
千二くんの胸は、ドキドキと激しく高鳴り始めました。

それと同時に、見たことも聞いたこともないような珍しいニオイが、ぷんぷんと漂ってきたのです。
(そうか! 丸木のおじさんがさっき言っていたけれど、火星の生き物たちが袋の外に集まってきたのに違いないぞ。あの『ヒューヒュー』という口笛みたいな声と、この気持ちの悪い変なニオイ……この二つがそろったら、そこに火星の生き物がいると考えればいいんだ!)

千二くんは、とても大切な秘密に気づくことができました。これから先、この二つのポイントに注意していれば、そこに火星の生き物がいるかどうかを見破ることができるぞ、と思ったのです。

それにしても、丸木のおじさんというのは本当に不思議な人です。火星の生き物たちと、少しも怖がる様子もなく平然と会話をしています。
一体、このおじさんは何者なのでしょうか?
今度チャンスがあったら、詳しく問い詰めてみよう、と千二くんは心に決めました。

丸木のおじさんと火星の生き物たちとの会話は、しばらくして終わったようでした。丸木のおじさんは、なんと火星の言葉がしゃべれるらしいのです。人間には「ヒューヒュー」としか聞き取れない、あの奇妙な言葉です。

「おい、千二。しばらく目が回るかもしれないが、ガマンするんだぞ」
突然、丸木の声が響いてきました。
目が回るかもしれないけれどガマンしろ、という丸木からの注意でした。

その言葉が言い終わるか終わらないかのうちに、「シュウシュウ!」という激しい音が鳴り響き始めたのでした!それはまるで、蒸気がシューッと勢いよく吹き出すような音でした。
それと同時に、袋の中に入っている千二くんの体は、ゴムボールがコロコロと転がるように、ぐるぐると回り始めました。

「わあっ、目が回る〜!」
あまりにも目が回るので、千二くんは胸がむかむかして気持ち悪くなってしまいました。
口からは、よだれがダラダラと垂れてきます。

「丸木さん、苦しいよーっ!」
千二くんは、たまらず悲鳴をあげました。
けれどその声は、「シュウシュウ」という激しい音にかき消されてしまって、丸木の耳には届かなかったようです。
丸木は、うんともすんとも返事をしませんでした。

この先一体どうなってしまうのだろうと、千二くんは不安で不安でたまりませんでした。
しかし、その激しい揺れはほんの四、五分ほどしか続きませんでした。
「シュウシュウ」という音が、ピッタリと止まったのです。

「さあ、千二。外へ出るぞ」
丸木の声が聞こえました。
千二くんは、てっきり袋の中から出してもらえるのだとばかり思っていました。
けれど、それは大間違いでした。

千二くんは、袋に入ったままの姿で、ドサッと床の上におろされたのです。
そのとき、彼はひんやりとした大地の冷たさを感じました。
そして、ピチャリ、ピチャリと、小さな波が岸辺を打ちつけるような音が聞こえてきた気がしました。

(ああ、湖の近くだ!)
千二くんは、聞き覚えのあるあの磯くさいニオイさえも、ちゃんとかぎ分けることができました。

「ねえ、丸木のおじさん。僕をちょっと外へ出してくださいよ」
「外へ出て、どうしようっていうんだ?」
丸木が、おこったような声で問い返してきました。

「ちょっと自分の家に寄っていきたいんです」
「だめだ、だめだ! そんなことは絶対にだめだ!」
丸木は、あたまごなしに怒鳴りつけました。

「これから東京へ行くんだからな。しっかり捕まっていなさい」
「外へ出るぞ」と丸木が言ったのは、千二くんを袋から出してあげるという意味ではありませんでした。
後になって考えてみると、あのとき千二くんは、湖の底から何かの乗り物に乗って、水面の上に浮かび上がってきたのだと思われます。

その乗り物を操縦したのは、もちろん丸木に違いありませんでした。けれど、その乗り物が一体どんなものだったのか、ここでみなさんに明かしたら、誰もがきっと心からびっくりすることでしょう。

「さあ、出発だぞ。準備はいいか」
丸木がそう言うと、千二くんの体は、再び袋の中でユラユラと揺れ始めました。
けれど今度は、もう「シュウシュウ」という音はしません。
どうやら丸木が、千二くんの入った袋をひょいと肩にかつぎ、歩き出したようでした。

丸木は、どんどん歩き続けました。
「丸木さん、電車に乗っていかないんですか?」
千二くんは、袋の中から声をかけてみました。

「電車あ?」
丸木は、ちょっと言葉を区切ってから、こう言いました。
「電車なんか使うより、歩いた方がずっと早いんだよ」

「うそばっかり!」
千二くんは、丸木が「電車よりも早く歩ける」と言ったので、すっかり嘘つきだなあと思いました。
しかし、これも後になってから、千二くんの思い違いだったということが分かるのです。
いやはや、なんとも妙なお話です。本当にとんでもないお話なのです。

袋の中で揺られながら、千二くんはその間に、これまでの出来事をじっくりと振り返ってみました。
すると、いろいろと納得のいかない不思議なことが、いくつも頭に浮かんできたのです。

中でも千二くんにとって一番不思議でたまらないのは、この丸木のおじさんが、いつの間にか千二くんの名前を知っていたことでした。
千二くんは、一度だって自分から名前を名乗ったことはありませんし、着ている服のどこにも名前なんて書いてありません。

丸木というこのおじさんは、考えれば考えるほど、うす気味が悪いおじさんです。
「ここには火星の生き物がいるんだ」と、少しも驚かずに平然と言ったのも、この丸木でした。
千二くんを袋の中に押し込み、それを肩にかついでぐんぐん走る丸木という人物は、考えれば考えるほど、どうしても怪しいところばかりです。
どう考えても、ただの人間とは思えませんでした。

千二くんは、袋の中から再び声をかけてみました。
「ねえ、丸木さん。

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