初級翻訳・火星兵団 第20話

海野 十三

「地球が粉みじんになる日が来る」なんて、そんなバカバカしい話が本当にあるでしょうか?
それとも……蟻田博士はやっぱり頭がおかしくなっていて、病院に入っていた方がいい状態なのではなかろうか?
つまり、博士の頭がヘンになってしまっているのではないか?
新田先生は、どっちに考えればいいのか分からず、ものすごく悩んでしまいました。

蟻田博士は、記録紙を机の上に置くと、丁寧(ていねい)にくるくると巻いていきました。
そして、それを大事そうに部屋の金庫の中へとしまいました。
その間、博士は一言もしゃべりませんでしたが、作業が終わると「ハア〜ッ」と深い溜め息をついて、新田先生の方を振り返りました。
「おい、新田。お前には、この恐ろしさがピンとこないかもしれないな。だが、よく聞きなさい。さっきも言った通り、わしが前から注意深く観察していたモロー彗星が、わしの留守中に、突然進むコースを変えたのだ。その結果、モロー彗星の新しいコースは、これから地球が進んでいくはずの宇宙の軌道(通り道)と、ピタリと重なってしまうのだよ。しかも、そのコースが交わるまさにその瞬間に、モロー彗星も地球も、まったく同じ場所にたどり着いてしまうのだ! だから……二つは大衝突をするのじゃ!」
「ち、地球とモロー彗星が……大衝突をするというのですか!?」
新田先生は心底驚いて、思わず博士の腕をガシッとつかみました。
博士は、悟りを開いた人のように平然とした顔で、
「そうだ。やっと理解できたかね」
「つまり……地球の通り道と、モロー彗星の通り道が交差していて、どちらかが先に通り過ぎるか、遅れて通ればぶつからずに済むのに……ついていないことに、地球とモロー彗星がピッタリ同時にその交差点に突っ込んでしまう。だから、その瞬間に大衝突が起きてしまう……ということですか!?」
「そうだ、そうだ! まったくその通りじゃ! 地球に生きるすべての人類にとって、これ以上の大惨事はあるまいよ」
「影で、その大衝突によって、地球は粉々に砕け散ってしまうのですか!?」
「当たり前だとも。モロー彗星の中心にある核(芯)は、地球の大きさと比べてもなんと8倍はあるのだ。これは直径(差し渡し)の話だぞ。それに、その中心が何でできているかはまだ完全には分からんが、とにかく凄まじい高熱で燃え盛る、とてつもなく重い『巨大な火の玉』だと思えばいい。そんな怪物が、地球に正面からドカン!とぶつかってみろ。地球がどうなると思う? ぶつかった後も、元通りの地球のままでいられるはずがなかろう」
「地球は……いくつかに割れてしまうのでしょうね。日本とアメリカがバラバラになってしまったりするのでしょうか……? でも、僕たち人間は、そうなっても生きていられるのでしょうか!?」
新田先生は、頭の中に浮かんだ恐ろしい出来事を想像して、思わずブルブルと身体を震わせました。
「日本とアメリカがバラバラになるといっても、それが二つの小さなミニ地球の形になるなんて甘い考えは捨てたまえ。今のところ、わしの計算では、地球はこなごなの粉みじんになって砕け散り、いくつかの燃えさかる火の塊になってしまうはずだ」
「えっ……火の塊ですか!? だったら、僕たち人類は……!?」
蟻田博士は、モロー彗星が地球にドカンとぶつかった時、地球はいくつかの火の玉になってしまうだろうと、恐ろしい予測をズバリと言い放ったのです。
「そうなれば、当然、地球の上にいる生き物はみんな一瞬で焼き尽くされて、ただモヤモヤとした煙になって消えてしまうだろうなあ……」
蟻田博士は、まるで他人事のように、ケロッとした顔で言いました。「博士……それでは、大衝突が起きたら、地球の上にいる人間も、牛も、馬も、犬も、猫も、みんな死んで全滅してしまうとおっしゃるのですか!」
「そうだよ」
「やっぱり、そうなってしまうのですか……。地球にいるありとあらゆる生き物が、残らず死に絶えてしまうなんて……。ああ、なんて恐ろしいことなんだ!」
新田先生は、もう立っていることも座っていることもできなくなってしまい、椅子の背もたれにすがりついて、やっとのことで体を支えました。
「蟻田博士、本当に……本当にそんな恐ろしいときがやって来るのですか?」
「もちろん来るさ」
「ああ、なんとかしてその大衝突を防ぐことはできないのでしょうか!? だって、それではあまりにも悲しすぎます、むごすぎます!」
「おいおい、相手は地球とモロー彗星だぞ。そんな巨大な大衝突を防ぐなんて、できるわけがないじゃないか。そんなとてつもない物体を、右や左に動かせるような力を人間が持っていないことくらい、お前もよく知っているだろう」
「それにしても……それではあまりにも悲惨です! これまで人間が築き上げてきた歴史も、文化も、すべて煙となって消えてなくなってしまうのですよ!」
「仕方がないことだよ。人間の力なんて、大自然のすさまじい力には到底かなわないのだからね。それともお前は、人間がそんなに偉い生き物だとでも思っていたのかね? 電車を走らせたり、ラジオで遠くの人と通信したり、戦車を千台も並べて突撃させたりすることはできるかもしれないが、宇宙全体に満ちあふれているパワーに比べたら、そんなものはほんのちっぽけな力にすぎんのだよ」
なるほど……大宇宙の中で地球とモロー彗星がぶつかり合う凄まじい力に比べれば、大砲のパワーも、爆弾の爆発力も、まるで巨大な大男に小さなノミが一匹噛みついた程度の力にもならないということは、新田先生にもよくわかりました。
新田先生は、もうこれ以上、何も尋ねる気が起きなくなってしまいました。
「どうだ、新田。いよいよ地球の文明も、これでおしまいになるのだよ。人間どもは、普段はこの宇宙の中で一番偉い気でいたのだろうが、これで自分がどれほど弱い存在なのか、思い知る日が来るのじゃ。まったく、哀れなものだなあ」
と、蟻田博士は、まるで自分だけは人間ではないかのような口ぶりで言いました。
新田先生はそれを聞いて、すっかり嫌な気持ちになってしまいました。
自分が今、足を乗せているこの地球がバラバラに壊れてしまうなんて、なんてとんでもない事態になってしまったのでしょうか。
しかも、その地球がこなごなに砕けていくのを、じっと見つめながら死んでいかなければならないのです。
一体、どれほど恐ろしいことなのでしょう。
(本当に……こうなってしまっては、人間というものの力はなんてちっぽけなんだろう。蟻が人間の指の下で押しつぶされるよりも、もっと簡単に、人間たちはモロー彗星の激突によって全滅させられてしまうのだ。ああ、なんて情けない、哀れな人間の力なんだろう……)
新田先生は、心の中でシクシクと泣き崩れていました。
「さあ、そうなると、わしも新しい仕事ができて忙しくなったぞ!」
と、蟻田博士は手を後ろで組むと、落ち着かない様子で部屋の中をあちこち歩き回りました。
「まず、第一に準備しておかなければならないのは、地球の最後の瞬間を映画に撮影して、後の時代まで残しておくことじゃな。はて……どうやってそれをやり遂げたらいいだろうか。これは、なかなか難しいぞ」
博士は、独り言をブツブツ言いながら、また歩き回ります。

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