佐々刑事の「自席クッキング」のせいで、おそるべきカレーの強力なにおいが、警視庁のどこの部屋にも、どこの廊下にも忍び込んでいくので、これまでにも何度も大問題になっていました。
だけど、本人は何を言われてもケロッとしていて、まったく気にしません。
この特製のカレー料理を食べると、元気が出て頭がキレッキレになる。
その結果、犯人を一刻も早くつかまえることができる。
そうなれば、警視庁にとっても最高にめでたいことじゃないか。
だから、自分でカレーを手作りするのは絶対にやめられない!
――というのが、佐々刑事の言い分でした。
とにかく彼は、まわりの人から何を言われても、ちっとも気にしない気楽な性格でした。
そして、「これだ!」と思ったことは、どんどん実行しちゃうタイプです。
だから、大成功することも多かったけれど、同じくらい大失敗することもたくさんありました。
失敗したときは、ちょっと恥ずかしそうに顔を赤らめて、自分の首すじを手のひらで「トントン」と叩くのです。
だけど、いつまでもクヨクヨと落ちこんだりしません。すぐに猛犬(もうけん)のようにガバッと立ち上がります。
そして、自分の目的にむかって一直線に突っ走っていくのです。
まさに、機関銃の弾丸(だんがん)みたいなすごい男でした。
……おっと、佐々刑事のことを、ちょっと長く書きすぎちゃったみたいですね。
さて話を戻しましょう。大江山課長の机の上に置かれた、あの青い鞭(むち)のようなものを見て、
(それは、火星の化物の忘れ物にちがいない!)
と言った佐々のひらめきは、どうやら完全に当たっていたようです。
その青い鞭のようなものは、大江山課長が天狗岩(てんぐいわ)の近くからひろってきたものでした。今までに見たこともない、まったくめずらしい代物(しろもの)です。もし本当に火星の生き物が天狗岩のところに来ていたとしたら、それがポロッと落としていった――と考えると、話のつじつまがピタッと合うのでした。
だけど、火星の生き物の忘れ物だというのは分かったとしても、それがいったいどんなに使われる道具なのかが、さっぱり分かりません。
火星の生き物が天狗岩のあたりに落としていった、この青い鞭のようなものは、いったい何に使うものなのでしょうか?
謎(なぞ)を秘めたまま、この品物は大学へ送られることになりました。
つまり、大学へ持って行って、使われている材料や形などを調べてもらい、それがどんな目的の道具なのかを研究してもらうためだったのです。
大江山課長は、ひと通りの報告をすべて終えたあとで、部下の警察官たちにこんなふうに注意を呼びかけました。
「はじめはね、蟻田(ありた)博士が『火星の生き物に気をつけろ』とか『火星兵団という恐ろしいものがあるから油断するな』なんて言い出したとき、私は『また何を言ってるんだか』と、実は博士のことを頭がおかしくなった人みたいに思っていたんだ。だが、そのあとに次々と起きたいろんな怪事件――たとえば、千二(せんじ)少年が天狗岩で出会った『怪塔・怪物事件』や、怪人丸木(まるき)が銀座でボロンを手に入れるために人を殺した事件、そして、千二のお父さんである千蔵(せんぞう)さんが見てしまい、大怪我をさせられたという『火柱事件』などだ。それらの事件をひとつひとつじっくりと考えてみると……どうも、これは裏で何かとんでもないことが起きているとしか思えないのだよ」
と言って、課長は、あらためて部下たちの顔をじっと見回したのでした。部屋の中はしーんと静まりかえり、みんな課長の口から語られる聞いたこともないような大事件の秘密を、一言も聞き逃すまいと息をのんで聞いていました。
大江山課長はさらに言葉を続けました。
「確かに、何かが起きているんだ! それが火星の生き物なのか、火星のボートなのかはまだわからない。だが、とにかく今までに聞いたこともないような怪しげなものが、東京の近くに入り込んできたことだけは、疑いようがないんだ」
課長はそこで一度大きなため息をついてから、こう言いました。
「だからこそ、われわれはここで大きな決意を固めなければならないと思う。
それは、一日も早くこの前代未聞の謎をつきとめることだ。
そして、この事件を解決する一番の近道は、今行方不明になっている怪人丸木を捕まえることにあると思うんだ」
大江山課長は、どれほど強い決意でいるのかを、部下たちに熱く語り続けます。
「もう一度言うぞ。
この際、一日も早く怪人丸木を捕まえろ。
そして捜査にあたっては、もしかしたら火星人という恐ろしいものが、我々の住むこの地球に入り込んできているかもしれないと考えて、ぬかりなく準備をととのえておくんだ。
これまでに次々と起きた事件をふりかえってみると、怪人丸木にしても、火星人にしても、かなり荒々しくて危険な連中だ。
だからお前たちは、必ずめいめいピストルか催涙弾(さいるいだん)を身につけておきなさい」
これを聞いた一同は、深刻な顔つきでうなずきました。
「めいめいにピストルか催涙弾を身につけておれ」などという物騒な命令は、昔、共産党の本部に突入した時以外には、聞いたことがありませんでした。
「課長、もし相手を殺してしまっては、何の意味もないじゃないですか!
どうして『ぜひ生け捕りにしろ』と命令してくださらないんですか?」
佐々刑事は、ちょっと不満そうな顔をして言いました。
「うむ、生け捕りにできるものなら、それに越したことはない。
だが、あいつらは、我々が本気で立ち向かうと知ったら、これから先もっと激しく暴れまわるだろうと思う。
君たちには命がけで活躍してほしいと思っているが、しかしその一方で、私はここにいる君たちの一人たりとも、冷たい遺体にしたくはないのだ。
だからこそ、十分に準備をととのえておけと言っているんだ」
悪人たちからは「鬼の課長」として恐れられている大江山警視でしたが、部下の命や身の上を本気で心配するその言葉には、限りない愛情があふれていました。
「おれは、絶対に生け捕りにしてみせるさ。
相手だって生き物なら、おれも生き物なんだからな!
生き物の息の根を止めるなんて、こうやってグッとやればわけないことさ」
そう言って、佐々は柔道の手で相手を締め上げるまねをしてみせました。
怪人丸木と火星の生き物を捕まえるよう命令し終えた大江山捜査課長は、そのとき、急に何かを思い出したように、
「そういえば……。
あの子供はどうしているかね?
千二少年は?」
と、かたわらを向いてたずねました。
「ああ、千二少年ですか。
あれは……」
係長はそう言いかけると、その先の言葉をぐっと飲み込みました。
その瞬間、係長は鋭い勘で、何か大変なことが起きているのを察知したようでした。
「なんだと! あれがどうかしたのか?」
大江山課長も席から立ち上がり、係長のそばに歩み寄りました。
「あれは、今朝方、釈放いたしました」
「なんだと、千二少年を留置場から出したのか!?
おい、いったい誰が千二少年を出せと命令したんだ?」
「これは驚きました……。
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