初級翻訳・火星兵団 第47話

海野 十三

その時、不思議なことに、怪物の胸元あたりから、なんだか妙な息づかいが聞こえてきて、先生をびっくりさせました。
「おや、変だなあ。この怪物は、ふところに何か隠しているのかな?」
新田先生は怪物の胴にしがみついたまま、どうしても離れません。
「こら、離せ! 離さないと命がないぞ!」
怪物の声が、先生の頭の上から気味悪く響いてきました。
しかし先生は、千二少年を助けたい一心で、もう死にものぐるいでしがみついています。
先生の顔は、真っ赤な盆のようにお手上げ状態(※赤く)になって怒りに燃えていました。
先生は、怪物を床にたたきつけてやろうと思って「えいや、えいや」と腰をひねりましたが、この怪物の力の強いことといったら、話になりません。
そうしているうちに、怪物が急にピタッとだまりこみました。
かと思ったら、新田先生は頭にものすごい一撃をくらってしまいました。
あまりにも激しく殴られたので、先生は自分の頭がぱっくり割れてしまったのではないかと思いました。
「うぬ、負けるものか!」
先生は必死にがんばりました。
だが、それに続いて、すぐに第二の一撃がやってきました。
それは、さっきよりもさらに強い一撃でした。
さすがの先生も、
「あっ!」
と声を漏らし、両手で自分の頭を押さえました。
そして、ものすごい音を立てて床の上へと倒れ込んでしまったのです。
怪物・丸木は、妙な声を上げました。
それは、まるでうれしそうに笑っているような、そんな気味の悪い響きをもっていました。
千二少年は、あまりの驚きにさっきから気を失ったまま、丸木の手にかかえられています。
丸木は、スタスタと先生の倒れているそばへ歩いていきました。
そして腰をかがめて、先生の様子をうかがいました。
すると、先生がさっきまで曲げていた腕を、ぐっと力強く伸ばしました。
「ふん、まだ生きているな」
丸木はそう言うと、片足をふりあげ、新田先生の鮮血にまみれた頭を、まるでサッカーボールでもけとばすような格好をしました。
そんなことをされたら、先生は本当に命を落としてしまいます。
あわれ新田先生も、ついに怪物丸木のためにけ殺されてしまうのでしょうか。
もしそんなことになったら、千二少年の悲しみはどれほど大きいことでしょう。
重傷を負って床の上で苦しんでいる先生を、何とかして助ける方法はないものでしょうか?
ちょうど、その時でした。
蟻田博士の秘密室の扉が、バタンと大きく開いたのです。
「待て、曲者(くせもの)!」
と、ものすごい大声を上げて、部屋の中へ飛び込んできた人物がいました。
丸木はハッとぎょっとした様子を見せました。
入り口の方へ振り返ってみると、そこに駆け込んできたのは、佐々刑事と、もう一人の制服を着た警察官でした。
「おう、派手に手荒いことをやってくれたな!」
佐々刑事は、新田先生が倒れている姿を見とがめると、丸木の正面にまわり込みました。
「おや、お前はあのとき崖の下で見た、首のない怪物だな。ちょうどいいところでお目にかかれた。おい君、綱を使ってこいつを縛り上げてしまえ!」
佐々刑事は、連れの警察官に目くばせをしました。
丸木は「うーう、うーう」とうなっています。
新田先生一人だけでもかなり手ごわかったのに、今度は新しく二人の強い味方が飛び出してきました。
おまけに佐々刑事とは、この前、崖の下で取っ組み合いをして、そのときに首を落としてやった因縁の相手です。
「これはちょっと、まずいところへ手強いやつらがやってきたぞ」と、丸木は少し困っているような様子が見て取れました。
「おい、おとなしくしろ! おとなしくできないなら、これをくらえ!」
佐々刑事は、縄で作った輪を「ぴゅうっ」と見事に投げて、丸木の肩へすっぽりとひっかけました。
そこへ、連れの警察官ももう一本の縄をひっかけたので、両方からぐいぐいと引っ張られ、丸木の腰はぐらぐらになりました。
しかし、さすがは怪物です。
丸木はまた首を自分の肩の上に乗せると、まるで野獣のように「うおーっ!」と吠えました。
怪物丸木と、佐々刑事たちのチームによる激しい決闘の始まりでした。
丸木は、胴体を佐々刑事たちの二本の縄でぎゅうぎゅうと締め付けられながらも、決して参る様子は見せません。
彼は野獣のような奇声を上げると、千二少年を部屋の隅へと放り投げた後、部屋の真ん中へと飛び出し、暴れ回り始めたのです。ものすごい大暴れでした。
丸木も、本当に必死のようです。
「こら、静かにしないか。あとで泣きを見るなよ!」
「ううーっ!」
丸木が体を一回大きく揺すると、佐々刑事と警察官は、縄を持ったままよろよろと前へ倒れそうになりました。
しかし、すかさずもう一人が縄の端を丸木の片足にひっかけ、「えいやっ」と引っ張ったので、丸木はついに床の上へとどしんと転がりました。
その拍子に首が手からはなれ、壁にドンとぶつかりました。
「しめた!」
佐々刑事は一緒の警察官に目くばせをすると、起きあがろうとする丸木の上へと、どうんと飛びかかりました。
そこから先は、ものすごい大乱闘になりました。
丸木は二人分、いや三人分もの力があるらしく、なかなか負けようとしません。
三人は上になったり下になったりして、蟻田博士の秘密室中にものすごいほこりを巻き上げました。
勝負は、なかなかつきません。
その組み打ちの真っ最中に、突然、思いがけないものすごい大事件が持ち上がりました。
それは「ドーン」という激しい地響きとともに、床が急にぐっと持ち上がったかと思うと、たちまち部屋は、大嵐のなかの小舟のように、ゆらゆらと大揺れに揺れ始めたのです。
地震だ! 地震だとしたら、ものすごく大きな地震でした!
壁はメリメリと不気味な音を立てて、斜めにパックリと裂け始めました。
柱がバタリと倒れます。
天井がガラガラと落ちてきます。
あっという間に、部屋の中にいた五人の人たちは、崩れ落ちた建物の下敷きになって、その姿は見えなくなってしまいました。
あまりにも突然の、信じられない大災害でした。
いったい、この五人の運命はどうなってしまったのでしょうか?

思いもよらない大地震で、蟻田博士の建物はガラガラと音を立てて完全に崩れてしまいました。
その下敷きになった人たちは、いったいどうなってしまったのでしょうか。
真夜中の出来事だったため、まわりの大騒ぎは大変なものでした。
もし、元気な佐々刑事たちが運よく外へ這い出していなかったとしたら、ほかの人たちはどうなっていたかわかりません。
夜が白々と明けるころになって、ようやく崩れた建物のあとを掘り返しはじめましたが、最初に見つかったのは、佐々刑事と一緒にいた警察官の遺体でした。
痛ましいことに、彼はこの任務で命を落としてしまったのです。
佐々刑事は作業の人たちを励ましながら、さらに発掘を続けました。
すると今度は、折り重なった柱の下から、新田先生が発見されました。
「おお、新田先生! しっかりしちゃダメですよ!」
佐々刑事は声をかけました。
新田先生は、顔をまっ青にして言葉も出せませんでしたが、生きている証拠として、まぶたをかすかにピクッと動かしました。
やっとのことで助け出された先生は、かなりの重傷でした。

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