佐々刑事は首を左右にふって、こう言いました。
「見かけなかったねえ」
「いないのでしょうか。いったい、千二少年はどうしてしまったんだろう……」
先生の目は、心配の色でくもりました。
「千二のゆくえもさがさなければならんがね」と、佐々刑事は言いました。
「わしが課長から言いめいつけられていながら、まだ果たせていないのは、蟻田(ありた)博士が去年の大地震以来、どうなってしまったかということなんだ。君はその後、蟻田博士に会ったことがあるかい?」
「いやあ、とんでもない……」
新田先生は首をふって、こう言いました。
「なにしろ私はあの大地震以来、つい最近まで病院のベッドにね込んでいたんですからねえ」
「ふん、なるほど。考えてみれば、あの大地震というやつが、我々の仕事をどれほどじゃましたことか知れないな。いや、こんな愚痴(ぐち)を今言ってみても仕方がないがね。まあいいさ! どんな災難だろうと、どんな困ったことだろうと、もう驚くものか!」
佐々刑事は立ち上がりました。
丸木の顔にそっくりなお面をかぶり、黒い眼鏡をかけると、まるで本物の丸木にしか見えません。
「もう、行ってしまうんですか?」
新田先生は、少し心細くなって声をかけました。
「そうだ。こんなところでぐずぐずしていて、本物の丸木やほかの火星人に見つかってしまったら、せっかくのわしの大冒険も、あっという間にダメになってしまうからね」
「あ、ちょっと待ってください!」
新田先生は佐々刑事を呼び止めました。
「佐々さん。ぜひこの機会に聞いておきたいのですが、丸木と火星人とは、別の生きものなんでしょうか? それとも同じ火星人なんでしょうか?」
「そりゃあ、同じことさ。丸木も、まちがいなく火星人だと思われるね」
「でも、見たところ、服装が全然ちがうじゃありませんか」
「うん、もちろん、丸木というやつは、火星人の中でも、リーダー的な存在の火星人らしい。しかし、火星人であることにはかわりないよ。丸木は黒い眼鏡をかけたり、黒いマントを着ているが、わしの考えでは、あれは人間に近づくためにそうしているんだと思うね。つまり、あの蟻(あり)の化物みたいな、火星人独特の気味の悪い体を、人間に見られないためさ」
「じゃあ、丸木も、マントをぬいだら火星人と同じ姿なんですか?」
「たしかにその通りだ。しかし、あいつがマントを着ていてくれるおかげで、こっちは大助かりさ。もしも丸木がほかの火星人と同じように、あの蟻の化物みたいな体をむき出しにしていたら、今回のようにわしがやつらの陣営に忍びこむなんてことは、絶対にできなかっただろうからねえ」「なにが幸いするかわからないものですね。はははは!」
本当に、佐々刑事業の言う通りでした。
しかし、彼はなんと肝の据(す)わった、恐れを知らない刑事なのでしょうかと、新田(にった)先生は改めて感心せずにはいられませんでした。
第33章 大襲来
新田先生は、佐々刑事から火星人についてもっとたくさん話を聞きたかったのですが、その時、佐々は何かの物音にハッと驚いて、
「じゃあ、またあとでもう一度来る!」
と言い残すやいなや、新田先生をその場に残して飛び出してしまいました。
穴の中は、ふたたび元の暗闇へと戻ってしまいました。
そして、再び心細さが先生を包み込みました。
それから、かなり長い時間が過ぎ去りました。
新田先生は、地下の暗い穴の中で空腹を感じながらも、今に何かとてつもないことが起こるだろうと身構えて待っていました。
正確な時刻はわかりませんでしたが、とにかく夜がかなり深まったころ、新田先生の耳に「ごうん、ごうん」というまるで遠くの雷のような響きが聞こえてきました。
「あっ、いよいよやって来たぞ!」
先生は、穴の中でぐっと姿勢を正しました。
火星のボートが、いよいよこの山の中めがけてやって来たに違いありません。
ごうん、ごうんという不気味な音は、先生の耳のせいか、だんだんと大きくなってくるようでした。
火星のボートが、ますます近くまで接近してきたのです。
ひゅう、ひゅう、ひゅう。
ぷく、ぷく、ぷく、ぷく。
妙な声を立てながら、火星人たちが大騒ぎを始めました。
新しくやって来る火星のボートの着陸準備のために、ものすごく忙しくなったのでしょう。
新田先生は、その時またもや、穴の奥からそろそろと這い出していきました。
(今こそ、ここから脱走するのに絶好のチャンスだ!)
この大騒ぎに乗じて、先生はなんとか監禁されている手から逃れたいと思ったのです。
暗い穴の中から外のほうへ向かって、そろそろと這っていきましたが、幸いなことに、さきほどまで番人がいた場所には誰もいませんでした。
「しめた!」
新田先生は、番人がいないことを幸運に思い、どんどん穴の中を這って前進しました。
すると、とつぜん目の前でピカッと強い光が放たれました。
そして、火星人から奇妙な叫び声を浴びせかけられました。
「あっ、見つかってしまったか!」
先生はびっくりしましたが、あらかじめ覚悟を決めていたこともあり、いきなり体をクルリとひるがえして後ろへ引き返すと、壁にピタリと体を貼り付けました。
と同時に、先生のすぐ脇を風のような勢いで何かが通り過ぎていきました。
火星人が、先生を追いかけて穴の奥のほうへと走っていったのです。
「今だ!」
先生は勇気を振り絞って、ふたたび穴の入口のほうへ向かって這っていきました。
まるで一匹のモグラのような格好でした。
しばらく夢中になって這っていくと、またもや前方から光るものが現れ、パッとこちらを照らし出しました。
「うわっ、しまった!」
先生は今度こそもうダメだと思いましたが、「もう一度だけ!」と、ふたたび身をひるがえして壁に体を押しつけました。
するとその瞬間、先生の体はなんとずるずると壁の中へ吸い込まれてしまいました。
「ああっ!」
先生は思わず声をあげましたが、もう手遅れでした。
先生の体はぐるぐると回転しながら転げ落ちていきました。
いよいよ底の見えない深い井戸にでも落ちてしまったのかと思いましたが、気がつくと、先生は薄明かりのともった小さな部屋の中にいました。
隠し部屋でした。
いや、よく見ればそこは倉庫のような場所で、いろいろな道具がごたごたと置かれていました。
その中で、先生の目にふと飛び込んできたのは、黒い長いマントと黒い帽子でした。
よく見れば、黒い眼鏡もあるではありませんか。
先生はパッとあるひらめきを得ました。
――黒マントに、黒帽子、そして黒眼鏡!
新田先生は、それらをすばやく自分の体につけました。
するとどうでしょう、先生はすっかり怪人・丸木とそっくりな姿に変身してしまったのです。
「こういう格好をしていれば、しばらくの間だけでも火星人の目を完全にごまかすことができるだろう。その隙に、なんとか次の脱出方法を考えよう」
その時、壁穴の外では、先生の後を追いかけてきた火星人の「ひゅう、ひゅう」という不気味な声が聞こえていました。
まだ先生を探しているのです。
しかし先生は、すでにその時、別の入口からすっきりと外へ出ていました。
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