初級翻訳・火星兵団 第58話

海野 十三

あたりには、先生と同じような黒いマント姿をした火星人たちが、しきりに走り回っていました。
もちろん、黒マントを着ていない裸のような火星人もたくさんいました。
黒マントを着ている火星人たちは、同じ仲間の中でも少し位が高いリーダー的な存在のようで、先生が黒マントを着て堂々と前に進むと、裸の火星人たちはサッと体を横に飛ばして、先生のために道をあけてくれるのでした。
こうして、新田先生は火星人の群れの中に、見事に入り込むことに成功したのです。
このころには、先生を追いかけていた番人たちも、もう見失ってあきらめてしまったようでした。
先生は火星人たちの間をすり抜け、ついに地下の穴の入口から外の世界へ飛び出しました。
先生は久しぶりに新しい夜の空気を胸いっぱいに吸い込み、ぐっと元気を取り戻しました。
しかし、外は真っ暗でした。
そのうえ雨と風が激しく吹き荒れ、この山の中を荒々しく打ちつけていました。
時おりピカピカと電光が鋭く光り、あたりに恐ろしさを一層くわえていたのでした。「ああ、たいへんな嵐だ!」
 新田(にった)先生は、いちどは雨の中に飛び出してみたものの、強烈な風で吹き飛ばされそうになってしまったため、あわてて穴の入口へと引き返さざるを得ませんでした。
その時でした。
頭上のはるか高い空の上で、またもや「ごうん、ごうん」と、まるで雷とも違う気味の悪い音が鳴り響き始めたのです。
嵐のなかで、その気味の悪いごうん、ごうんという響きは、だんだんと大きくなってきました。
がらがら、ピカピカと、稲妻がひっきりなしにあたりの山々へと落ちていきます。
そして、足の下で踏みしめている大地が、まるで大地震のように激しく揺れ動きました。
その瞬間、新田先生の目は、一隻の火星のボートの姿をとらえました。
はげしい電光が、あたりをまるで昼間のように明るく照らし出した時、先生の立っている場所から百メートルほど先へと、火星のボートが見事に着陸する瞬間を目撃してしまったのです。
火星のボートは、いつものように大きな塔のような形をしていました。
そしてそのボートは、まるで稲妻の光と見まがうほどの眩しい光に包まれながら、空中から舞い降りてきたのです。
そうして、すさまじい地響きとともに、大地へと突き刺さったのでした。
先生には、火星のボートが地面に突き刺さったあと、少し左右にゆらゆらと揺れるところまで、はっきりと見えていました。
でも、思いのほかやわらかく大地へと着地したようです。
きっと何かうまい方法があって、地面に近づくにつれてスピードをゆるめる仕組みがついているに違いありません。
そうしているうちに、また次の新しい火星のボートが空から降ってきました。
一隻だけではありません。
二隻、三隻、四隻……いや、もう数えているひまなんてありません。
おどろくほどたくさんの火星のボートが、まるで百個の雷が一時に落ちてくるときのような、巨大な光と音を立てながら、空中から次々と舞い降りてきたのです。
雨と風はますます激しさを加え、雷はしきりにあたりの山中に落ち続けます。
火星のボートの着陸と激しい落雷とがごちゃまぜになって、どちらがどちらだか分からないような、本当に恐ろしい光景でした。
「ああ――」
 新田先生は深いため息をつきながら、全身を雨に打たれつつ、何かの物陰にじっと身を寄せていました。
いったい、これからどうなってしまうのでしょうか。

第34章 火星兵団

 すさまじい大雷鳴のなか、山梨県の山中に着陸した火星のボートの数は、およそ五、六十隻にものぼりました。
これこそまさに、火星兵団による敵前上陸ならぬ敵前着陸だったのです。
それにもかかわらず、地球の人類は、この恐るべき兵団をやすやすと自分たちの足元に着陸させてしまいました。
もっとも、誰がこんな火星兵団の襲来をあらかじめ予想できたでしょうか。
我が日本について考えてみても、これはまったくもって予期せぬ出来事でした。
また、そうなるまでの事情はどうあれ、決して良いことではありません。
我が日本は昔から、一度たりとも本土を敵に占領されたことはなかったのです。
いくら地球からはるか遠くに住んでいる火星人の襲来だからといって、日本の一部分を占領されてしまうなんて、絶対に許されることではありませんでした。
新田先生は、暗闇の中で身を寄せながら、くやしさのあまりポロポロと涙を流しました。
たくさんの火星のボートは、どれもみな着陸を終えたようです。
空を飛ぶあの大きな音も、もうすっかり聞こえなくなっていました。
そして、火星のボートは船体から例のうすもも色の光を放ちながら、あちこちに塔を並べたように堂々と立っていました。
ときどき妙な怪音がひとしきりやかましく耳を打つことがありましたが、それは、いま到着したばかりの火星人たちが、リーダーから点呼を受けているのだろうと思われました。
今度はかなりたくさんの火星人たちがやって来たらしいのですが、その割にはあまり騒がしい様子もありませんでした。
(ははあ、そうしてみると、火星人たちはかなりのところまで教育が進んでいると見えるな)
 新田先生は、心の中でひそかにそう感心したのでした。
先生は、この上はなんとしてもここから抜け出して、この一大事をできるだけ早く警察や軍隊に知らせなければならないと考えました。
新田先生は、そろそろと物陰から這い出しました。
今のうちに火星人の目をうまくくらまして、山を下りようと思ったのです。
先生は手探りで雑草の間をくぐり抜けながら、山を下り始めました。
すると下のほうから、またあの「ひゅうひゅう、ぷくぷく」という火星人の声がして、こちらへ近づいてくる様子がしたため、びっくりして慌てて元の場所へと引き返しました。
先生は、もとの物陰に戻ったつもりでした。
ところが、しばらく経ってみると、どうやらそれは勘違いで、自分がまたまったく別の場所へ来てしまっていることに気づきました。
そこもやはり一つの洞穴でしたが、中には火星人が十四、五人もゴロゴロと転がっていました。
(これは大変だ!)
 先生がそこから飛び出そうとすると、前方からなんとあの怪人・丸木がはいってきました。
丸木は洞穴に入るなり、大きな声で怒鳴りつけました。
それは、先生には何を言っているのかよく分からない、火星人の言葉でした。
すると、転がっていた火星人たちはガバッと勢いよく跳ね起き、丸木の前にきりっと並びました。
先生は心底びっくりしました。
ここで見つかってしまったら一巻の終わりです。
どこかに体を隠す場所はないかと前後左右を見回すと、ちょうど運良く、あまり大きくない機械の部品が山のように積み上げられている場所があったので、先生は急いでその背後へと身を隠したのでした。丸木は、新田先生がいることにはどうやら気づいていない様子で、しきりに火星人たちを前にして、大きな声で話をしています。
 いったい何の話をしているのか、先生はぜひとも知りたかったのですが、火星の言葉など知らなかったため、どうすることもできませんでした。
 ところがその時、先生はどこかで小さな人間の話し声を耳にしたのです。

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