初級翻訳・火星兵団 第59話

海野 十三

 怪人・丸木が洞穴の一室で、隊員たちを前にして何かわけのわからない火星の言葉でしゃべり続けている、その同じ部屋の隅では、新田先生が積み上げられた機械の陰にじっと小さくなって隠れていました。
 すると、その時になって先生はとつぜん、かすかな人間の声を耳にしたものだから、すっかりびっくりしてしまいました。
(いったい誰だろう。
あんなに小さな声で、一生懸命にしゃべっているのは?)
 先生は不思議に思って、声のする方を熱心に探しはじめました。
 その声は、どうやら機械の中から聞こえてきているようでした。
 先生はますます驚いて、
(おや、こんなに機械を積み上げた中に、いったい誰が隠れているのだろうか?)
 しかし、それはどう考えてもありそうに思えませんでした。
 その声は大変小さな声でした。
 いや、むしろ大変遠いところから聞こえる声だと言った方がいいでしょう。
 小さな声ですが、言葉の響きはとてもはっきりとしています。
 その声が、しきりに何かをしゃべり続けているのです。
「……だから、我々は短い時間のうちに、この重大な仕事をやり遂げなければならない。
さもないと、我々火星兵団が危険を冒してこうして地球上へやって来たことが、まったく無駄になってしまう……」
 はっきりと、そんな声が新田先生の耳に届いたのです。
 先生は改めてびっくりし直しました。
 なぜなら、その言葉の中には明らかに「火星兵団」という言葉が含まれていたからです。
 それから「こうして地球上に来たことが……」などと言っているのです。
 この言葉は、まさに地球の上で、火星兵団の一員が熱心にしゃべっているものらしいことがわかりました。
 それにしても、なぜ人間にわかるような言葉――なんと、それはまぎれもない日本語だったのですが――を使っているのでしょうか?
 先生はあることに気がつきました。
 新田先生は、積み上げられた機械の箱の中にそっと手を差し入れました。
 幸いにも箱の蓋が開いているものがあったので、中の機械を手探りするのは思いのほか簡単でした。
(おお、これはなんだか変なものだ。
まるで電話機みたいな形をしているぞ)
 先生は手探りでそれをひっぱり出しました。
 それは小さな胸あてのようなもので、真ん中には、マイクの口と同じように小さなラッパのようなものがついており、さらにその胸あての両側からは、お医者さんが使う聴診器のような管が二本、かなり長く伸びていたのです。
 先ほどの小さな声は、たしかにこの機械の中から聞こえてきているのでした。
(これは不思議だな)
 先生は、その聴診器のゴム管みたいなものを耳の中に突っ込んでみました。
 しかし、何も音がしません。
 さっきまで聞こえていたはずの、あの小さな人間の声もしなくなってしまったのです。
(変だなぞ)
 そこで先生は、ゴム管のようなものを耳の穴から外してみました。
 すると、また前と同じように、どこからか小さな人間の声が聞こえてくるではありませんか。
 先生であせりながらその機械をいじくり回しているうちに、ようやく声の出どころがわかりました。
 それは、胸あてのようなものの真ん中についているラッパから聞こえてきていることが判明したのです。
(あっ、ここから聞こえるんだ!)
 先生は、そこに耳をあてました。
 しばらく聞き続けているうちに、先生は重大な発見をしました。
 それは、丸木の声と、この小さなラッパから出てくる声とが、いつも全く同じタイミングで大きくなったり、途切れたりすることでした。
(ふむ、この機械を使えば、火星人の言葉が日本語に直って聞こえるんだ。
すごい機械を見つけたぞ!)
 変話機だ!
 言葉を変える機械、「変話機」が見つかったのです。
新田先生は、まるで鬼の首をとったように嬉しくなりました。
 変話機のラッパの方に耳をあて、またゴム管の穴の方を怪人・丸木の方に向けておくと、丸木が火星人の言葉でしゃべっている内容が、すべて綺麗な日本語に翻訳されてラッパから聞こえてくるのでした。
 この機械は、使い方をあべこべにすると、日本語が火星人の言葉に変換される仕組みだったのでした。
 その場合は、火星人が二本のゴム管の穴を耳に近づけ、ラッパを人間の方に向けます。
 つまり、その時はラッパが一種のマイクとして働き、ゴム管がついている方が受話器になるというわけでした。
(しめた!
これはいいものが手に入ったぞ。
よし、丸木がこれから何を言うか、しばらく聞いていてやろう)
 そう心に決め、新田先生は息を殺して、変話機から聞こえてくる丸木の言葉にじっと耳を傾けたのでした。
「……だから、我が隊はできるだけ早くこの仕事を済ませなければならない。
地球の人間に勘づかれたら、その後は人間どもが用心深くなってしまうから、人間を捕まえることがますます難しくなるのだ――」……」
 丸木は、人間をつかまえることについて、話をしているようです。
 人間をつかまえると言って、いったい誰をつかまえるつもりなのでしょうか。
 丸木の言葉は、なおも続きます。
「……我々の計画では、男と女が同じ数だけ必要なのだ。
ぜひとも男を五百人、女を五百人集めてくれ。
このうち、我々が集めて持って行くのは、生まれたばかりの赤ん坊が百人、五歳くらいの小さな子供が百人、それから十歳から十五歳くらいの子供が百人――つまり子供は三百人だ。
その上に、二十五歳くらいの若い大人が百人、それから四、五十歳の大人が百人、これでちょうど五百人だ。
そのほかの人間に用事はない。
……」
 丸木は、とんでもないことを言っています。
 丸木は、隊員たちに向かってなおもしゃべり続けます。
 新田先生は、変話機にかじりついて、一生懸命に丸木の話を盗み聞きしています。
「……どうだ、わかったな、みんな。
人間に近づいた時は、さっきも言ったように、なるべく相手の顔を見ないようにしろ。
こいつをさらうのだと見当をつけたら、足音を忍ばせて、うしろからどんどん追い詰め、さっき教えたような方法で、早いところ袋を頭の上からかぶせ、それがすんだらすぐさま、人間の足をこういう具合にかついで、例の人間箱の中に入れてしまうのだ。
いいかね。
……それができたら、あとはできるだけ気を落ち着けて、その人間箱を自分のそばに並べて、ゆっくりゆっくり歩いて行くのだ。
その時そわそわしていようものなら、人間箱をつき倒して、せっかくの獲物が人間に気づかれてしまったり、また、お巡りさんや刑事に怪しまれて、かえってこっちが捕まえられたりするから、できるだけ用心するんだぞ」
 新田先生は、これを聞いていて、ますます驚きました。
 丸木たちは、こんな手で人間を五百人もさらっていくつもりなのです。
「隊長!」
と、火星人の一人が、先ほどとは違う声を出して丸木に呼びかけました。
「何の用だ、三八九(さんぱーきゅう)」
「ねえ隊長、わしは、どうも人間というものが怖くてならんのです。
ほかの役にかえてくれませんか。
たとえば、草とか木とかを集める方へ回してください」
「だめだ、だめだ。
我々は最初からいちばん難しい役をすることに決まっているのだ。

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