帽子をぬげば、「ななんだ、新田先生じゃないか」と誰にでもすぐにわかります。
大江山課長も、そこではじめて、目の前にいるのが本物の新田先生だと気づいたのでした。
そこへ先生と博士が寄り添ってきて、自分のマントを破り、課長の傷口に急ごしらえの包帯を巻いて手当てをしました。
「いやはや新田先生、これはたいへんなめずらしいものを見たが、いったいどうしたのかね?」
「いやあ、お話しすれば長くなりますが……しかし短く言うなら、課長、どうか喜んでください!
蟻田博士が、あの火星兵団のやつらを一網打尽にするすばらしいとかすガスを発明されたのです。
そこらにころがっている赤黒い怪物は、みんな蟻田博士の発明した十号ガスのせいでやっつけられたんですよ。どうか喜んでください!」
新田先生が早口で説明すると、課長は目を丸くしました。
「なんだって? 蟻田博士が発明しただと? あの変り種の博士がかね?」
新田先生はびっくりして、そばにいる博士の顔を見上げました。
しかし博士は、ただニコニコと笑っているだけです。
「ねえ、課長。
わたしたちはとんだ思いちがいをしていたのです。
博士はりっぱな方です。
それに、人類の大恩人なんですぞ!」
「それはどうかな」
博士は少しにが笑いをしながら、やむを得ないといった様子で課長に声をかけました。
「おい、大江山さん。
そのおかしな博士は、こうしてここにいて、あなたの手に包帯を巻いてあげているところだよ。
わしのことについては、あとでゆっくり新田から聞くがいい」
「おや……あなたはもしや、蟻田博士……!」
「そんなに驚くことはないよ」それよりも、いよいよ明日から全国の火星人退治を始めなさい。
十号ガスはたくさん用意してあるから、いくらでも分けてあげる。
今夜はしっかり休んで、明日には突撃隊でも作って、その先頭に立つがいい」
そう言い残すと、博士はすたすたと引き返していきました。
ああ、十号ガスのなんとすばらしい効き目ことか!
ガスピストルやガス銃を手にした突撃隊が、警視庁に勢ぞろいしたのは、翌日のお昼近くのことでした。
ガス弾の原料なら、博士の屋敷跡に行けばいくらでも手に入ります。
博士は地下の原料タンクから地上まで何本もの鉛管を伸ばし、ポンプで吸い出せるように仕掛けを作っておいたので、雷管のついた薬莢(やっきょう)さえあれば、ガス弾はいくらでも作ることができたのです。
「突撃隊、集まれっ!」
勇ましい号令をかけているのは、大江山課長です。
昨夜の課長は、もう何もかもおしまいだと思い、部下たちの弔い合戦のつもりで火星人の中に飛び込み、命がけではなばなしく戦って、そこで討ち死にするつもりでした。
そんな悲壮な決心を固めていた課長ですが、一夜が明けるとすっかり元気をとりもさし、さっそく博士にすすめられた通りに突撃隊を編成し、これに博士の発明したガス弾を持たせて、火星兵団に大逆襲をしかけようということになったのです。
こうして、いまや戦いの準備はすべて整いました。
「今からまずは帝都の近郊一帯に出動して、火星人を見つけたら、いまみんなの手に渡したガス弾で一網打尽にやっつけるのだ。
火星人を見つけても、決して見逃さないようにすること。
ここで一人の火星人を逃してしまえば、十人、二十人の尊い日本人の命が犠牲になるうえ、もしも火星にまで逃げ帰られたら、それこそどんな恐ろしい新兵器を持った新しい火星兵団が、この地球へ攻め寄せてくるかわからないのだ。
だから我が突撃隊員は、火星人を見かけたら仕損じることなく、そして素早くやつらを倒すよう心がけること。
わかったか、わかったろうな!」
「はい、わかりました!」
「よろしい、各隊、出発!」
突撃隊長の大江山課長は、ついに前進の号令を下しました。
55 突撃隊
いよいよ突撃隊の出発です。
めあてはまず、甲州の山奥に陣取っている火星兵団の本拠地です。
そこでは怪人の丸木が隊長となって、数え切れないほどの火星の宇宙艇を指揮していました。
地球がモロー彗星に破壊されてしまう前に、この宇宙艇の中に積み込んで火星へ連れ去ろうと企らみ、あわれな捕虜たちが近くの洞窟にたくさん押し込められていたのです。
人間だけでなく、馬や牛、豚や猫や犬まで捕らえられていました。
どれも火星にはいない、実におかしな生き物ばかりだからです。
火星人たちは、人間や馬や牛を火星へと連れ帰り、家畜にするつもりでした。
馬や牛が家畜にされるのはまだしも、人間たちが火星人の家畜にされるなど、そんなことがあっていいはずがありません。
大江山捜査課長を隊長とする突撃隊は、火星兵団の手から捕虜の人間たちを取り返そうと、甲州の山奥めがけて押し寄せていったのです。
「ははあ、またふもとから人間の軍団がやって来たぞ」
「おお、また来たのか。
人間という生き物は、ほんとうにしぶとい連中だな」
火星人が二人、山のてっぺんで見張り番をしていましたが、突撃隊が下から登ってくるのを見て、ばかにしたように笑いました。
それも無理はありません。
これまでにこの山をめざして攻め上ってきた警察の部隊や青年団などの数は、ものすごい数にのぼりました。
しかし、彼らはいつだって火星人の敵ではありませんでした。
いつも、こっぴどく火星人たちに撃退されてしまったのです。
今回もきっと、人間の軍団は山の斜面を転がり落ちて、情けなく逃げ出すだろうと、火星人たちはすっかり見くびっていました。
火星人たちは、のそのかと山のてっぺんに姿を見せ始めました。
突撃隊は静かに登ってきます。
さて、ここからどんな戦いが始まるのでしょうか。
静かに、押し黙ったまま、じりじりと山道を登っていく大江山突撃隊でした。
これを上から見下ろしている火星兵たちは、がやがやと騒ぎ立てています。
「また懲りもせず、人間どもが攻めてきやがった。
おい見ろよ、戦う前からなんだか元気がなさそうじゃないか」
「ほんとうだな。
負けるとわかっているなら、攻めてこなきゃいいのに、人間というのは頭が悪い連中だね」
「みんな残らずやっつけられるまで、あんなふうに攻めてくるつもりなんだろうさ。
さあ、今日は人間を何人やっつけてやろうかなあ。
十四、五人を手玉にとって、谷底へ放り投げてやろうか」
「おれは火星へのおみやげに連れて帰るから、よく働きそうなやつを選んで捕まえてやるつもりさ。
そして、そいつらの体に俺の名前を焼き付けておこうと思うんだ」
などと、火星兵たちは実に勝手気ままなおしゃべりを楽しんでいました。
実際のところ、最近の火星兵たちは、人間があまりにも弱いため、本気になって戦う気すらなくなっていたのです。
宇宙の中で火星人が一番えらいのだという思い上がりが、彼らの心をさらに傲慢にし、そして油断を生ませていました。
だから、山のてっぺんのあたりには、まるで蟻のけんかでも見物するような気楽な気持ちで、たくさんの火星兵が集まってきたのでした。彼らはいずれも、格好の悪い、あの太い胴体をゆさぶり、そして針金のように細い手足を振り回しながら、大きな頭をぐらぐらと揺らし、楽しそうに下を覗き込んでいます。
――まったく、これほど失礼な火星兵たちもいません。
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