初級翻訳・火星兵団 第49話

海野 十三

もっとも酸素吸入をやればいいということはわかっているが、火星へ着いてから、果たして我々たくさんの人間全部が酸素吸入が出来るほどの大設備がつくれるでしょうか」
「第二の心配というのは、火星の生物と果たして仲よく暮していけるかどうかということです。
火星には、多分生物がいます。
それは、火星に空気があることや、植物地帯らしいものがうかがわれることや、それからまた我々は時々、火星人らしいものから無線信号を受け取ることから考えても、まず火星に生物がいることはまちがいないと思うのです。
その火星人と果たして仲よくつきあっていけるかどうか。
これはなかなか心配なことです」
「我々の仲間には、火星人がきっと我々地球人類をいじめるにちがいないと言っている者もいます。
それだから、我々が火星へ移住するためには、まず火星人とたたかわなければならない……」つまり敵前上陸をやるつもりでなければ、この事は失敗に終ると言っている。
しかし我々は、このようなことを言う仲間を大いに叱ってやる必要がある。
すべては愛情でいきたいものである。
敵前上陸とか、火星人征伐とか、そのようなおよそ火星人の気持を悪くするような言葉は、つつしまなければならないと思う。
話は、わき道にそれたが、このことだけは、くれぐれも賢い諸君にお守り願わねばならぬ」
 そう言って、リーズ卿はそこで深いため息をついたのだった。
リーズ卿は、蟻田博士ほど火星の生物について、ふかいことは知らないような放送ぶりであった。
果して卿は知らないのであるか、または知っていても言わないのか、そこはまだよくわからない。
蟻田博士が、リーズ卿の放送を聞いたら、どんな感想を持つであろうか。
ざんねんながら、蟻田博士の行方は知れないのであった。
くわしく言えば、昨年の東京地方の大地震以来、どこかへ行ってしまったのか、それともまた、どこかの軒下で押しつぶされたのか、とにかく博士の消息はさっぱり聞かないのであった。
リーズ卿の放送は、実は、まだもっと先があったのである。
「とにかく、この二つの心配――つまり、火星の空気がうすいことと、火星人と仲よく助けあって住んでいられるかどうかということ――この二つの心配が、火星移住をきめるについて、暗い影を投げる」
「その外、食物の問題もあるが、これは何とか解決がつくだろう。
火星の上に空気があり植物があることがわかっているのだから、我々人間に食べられる野菜みたいなものがあってもいいはずだと思う」
「それからまた、火星の上は、夜はたいへん寒く、一日中の気温のかわり方も、たいへんはげしいから、我々人間がそれにたえることが出来るかどうかという心配もあるが、これは防寒具を持って行けば、何とかなるだろうと思う」
「また、火星へ移住するためのロケットは、つくり上げたものが、もうかなりわがイギリス国内にもあるし、諸外国もそれぞれ工場を大動員して、たくさんのロケットがつくられているはずであるから、モロー彗星と衝突する日までには、相当たくさんのロケットが、世界各地に備えつけられることになろう。
この点についても、諸君は心をしずかにしていていいと思う」
 卿の言葉は、なかなかつきなかった。
リーズ卿の放送には、世界各国の人たちが、水をうったように、耳をすまして聞入っていた。
モロー彗星との衝突は、もはやさけることが出来ない今日、我々人類は、どうしてその後の生命を全うすることが出来るか。
それは誰もの、ぜひ知りたいところであった。
卿の放送は、いよいよおしまいに近づいたようである。
「つまり、ひっくるめて言うと、モロー彗星の衝突によって起る惨害から救われるためには、誰しも考えつくのは、火星への移住である。
しかし火星へ移住することは、二つの心配があって、一つは空気がうすいこと、もう一つは、火星人が、我々地球人類を、こころよく迎えてくれるかどうか、この二つのことがたいへん心配である。
どうか、諸君は、くれぐれもこのことを忘れてはならない。
世界各国の政府は、この二つの心配に対し、本気になって考えておかねばならない。
移住に際し、火星人を、みな殺しにしてしまえなどという、あらい言葉をつつしむように。
きびしい言葉で言えば、我々の一人たりとも、火星人をおこらせてはならないのだ。
火星人が気持を悪くするような言葉を、はいてはならないのだ。
つつしみのないたった一人の失敗のために、我々全人類が、火星人から、ひどい目にあうとすれば、ばかばかしいことだ。
とにかく、そういう不穏な人間が出た時は、政府はすぐ彼を、銃殺にしてしまうのがいいだろう。
予のもっとも気にかかることは、これである」
 リーズ卿の放送は、そんなところで終った。
卿の講演放送によって、世界各国は、またさわがしくなった。
火星への移住の用意は、うまく出来ているか。
ロケットの数は十分にあるか。
自分の乗る座席は第何号かなどと……。
しかし中には、卿の放送に対し、悪口を言う者もあった。

28 山の上の火

長い間、傷のため病床に寝ていた新田先生が、ようやく退院することとなった。
三月といえば、いつもの年ならまだ春に遠く、ひえびえとした大気を感じるのが、あたりまえであったが、その年はどうしたものか、日暦が三月にかわると急にぽかぽかと暖くなって、まるで四月なかばの陽気となった。
めずらしい暖さだ。
それもモロー彗星が近づいたせいだとあって、人々は、夕暮間もなく、西の地平線の上に、うすぼんやりとあやしい光の尾を引くモロー彗星のすがたを、気味わるく、そうして、また恐しく眺めつくすのであった。
新田先生は、退院の後、すぐさま甲州の山奥の、掛矢温泉へ向かった。掛矢温泉といっても、知っている人は少ないだろう。
ここは温泉といっても、宿は掛矢旅館がたった一軒しかない。
その掛矢旅館も、とてもボロボロで物置のような宿であり、お客さんの数も、とっても少なかった。
近くに地獄沢という場所があって、そこは地面の底からくさいガスがぷうぷうと吹き出していて、まわりの一キロメートル四方は草も木も一本も生えておらず、ただ一面に灰色の石ころばかりが転がる原っぱになっていた。
掛矢温泉にわき出るお湯も、実はこの地獄沢からぷうぷう吹き出しているガスのせいで、地下で温められた地下水だったのだ。
新田先生は、この温泉にやってきて落ち着いた。
このように、掛矢温泉があまりはやっていない理由は、地下からわき出る温泉が、時々ピタッと止まって、お休みしてしまうからだった。
そのお休みも、一日や二日どころか、時には半年も一年も止まったままのことがある。
それではお客さんが来るはずがない。
新田先生は、学生時代にここへ時々遊びに来たことを思い出して、今度も病気がなおったばかりの体をこのお湯で温めようと思ってやってきたのだ。
掛矢旅館をひょっこり訪れた新田先生は、そこの主人の弓形(ゆみかた)というおじいさんから、とっても大歓迎を受けた。
「おお、新田さんじゃないですか。
いいときにおいでなすった。
長いこと止まっていたうちの温泉が、一昨日(おととい)からまた吹き出し始めたんでがすよ。

コメント

タイトルとURLをコピーしました