もうあと百キロほど間をつめることができれば、ガス弾がとどくんだがなあ」
「ほう、あと百キロですか」
すると、千二が、測距機(そっきょき)で、敵と自分たちのあいだの距離をはかって、
「ええ、丸木艇は、百三十キロのところをとんでますよ」
「ふふん、そうか。
あと百キロぐらい、宇宙の大きさにくらべたら、何でもないがなあ」
と、先生はくやしがった。
その時、博士は、めずらしく座席から立ち上がった。
「博士、どこへいかれるんですか」
「おお、わしは、ちょっとここを留守にするよ。
新田、お前、しばらくここをあずかっていてくれ。
すぐに戻ってくるから」
「承知しました。
しかし博士は、いったいどちらへ……」
「ちょっとした用事じゃ。
すぐ戻る」
博士は、行き先を言わないまま部屋を出ていった。
62 怪しい影
博士が出ていって、部屋には新田先生と千二の二人きりになった。
「先生、博士は、どこへいかれたんでしょうね」
「さあ、どこだかなあ。
博士は、わざと返答をさけたようだったな」
「髪を刈ったり、座席を立ってどこかへいったり、なんだか博士の様子が、へんですねえ」
「そうだね。
へんだと言えばへんだが、まさか、とんでもない間違いはまいと思うが……」
先生は、そう言うよりほかなかった。
二人は、しばらく黙りこんだ。
「ねえ、先生」
「なんだ、千二君」
「博士は、はじめから火星へいくつもりでは、なかったのでしょうか」
「はじめから火星へいくつもり? どうしてだい」
「つまりですね、地球は、あと二、三日したら、モロー彗星にぶつかって、こわれてしまうでしょう。
だから、博士は、粉々になる地球の上にいて死んでしまうのはいやだから、その前にこの大空艇にのって地球をはなれ、火星へいくつもりじゃなかったのでしょうか」
「なるほどねえ、それは、ちょっと筋道が通っているねえ。
ははあ、博士は、そういうつもりで地球をはなれたのかしらん」
先生は首をかしげて考えこんだ。
すると、しばらくして、また千二が言った。
「先生は、火星へいったことがありますか」
「いや、いったことなんかないよ。
第一、人間が火星へいけるなんて、よっぽど未来のことだと思っていた。
そうして、たとえ人間が火星についたにしろ、大空艇から出て、火星の表面をあるくというのは、なかなかむずかしいことなんじゃないかねえ」
「そうですか。
火星と地球とは、気候やなんかがちがうのですね」
「ああ、たいへんちがうのだ。
空気はあるけれど、非常にうすい。
一日のうちに、ものすごく寒くなったり暑くなったりするのだ」
「それじゃあ万一火星についちゃっても、だめですねえ。
ぼくたち人間は、火星におりても、息がくるしくて死んじゃいますね」
千二少年は、困ったような顔をして新田先生を見た。
「そういうわけだね。
丸木艇に乗っているような火星人たちは、地球へやってくるにあたって、ものすごく用意をしてきた。
ドラム缶のような固い入れものの中に入り、地球のつよい大気の圧力が、自分たちのからだに、じかにあたらないようにしているのだ。
それほどの用心をしてこそ、あのように地球の上をらくに歩いたり、平気でくらしていたのだ。
だから、逆に、われわれが火星の上におりて、安全に生きているためには、やはり用意がいるわけだね」
「用意というと、やっぱり何か着るのですか」
「もちろん、着る必要もあるだろうし、第一、空気がうすいのだから、酸素の入ったタンクのようなものを持っていく必要があると思うね」
「先生、ぼくはそんなものを持っていませんが、じゃあ、火星へおりられませんね」
「持っていないのは千二君だけじゃないよ。
先生だって持っていない」
「じゃあ、博士は持っているでしょうか」
「ああ、博士かね……」そうだなあ、博士は、火星にいたことがあるというから、きっと持っているとおもうが、はっきりしたことはしらない」
「先生、こんなことは、ないでしょうか。
火星へついて、博士だけが下へおりて、いってしまう。
あとに、先生とぼくとは、いきがくるしくなって、死んでしまう……」
「そんなことがあっては、たまらないね」
と、先生は、ちょっと顔をくもらせたが、
「あ、そうだ。
わたしたちの前にもう一人、火星へいっている男がいるのだよ。
あの男はどうしたかしらん」
「へえ、ぼくたちの前に、火星へいっている人があるのですか。
だれです、その人は……」
と、千二少年は、おどろいた。
「それはね、佐々刑事だよ。
警視庁にいた元気のいい刑事さんだ」
と、新田先生は、説明した。
「ああ、あの人ですか。
山梨県の山中で、火星の宇宙艇をうばって、逃げた人でしょう」
「そうだ、あの人だ。
一時は、佐々刑事の無電がはいったものだが、このごろしばらく佐々刑事から、たよりをきかない。
今どうしているのだろうか。
おお、そうだ。
この受信機で、佐々刑事の電波をさがしてみよう」
「それがいいですね」
と、千二も、さんせいした。
そこで、新田先生は、受話機を頭にかけ、受信機をはたらかせてみた。
そうして、この前うけた時におぼえた波長のところへ、目盛盤をまわしてみた。
「どうですか。
はいりますか」
「いや、きこえないね。
このへんで、たしかにきこえたはずだが、今日は、ぴいっという、うなりの音も出ない」
新田先生は、さらに、増幅器を加えたりしたが、空間は、寝しずまったようにしずかであった。
「だめだねえ。
とにかく、佐々刑事の電波は今出ていない」
先生は、ちょっと、がっかりしたかたちであった。
ちょうど、その時、扉がひらいて、博士がかえって来た。
「博士、異状はありません。
ひきつづき丸木艇のあとを追っています」
と、先生は、すぐ報告をした。
そうして、席を博士にゆずった。
博士は、どうしたわけか、のぼせたように、頬を赤くしていた。
そうして席につくと、すぐさま二人の方へ顔をむけて、
「まだまだ、道中はながいから、お前たち、こっちの寝室へいって、ねてきなさい」
と早口で言った。
蟻田博士は、千二と新田先生とに、寝室へ引取って、寝てこいというのだ。
二人は、博士の言葉がだしぬけだったので思わず、目と目を見合わせた。
だが、火星まで、丸木艇を追っていくときまれば、まだまだ先はとおい。
ここらで休息をしておくことは、いいことであろうと思ったので、新田先生は、
「じゃあ千二君、あとを博士におねがいして、しばらく、寝てこようではないか」
と、千二をさそった。
もちろん、千二は、先生の言葉にしたがった。
二人は、寝台のついている別室にはいった。
その寝台というのは、ちょっと風がわりな形をしていた。
それは、ちょうど列車の網棚を、もっと深くしたようなかっこうになっていて、体を入れると、すっぽりとはいり、下に垂れさがる。
しかも取附けられたその寝具の蒲団は、体を入れたあとで、蒲団の合わせ目をそろえ、内部から、チャックという金具を引くと、まるで袋のようになってしまうのであった。
「先生、この蒲団は、おもしろいですね。
なぜ、こんなことになっているのでしょう」
と、千二が言うと、先生は、
「これかね。
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