「それがですねえ、まるで検討がつかないのですよ。
行きも帰りも目かくしをされていましたし、賊の隠れ家というのが、なんだか変な地下道をくぐっていくような、変わった建物でしてね……。」
それから、賊のボスらしい白ひげの老人のことや、不思議な建物のことなどをくわしく話しました。
明智探偵は熱心にその話を聞いていましたが、やがて何か思い当たったのか、いきなり右手を頭にもっていき、指でモジャモジャの髪の毛をぐるぐるとかきまわしはじめました。
これは明智探偵が、何かいい作戦を思いついたときにいつもやる癖でした。
そして、園井さんの話が終わると、こんどは明智探偵が話す番になりました。
「ぼくのほうは失敗してしまったのですよ。
例の黒い糸が、途中で切れてしまったんです。」
と、さきほどの出来事を手短に語ってから、こうたずねました。
「ところで、あなたが賊の自動車に乗っていた時間は、どれくらいでしたか?」
「さあ、はっきりとはわかりませんが、一時間はかかっていませんよ。
五十分くらいでしょうか。」
それを聞くと、明智探偵はまた、自分の頭の毛に指をつっこみました。
「やっぱりそうだ!
黒い糸が切れたのと、賊の自動車が止まった時間が、ほとんど同時だったのですよ。
ということは、やっぱり横浜から二十分ほど行ったところにある、森のように木が茂ったあの丘があやしい。
どうやら、あそこに賊の本拠地があるらしい!」
「しかし、そんな丘の上に、あんな大きなコンクリートの建物なんて本当にあるのでしょうか?」
園井さんが不思議そうに言いました。
「いや、そこが面白いところなんです!
『灰色の巨人』というやつは、いつも実に奇抜なことを考える。
その大きな建物の秘密は、ぼくにはだいたいわかった気がします。
きっと間違いありません。じつに奇想天外だ!
あいつはまるで魔法使いみたいなやつですよ。
園井さん、どうぞご安心ください。
『にじの宝冠』は、かならず取り返してみせますからね。
ぼくにはもう、賊のアジトがどこかわかったのですから。
相手が魔法使いなら、こちらも魔法を使いましょう!
そして敵の裏をかいて、あの怪物をあっと言わせてお目にかけますよ。」明智探偵は、とても自信ありげに、「にじの宝冠」を取り返してみせると約束したのでした。
さて、その翌日の朝早く、横浜から五キロほど離れた、あの小山のような森の中に、ひとりの変な男がうろついていました。
ジャンパーを着て、茶色のズボン、鳥うち帽をかぶり、黒い細縁(ほそぶち)の眼鏡をかけた、田舎から出てきた行商人といった風貌(ふうぼう)です。
四角い箱のようなものを風呂敷に包み、背中にょっています。
その中には、富山のくすりでも入っているのかもしれません。
その男は、道もない森の中を草をかきわけながら、丘の上へ登っていきましたが、道路から二百メートルほど登ったところで、ちょっと立ち止まると、森の木のあいだから向こうの方をすかして見て、にっこり笑いました。
この行商人のような男は、実は明智探偵の変装した姿だったのです。
いま、向こうの方を見てにっこり笑ったのは、一体なぜでしょうか。
そこには、いったい何があったのでしょう。
巨人の正体
園井さんが「にじの宝冠」と引きかえに、正一くんを取り戻した翌日、園井さんの家へ変な男が訪ねてきました。
ジャンパーを着て、鳥うち帽をかぶり、眼鏡をかけ、背中に風呂敷包みをしょった、田舎の行商人みたいな男です。
女中さんが怪しんで断ろうとすると、その男は女中さんの耳になにかささやきました。
それを聞くと、女中さんはびっくりしたような顔で奥へ入っていきましたが、やがて、園井さん自身が玄関に出てきて、その変な男を応接間に通しました。
「見事な変装ですね。
どう見ても、明智先生とは思えませんよ。」
園井さんは、感心したように言いました。
その変な男こそ、名探偵・明智小五郎だったのです。
そこへ正一くんもやってきて、明智探偵にあいさつしました。
「園井さん、あなたを喜ばせるおみやげを持ってきました。」
明智はそう言って風呂敷包みをひらき、黒塗りの箱を取り出して、そのフタをあけました。
すると、パッと目を射るような、美しい光が放たれました。
「や、それは『にじの宝冠』ではありませんか!」
園井さんはびっくりして、宝冠を手にとりました。
「本物です。
きのう正一くんと引きかえに、賊にわたしてきた本物の宝冠です。
これをどうして明智さんが?」
「つい一時間ほど前、ぼくが賊のすみかに忍び込んで、そっと持ちだしてきたのです。
かわりに、偽物の宝冠をおいてきましたよ。
よくできているので、当分のあいだは賊も気がつかないでしょう。」
明智が説明しました。
「えっ? では、あなたは賊のすみかを突きとめられたのですか?」
「そうです。
小林くんがよく働いてくれたのですよ。
それで、警視庁の中村警部や刑事諸君といっしょに、これから賊のすみかへ乗りこむことになっているのです。」
明智はそう言って、「にじの宝冠」を園井さんにわたし、そのままいとまをつげて警視庁へと急ぐのでした。
それから二時間ほどのち、横浜から五キロほど離れた、例の小山の森の中を、道路の工事人夫のような、汚れた格好をした七人の男が歩いていました。
それは明智探偵と、中村警部と、五人の刑事の変装した姿でした。
明智が案内役になって、いまから賊のすみかへ乗り込もうとしているのです。
「明智くん、こんな山の中に、賊の立てこもるような建物なんて本当にあるのかね。
見わたしたところ、家らしいものは一軒もないじゃないか。」
人夫姿の中村警部が、不審そうにたずねました。
「『灰色の巨人』という賊は、まるで奇術師のような男ですからね。
だから、ちょっと普通の人には考えられないような、奇抜なことをやるんです。
彼らのすみかも、実に奇抜な建物なんですよ。」
同じ人夫姿の明智が、にこにこ笑って答えました。
「建物といって、いったいそれはどこにあるんだい?」
「ここだよ、すぐ目の前に立っているんだよ。」
「どこに、どこに?」
警部はキョロキョロとあたりを見わたしましたが、どこにも家らしいものはありません。
「ほら、あれだよ。
向こうの木の上にニューッと頭を出して、灰色の巨人がそびえているじゃないか。」
「えっ、灰色の巨人だって?」
「あまりに大きすぎて、目に入らないのだろうね。
あれだよ、あの大観音(だいかんのん)だよ。」
それはコンクリートでできた、高さ十数メートルの有名な観音さまの座像でした。
小山の上に建てられ、森の木の上にそびえ立っているのです。
「観音さまなら、さっきから見えすぎるほど見えている。
だが、あれは家ではないよ。
人が住めるわけないじゃないか。」
「ところが、住めるんだよ。
あのコンクリートの仏像の中は、空洞になっているんだから。」賊は地下道をほって、下からその空洞の中へ出はいりしているんだ。
そして、そこにりっぱな部屋を、つくっているんだ。
ああ、コンクリートの大仏の中をすみかにするとは、なんという、ふしぎな思いつきでしょう。
中村警部も、そばにいた刑事たちも、あっと、おどろいてしまいました。
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