初級翻訳・神さんが降りてきた。 第3話

植松 真人

「あんた、あの契約をええ契約やと思てるみたいやけどな。
あそこ、もうじき倒産するで」
「え、倒産するんですか」
「そや、支払いが今月末の翌々末やろ、その頃にはあの会社あらへん」
「それやったら、なんでそない言うてくれへんのですか。
もう、契約してしまいましたがな」
「安心せい、その頃にはもうお前の会社もないから」
「え、うちの会社も倒産ですか」
「倒産するかどうかは、はっきりしてないけど、社長が夜逃げする」

びっくりしたで。
おれな、けっこううちの社長のことは信用してたからな。
前の会社からこっちへ来たのも社長に引き抜かれたみたいなもんやし。
おれもう神さんのことなんか忘れて、すぐ電話で社長に連絡とったんや。
社長もおれと一緒に東京に来てたしな。
すぐ近くの別の得意先にいてはってんけど、携帯鳴らして連絡とったよ。
「お前、なに慌ててんねん」
「いや、社長、大丈夫ですか」
「そやから、何が大丈夫やねん」
「いえ、その、うちの会社の資金繰りとか、経営状態とか、まあ、いろいろと」
「しょうもないこと言いな。
なんも心配することあらへんがな。
お前、どないしてん。
ちゃんと仕事してるんやろな」

逆に怒られてしまう始末や。
そのこと、神さんに言うたら、わしの言うことが信用できんのか。
あんたのために一生懸命やったってんのに、言うてな。
けど、自分が信用してる人のことを夜逃げする言われたら誰でも気分悪いがな。
もう、おれもかなり切れてしもて。
「もう、ええですわ」
「何がええねん」
「神さんかなんか知らんけど、もうどっか行ってください」
「え?どっか行けって、もういらん言うこと?そら無茶やわ。
お金ももろてるし、今さら解約言われても」
「お金はええですから、どうせお金さえ払ろたら、それでええんでしょ」
「ちょっと待てよ。
わしかて神さんとしてのプライドがあるがな。
わしはわしの判断であんたとこの社長が夜逃げすると思たわけや。
それをちゃんとあんたに伝えただけやないか。
それが気にいらんから言うて、金さえ払えばそれでええねんやろっちゅうのは、ちょっと言い過ぎちゃうか。「わしかて大人しいばっかりやないで。神さん言うても、いつ悪魔に変わるかわからへんで」
って、こんなふうにすごみだすねん。
いつ悪魔に変わるかわからへんって、それが神さんの言うセリフかっちゅうねん。
なんだか険悪な雰囲気になってしまって、まあ、おれも大人げなかったかなあとは思ったんやけど、いつまでもこんな神さんに付き合ってもいられないしな。
「まあ、さっきはちょっと言い過ぎました」
「あ、いや、そんな。わしも神さんのくせして、悪魔の名前を出したりして、悪かったな」
「けど、ほんまに仕事に戻らないといけないので、そろそろ失礼しますわ」
そう言うと、神さんがものすごく寂しそうな顔をしてさ。
そうか、しかたないなあ、言うて、それやったら最後に一つだけ頼み事を聞いてくれへんか、って言わはるねん。
神様から願い事をされるなんて初めてだからさ。
おれもちょっと緊張していたんだけど、「わしを元の自動販売機のとこまで連れていってくれへんか」って言うんだよ。
まあ、それくらい大したことでもないから、分かりました、言うておれも連れていってあげたんだ。
自動販売機はすぐに見つかった。
自動販売機のとこまで戻る間、神さんはずっと「すまんかった、すまんかった。悪かった、悪かった」って謝り続けてはったわ。
なんだかこっちが気の毒になるくらい落ち込んでいてさ。
そんな気にせんといてくださいって、おれも言い続けたんだ。
自動販売機に近づこうとしたとき、見慣れた顔が見えたんだ。
もうすぐ夜逃げするって言われていたうちの社長だ。
「社長、こんなとこで何してるんですか」
「いま得意先から出てきてな。えらい喉が渇いたと思って自動販売機を探していたら、こんなとこにおもろい自動販売機を見つけてな。神さんを売ってるねん。それで、一つ買ってみてんけどな」
おれ、もう笑いそうになってしまったわ。
経営者と部下が同じことをしているんだもんなあ。
「社長、何の神さんを買いはったんですか?」
「おれか?おれは勝負の神さんや。なんかな、これから先どうすんのが一番ええねんやろと思ったら、ついこれを選んでしもたわ」
そう言って笑いながら見せてくれた缶ジュースのてっぺんに、勝負の神さんが仁王立ちしていたんだ。
おれも仕事の神さんを社長に紹介してやろうと思ったんだけど、肩のあたりにいたはずの姿が見えないんだよ。
どこに行かれたんだろう、と思っていたら、なんと、社長の手を伝って、缶ジュースの上に登っていって、勝負の神さんと何やらゴチャゴチャ話しているんだよ。
社長はそれに気づいていないんだけどさ。
おれが神さんに声をかけようと思ったその時だ。
勝負の神さんがヒョイッと、自動販売機に戻っていったんだ。
そして、さっきまでおれのとこにいた仕事の神さんが、勝負の神さんと入れ替わってさ。
小さな神さんだから見分けがつかないと思ったんだろう。
予想通り、社長は気づいていない。
でな、この神さんが、おれの方を見るなり、何やら不敵な顔でニタッと笑うんだよ。
それで、社長の耳元でつぶやいたんだ。
「逃げるが勝ちやでぇ。逃げるんやったら夜やでぇ」
あの自動販売機が売っていたのって、もしかしたら、悪魔だったのかもしれんなあ。
(了)

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