ひとりひとりが、みなじぶんがいちばんえらいと思って、勝手なことをしてもよいということでは、けっしてありません。
それは民主主義にあわないことになります。
みなさんは、主権をもっている日本国民のひとりであるということに、ほこりをもつとともに、責任を感じなければなりません。
よい子どもであるとともに、よい国民でなければなりません。
五 天皇陛下
こんどの戦争で、天皇陛下は、たいへんごくろうをなさいました。なぜなら、古い憲法では、天皇をお助けして国の仕事をした人々が、国民全体がえらんだものでなかったので、国民の考えからはなれて、とうとう戦争になったからです。
そこで、これからさき国を治めてゆくについて、二度とこのようなことのないように、あたらしい憲法をこしらえるとき、たいへん苦心をいたしました。
ですから、天皇は、憲法で定めたお仕事だけをされ、政治には関係されないことになりました。
憲法は、天皇陛下を「象徴」としてゆくことにきめました。
みなさんは、この象徴ということを、はっきり知らなければなりません。
日の丸の国旗を見れば、日本の国をおもいだすでしょう。
国旗が国の代わりになって、国をあらわすからです。
みなさんの学校の記章を見れば、どこの学校の生徒かがわかるでしょう。
記章が学校の代わりになって、学校をあらわすからです。
いまここに何か眼に見えるものがあって、ほかの眼に見えないものの代わりになって、それをあらわすときに、これを「象徴」ということばでいいあらわすのです。
こんどの憲法の第一条は、天皇陛下を「日本の国の象徴」としているのです。
つまり天皇陛下は、日本の国をあらわされるお方ということであります。
また憲法第一条は、天皇陛下を「日本国民統合の象徴」であるとも書いてあるのです。
「統合」というのは「一つにまとまっている」ということです。
つまり天皇陛下は、一つにまとまった日本国民の象徴でいらっしゃいます。
これは、私たち日本国民全体中心としておいでになるお方ということなのです。
それで天皇陛下は、日本国民全体をあらわされるのです。
このような地位に天皇陛下をお置き申したのは、日本国民全体の考えにあるのです。
これからさき、国を治めてゆく仕事は、みな国民がじぶんでやってゆかなければなりません。
天皇陛下は、けっして神様ではありません。
国民と同じような人間でいらっしゃいます。
ラジオのほうそうもなさいました。
小さな町のすみにもおいでになりました。
ですから私たちは、天皇陛下を私たちのまん中にしっかりとお置きして、国を治めてゆくについてごくろうのないようにしなければなりません。
これで憲法が天皇陛下を象徴とした意味がおわかりでしょう。
六 戦争の放棄
みなさんの中には、こんどの戦争に、おとうさんやにいさんを送りだされた人も多いでしょう。
ごぶじにおかえりになったでしょうか。
それともとうとうおかえりにならなかったでしょうか。
また、くうしゅうで、家やうちの人を、なくされた人も多いでしょう。
いまやっと戦争はおわりました。
二度とこんなおそろしい、かなしい思いをしたくないと思いませんか。
こんな戦争をして、日本の国はどんな利益があったでしょうか。
何もありません。
ただ、おそろしい、かなしいことが、たくさんおこっただけではありませんか。
戦争は人間をほろぼすことです。
世の中のよいものをこわすことです。
だから、こんどの戦争をしかけた国には、大きな責任があるといわなければなりません。
このまえの世界戦争のあとでも、もう戦争は二度とやるまいと、多くの国々ではいろいろ考えましたが、またこんな大戦争をおこしてしまったのは、まことに残念なことではありませんか。
そこでこんどの憲法では、日本の国が、けっして二度と戦争をしないように、二つのことをきめました。
その一つは、兵隊も軍艦も飛行機も、およそ戦争をするためのものは、いっさいもたないということです。
これからさき日本には、陸軍も海軍も空軍もないのです。
これを戦力の放棄といいます。
「放棄」とは「すててしまう」ということです。
しかしみなさんは、けっして心ぼそく思うことはありません。
日本は正しいことを、ほかの国よりさきに行ったのです。
世の中に、正しいことぐらい強いものはありません。
もう一つは、よその国と争いごとがおこったとき、けっして戦争によって、相手をまかして、じぶんのいいぶんをとおそうとしないということをきめたのです。
おだやかにそうだんをして、きまりをつけようというのです。
なぜならば、いくさをしかけることは、けっきょく、じぶんの国をほろぼすようなはめになるからです。
また、戦争とまでゆかずとも、国の力で、相手をおどすようなことは、いっさいしないことにきめたのです。
これを戦争の放棄というのです。
そうしてよその国となかよくして、世界中の国が、よい友だちになってくれるようにすれば、日本の国は、さかえてゆけるのです。
みなさん、あのおそろしい戦争が、二度とおこらないように、また戦争を二度とおこさないようにいたしましょう。
七 基本的人権
くうしゅうでやけたところへ行ってごらんなさい。
やけたゞれた土から、もう草が青々とはえています。みんな生き生きとしげっています。
草でさえも、力強く生きてゆくのです。
ましてやみなさんは人間です。
生きてゆく力があるはずです。
天からさずかった自然の力があるのです。
この力によって、人間が世の中に生きてゆくことを、だれもさまたげてはなりません。
しかし人間は、草木とちがって、ただ生きてゆくというだけではなく、人間らしい生活をしてゆかなければなりません。
この人間らしい生活には、必要なものが二つあります。
それは「自由」ということと、「平等」ということです。
人間がこの世に生きてゆくからには、じぶんのすきな所に住み、じぶんのすきな所に行き、じぶんの思うことをいい、じぶんのすきな教えにしたがってゆけることなどが必要です。
これらのことが人間の自由であって、この自由は、けっして奪われてはなりません。
また、国の力でこの自由を取りあげ、やたらに刑罰を加えたりしてはなりません。
そこで憲法は、この自由は、けっして侵すことのできないものであることをきめているのです。
また私たちは、人間である以上はみな同じです。
人間の上に、もっとえらい人間があるはずはなく、人間の下に、もっといやしい人間があるわけはありません。
男が女よりもすぐれ、女が男よりもおとっているということもありません。
みな同じ人間であるならば、この世に生きてゆくのに、差別を受ける理由はないのです。
差別のないことを「平等」といいます。
そこで憲法は、自由といっしょに、この平等ということをきめているのです。
国の規則の上で、何かはっきりとできることがみとめられていることを、「権利」といいます。
自由と平等とがはっきりみとめられ、これを侵されないとするならば、この自由と平等とは、みなさんの権利です。
これを「自由権」というのです。
しかもこれは人間のいちばん大事な権利です。
このいちばん大事な人間の権利のことを「基本的人権」といいます。
コメント