初級翻訳・あのときの王子くん 第15話

あのときの王子くん

あの子は、自分の星に帰ったんだ。
だって、夜が明けても、あの子のからだはどこにも見あたらなかったから。
からだは、そんなに重くなかったんだろう……。
そして、ぼくは夜、星に耳をかたむけるのが好きになりました。
五億の鈴とおんなじなんだ……。
でも、ほんとに、とんでもないことも起こってしまいました。
口輪をあの王子くんに描いてあげたのに、ぼくはそれに、革のひもを書きたすのを忘れていたんだ! そんなんじゃどうやっても、ヒツジをつなぐことはできません。
なので、ぼくは考えこんでしまうのです。
『あの子の星では、どういうことになってるんだろう? ひょっとして、ヒツジが花を食べてやしないか……』
こうも考えます。
『あるわけない! あの王子くんは、自分の花をひと晩じゅうガラスおおいの中に隠して、ヒツジから目を離さないはずだ……』そうすると、ぼくはしあわせになります。
そして、星がみんな、そっと笑ってくれる。
また、こうも考えます。
『人っていうのは、一度や二度、気がゆるむけど、それがあぶないんだ! あの王子くんが夜、ガラスのおおいを忘れてしまったりとか、ヒツジが夜のうちに、こっそり抜け出したりとか……』そうすると、鈴はすっかり涙に変わってしまう……。
すごく、ものすごく、ふしぎなことだ。
あの王子くんが大好きなきみたちにも、そしてぼくにとっても、宇宙ってものが、ただそのどこかで、どこか知らないところで、ぼくたちの知らないヒツジが、ひとつバラを食べるか、食べないかってだけで、まったく別のものになってしまうんだ……。
空を見てみよう。
心で考えてみよう。
『あのヒツジは、あの花を食べたのかな?』そうしたら、きみたちは、まったく別のものが見えるはずだ……。
そして、大人のひとは、ぜったい、ひとりもわからない。
それがすっごく大事なんだってことを!

これは、ぼくにとって、世界でいちばんきれいで、いちばん切ない景色です。
さっきのページのものとおなじ景色なんですが、きみたちによく見てもらいたいから、もう一度書きます。あのときの王子くんが、地上にあらわれたのは、ここ。
それから消えたのも、ここ。
しっかり、この景色を見てください。
もし、いつかきみたちが、アフリカの砂漠を旅したとき、ここがちゃんとわかるように。
それと、もし、ここを通ることがあったら、お願いですから、立ち止まって、星の下で、ちょっと待ってほしいんです! もし、そのとき、ひとりの子どもがきみたちのところへ来て、からからと笑って、こがね色の髪で、質問しても答えてくれなかったら、それがだれだか、わかるはずです。
そんなことがあったら、どうか! ぼくの、ひどく切ない気持ちを、どうにかしてください。
すぐに、ぼくへ、手紙を書いてください。
あの子が帰ってきたよ、って……挿絵もそこからスキャンし、色を整えてから、すべて同じ大きさになるように縮小してあります。
この最初の本は、『あのときの王子くん』の翻訳活動に興味を持ってくださった、『「星の王子さま」総覧』を管理しているRenardBleuさんという方のご厚意によって手に入れることができました。
また、そのホームページで公開されていた最初のテキストがなければ、この翻訳を始めることもなかったでしょう。
言葉にできないほど感謝しています。

さて、話は変わりますが、ここで挿絵についてお断りしておかなければなりません。
挿絵は、その作者の権利が切れた以上、みんなのものとして自由になるべきです。
もし最初に出版した会社に権利があるとしても、本が出てから50年以上たっているので、もう権利はないものと考えられます。
また同時に、これらの挿絵は、どこかのマーク(商標権)を勝手に使っているわけではありません。
ぼくの考えですが、マークの権利があるからといって、本の中の挿絵を勝手に使っちゃダメだというのは、法律的に考えてもちょっとおかしいと思うのです。
もともと〈商標〉というのは、ほかのお店の商品と区別するための記号や図案のことです。
「これはどこのブランドの商品ですよ」と証明するためのものですね。
ですから、そのルールが守られるのは、本の表紙やタイトル、あるいはポスターや広告、看板など、商品の外側についている「説明」の部分までだと考えられています。
それを本の中身にまで当てはめることができるのか、そんな裁判の例が本当にあるのか、ちょっと疑問が残ります。
(もちろん、雑誌の中の広告などは別ですが、この挿絵がそうではないことは明らかですよね。)
また、法律でいう〈使用〉というのは「商品として売ること」を指すので、そうではない使い方をした場合に、どうやって制限できるのか、それも怪しいものです。
法律の世界では、そのマークを使うことで「どこの商品かすぐわかる」とか「ほかと区別できる」といった機能が働いているか、また、商品として世の中に出て経済活動をしているか、という点が裁判で争われます。
そう考えると、商品かどうかはさておき、少なくとも、
「本の中身にある挿絵は、どこの商品かを示すためのマークではない。だから、商標を勝手に使ったことにはならない」
と、はっきり言えるのではないでしょうか。

3 朗読について

この翻訳は、翻訳者に許可をとらなくても、自由に朗読してかまいません。
朗読するときに、言いやすいように言葉を少し変えても、まったく問題ありません。
(つまり、訳者が細かいことを言ったりはしません。)
たとえば、この翻訳では会話を多くして、次のように書いています。

「○○××」と、△△はいった。
「■■◇◇!」

それを、朗読するときに読みやすいように、こんなふうに変えても大丈夫です。

「○○××。■■◇◇!」と、△△はいった。
「○○××。■■◇◇!」(台詞だけにして、あとの説明を省略する)

どちらの方が聞き手に伝わりやすいか、そのあたりは、朗読するみなさんの工夫や感性におまかせします。

――と、こんなふうにわざわざ書くのにも理由があります。
そもそもこの翻訳の企画は、朗読のために始まったものだからです。
佐々木健さんは、プロの声優・ナレーターで、「STORYTELLERBOOK」というブログで朗読のポッドキャストをやっておられます。
あるとき、青空文庫で公開されていたぼく訳の『はだかの王さま』を朗読してくださり、それがきっかけでメールをやり取りするようになりました。
ちょうどそのとき、ぼくは次にどの本を訳そうかと悩んでいて、候補の中に『星の王子さま』はあったのですが、なかなか決心がつかずにいました。
そこへ舞い込んできたのが、佐々木さんからのメールです。
――『はだかの王さま』や『赤毛連盟』のように、無料で公開されていて自由に読める『星の王子さま』はないでしょうか?――と尋ねられたとき、ここでひとつ、自分でやってみよう、内藤濯さんの翻訳に挑戦してみよう、と覚悟を決めたのです。
1953年に出版された内藤濯さんの翻訳は、ご本人が何度も言っているように、まさに〈朗読〉のために作られた翻訳でした。

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