今度はマッチでございます。
どなたかお持ち合わせはございませんか」
ハイカラな男は、ロウマッチを貸してくれた。
「さて、ただいまこのハンカチに火をつけて燃やしてしまいます。
その燃やした灰をこの引き出しに入れて、私が三度手を叩きますと、もとの通りになります。
首尾よくいったら、どうぞ盛大な拍手をお願いします」
すると、竹子さんが手を叩いた。
ハイカラな男は黙っていた。
ぼくはそんなことお構いなしにハンカチを燃やし始めたけれど、香水がたくさんついているせいなのか、なかなかうまく燃えない。
それでもとにかく半分くらいは燃えたので、ぼくは机の引き出しへほうり込んだ。
「ぼくが三つ手拍子を打つと、ハンカチがもとの通りになります」
ぼくはすぐに手拍子を打とうと思ったけれど、まだ煙が出ているので見合わせた。
けれども、黙っているのも変だから、
「首尾よくまいりましたらば、拍手をお願いします」
と言って、また中を覗いてみたが、やっぱりもとのままだった。
これはもしかするとうまくいかないかもしれないと思ったけれど、黙っているのはおかしなことなので、また、
「もし首尾よくまいりましたらば、お手拍子をお願いします」
と言ってみた。
何度言ってみてもダメだった。
ハンカチは何食わぬ顔でそのままいる。
すると、みんながクスクスと笑い出した。
そして竹子さんが手を叩くと、みんなもそれに倣って手を叩いた。
ハイカラな男も、仕方なしに手を叩いている。
ぼくは本当にきまりが悪かった。
「いまのはハンカチの燃え方が悪かったからうまくまいりませんでした。その代わりに、今度はタマゴの芸をお見せします」
ぼくは帽子からタマゴを出そうと思って中に手を入れてみたら、びっくりした。
湯飲みや茶碗をいっしょに入れて、ジャランジャラン鳴らしながら持ってきたものだから、中のタマゴはみんな割れていた。
これでは手品もできないと困っていると、歌さんがぼくの方へ歩いてきた。
「太郎さん、お前、それは誰の帽子なの?」
「その人の……」
とハイカラな男の方を見たら、ハイカラな男はもうそばまで来ていた。
ぼくは仕方がないから、タマゴも茶碗も机の上にあけ散らかして、帽子をハイカラな男に差し出した。
それをそっと受け取る時、ハイカラな男の顔は三尺ほども伸びていた。
今にも噛みつきそうなすごい顔つきだったので、ぼくは一目散に逃げ出してきた。
歌さんはさぞ困ったことだろう。
それよりも、あのハイカラな男はなおさら困ったに違いない。
いくら夜だとしても、フロックコートを着ていて帽子をかぶっていなければ、電車にも乗れないだろうに。
今日は、昨日の夜の件で叱られやしないかと心配でたまらなかった。
けれども、お父さんもお母さんも何も言わなかった。
ぼくの代わりに、歌さんがものすごく怒られたそうだ。
もうぼくを叱ったりしないのだろうか。
もしかすると、叱らないでおいて、ある日突然どこかへ奉公に出してしまうつもりかもしれない。
歌さんはぼくの顔を見るたびに、白目をむいてばかりいる。
もう郵便を出してやったり、チョコレートを買いに行ってやったりしないから、こっちだっておしまいだ。
今夜は舌が痛くてたまらない。
晩ご飯にはお湯ばかり飲んでいた。
昼過ぎに外でまた手品をして遊んでいた時、六公とぼくで喧嘩になった。
ぼくが「刀を飲み込んで見せる」と言ったら、六公の野郎め、「そんなことができるもんか」と馬鹿にしたんだ。
ぼくは頭に来たから、
「できるとも、できなくてどうするものか。
さあ刀を持ってきてみろ、きっと飲み込んでみせるから」
「よし、それじゃ持って来るぞ」
「持って来い、すぐに持って来い」
「よし」
すると忠公もあちら側の組になって、六公に味方し、
「それじゃあ、この小刀を飲み込めよ。
刀が飲み込めるくらいなら、小刀くらい簡単に飲み込めるだろう」
と、余計なことを言いおった。
ぼくはこんな奴らに負けたら悔しいので、
「いいとも、飲み込んで見せるさ」
と言って、忠公の小刀を奪い取った。
ここまではよかったけれど、忠公の持っていたのは運悪く水兵小刀だった。
小さいやつならわけもないのに、水兵小刀は大きいから困った。
口に入れたはいいが、大きすぎて身動きが取れなくなってしまった。
ぼくがとうとう小刀を吐き出して、血の混じった唾を「つうつう」と吐き出すと、二人は「ざまあみろ」と言って逃げ出していった。
そして、遠くの方まで行ってから、「おいらのせいじゃないぞ、三年烏のせいだあ」なんて叫びやがった。
本当に卑怯な奴らだ。
今日は、午前にお花姉さんがお父さんとお母さんに叱られ、午後はぼくがお花姉さんに叱られた。
世の中というのは、上から下へと順番に怒りが連鎖していくようなものらしい。
ぼくは誰を叱ることもできないから、ポチの頭を思いきり叩いてやった。
お母さんがぼくの服のほころびを直していたとき、清水さんの手紙が出てきた。
これがお花姉さんが呼び出された原因であり、また、姉さんの手紙を盗み見たことが、ぼくがお花姉さんに怒られた理由なのである。
ぼくがポチを叩いたことには、別になんの意味もない。
ただ、ポチがそこにいたから悪かったのだ。
お花姉さんは近いうちに清水さんとご婚礼をするのだそうだ。
そうなったら、ぼくもいっしょについて行ってもいいんだって。
そしてぼく専用の素敵なお部屋を用意してくれて、なんでも好きなものを買ってくれるという約束をした。
新婚旅行にも連れて行ってくれるそうだ。
だから、ぼくはこれからおとなしくしていよう。
一日に三度でも四度でも、清水さんのところへ手紙を届けてやろうじゃないか。そして、姉さんが髪を染めていることなんかは、清水さんには黙っておいてやろう。
森川さんとお春さんも、もうすぐ結婚するんだそうだ。
なんだか最近は結婚がやけに流行っている。
それに、お歌さんだってもう今年中にはお嫁に行くんだから、お父さんもなかなかたいしたもんだとお島が言っていた。
そろそろ凧を作ろうと思ったけれど、骨組みにする竹がなくて困っていたところへ、おじいさんの桶屋がやってきた。
竹を少しわけてほしいと頼むと、いくらでもあげるよと言ってくれた。
だけど、桶屋の竹は表面の皮ばかりで肝心の身がないから、もらっても凧の骨には使えない。
すると、明日上等な竹を持ってきてやると言ったけれど、このおじいさんは大の酒好きで、いつも適当なことばかり言っているからあてにならない。
「おじいさん、この間直してくれた風呂桶が、もう水漏れしはじめたよ。
お前さん、酔っぱらっていい加減な仕事をしたんだろう」
とお島が文句を言った。
「なに、水ぐらい漏れたって構いやしないさ。
人間さえ漏れなければ、大した問題はないだろう」
とおじいさんは平然と言い放つと、そのまま風呂場の方へ見に行った。
ぼくは、錐(きり)で穴をあけたのをみつかられるとまずいので、すぐに二階へ上がって本を読み始めた。
今朝は早く起きて凧を作った。
どうしても竹が手に入らなかったから、お父さんの絹張りのコウモリ傘をこっそり壊して、クジラの骨を二本頂戴した。
絹の布もそのまま捨てるのはもったいないと思って、凧の尻尾に使った。
初級翻訳・いたずら小僧日記 第9話
いたずら小僧日記
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