西の空にはももいろの雲が花びらのように飛び、それとまじって赤い雲が旗のようにたなびきました。
「ごらんなさい。
まあ、きれいだこと。
あの雲、長いたもとのように見えない?」
と、きみこさんが空を指さしました。
「きっと、こんばんおよめいりがあるのだろう」
と、タケちゃんが言いました。
そう聞くと、みんなはお節句のお座敷にかざる、美しいおひめさまを想像しました。
そして、いま雲の上を、おひめさまとおともがゆるゆるとつづくような気がしました。
「いつかもうちのおばあさんが、雨をふらしたうみぼうずはもう海の家へかえって、おひめさまがお星さまのところへおよめいりなさるので、空がきれいなことと言ったから、きっとおよめいりのぎょうれつなんだよ」
と、タケちゃんが言いました。
みんなは、しばらく空をながめていました。
「あちらは極楽でしょう」
と、みつこさんが言いました。
「極楽ってどんなとこなの?」
と、きみこさんが聞きました。
「いいところ。
毎日お天気で、いやなことや悲しいことのないところよ」
と、みつこさんが言いました。
「あの山のあちらだね。
ぼく大きくなったら行ってみるよ」
と、タケちゃんが言いました。
「人間のいけないとこよ」
「そんなに遠いとこなの?」
「飛行機に乗ったら行けるだろう」
めいめいが思ったことを言って、目をかがやかしました。
「わたし、あの小さい雲になってみたいわ」
と、みつこさんが言いました。
「きょねん、わたしが川へ流したお人形みたいよ。
きっと雲に生まれ変わったのだわ」
と、きみこさんが言いました。
そして、その晩、きみこさんはおうちへかえって、うみぼうずとおひめさまの話をすると、おとうさんは、
「おもしろいお話だね。
けれど、空の上ばかりでなく、下の世の中にも、うみぼうずもいれば、また、おひめさまのようなやさしい人もいるのだよ」
と言われました。
「やっぱり、うみぼうずやおひめさまがいるのですか?」」
と、きみこさんは いいました。
「そうだよ。
かみさまと ちがい、にんげんだから そう やさしい うつくしい おひめさまは すくないけれど、もっと たちの よく ない うみぼうずは たくさん いると おもうよ。
」
と、おとうさんは いわれました。
九
きみこさんは、学校の うんどうばで あそんで いると、
「うみぼうず、おまえが わるいのだ。
」
と いう、男の 子の こえが きこえました。
おどろいて そちらを みると、二、三人の 子が、あたまの 大きい せいの たかい、つよそうな 子に わる口を いって にげ足を して いました。
きみこさんは、あだ名を いわれた 大きい 子を、ほんとうに うみぼうずみたいだと おもいました。
「おぼえて いろ。
」
と、うみぼうずは あいてを にらみつけました。
「おまえが ひとの まりを なくしたのでは ないか。
先生に いいつけて やるから。
」
「ふん、なにが こわいもんか。
」
うみぼうずは りきみかえって あちらへ いって しまいました。
「まあ、なんて らんぼうな 子でしょう。
おとうさんが どこにでも うみぼうずが いると おっしゃったのは、ほんとうの ことだわ。
」
と、きみこさんは おもいました。
おうちへ かえって、おもてで、みんなと あそんだ ときでした。
「たけちゃん、うみぼうずを しって いない?」
と、きみこさんが ききました。
「いつか おばあさんの はなした?」
「いいえ、ほんとうの うみぼうずよ。
」
「そんな もの いるものか。
」
「いてよ、学校に。
しらないの。
」
と、きみこさんが いうと、そばに いた みつこさんが、
「ああ わかった。
」
と いわぬばかりに、パチパチと 手を たたきました。
「さんちゃん、きみ しって いる。
」
と、たけちゃんが さんちゃんに いいました。
「だれの ことだろうな。
ぼくも しらないよ。
」
と、さんちゃんは くびを かしげました。
春先の ばんがたの 日が、こうばいいろに みんなの かおを てらしました。
「きみこさん、わたし みたわ。
あとで あれは うみぼうずだと、ほかの 子が はなして いたから。
」
と、みつこさんが つぎのような はなしを しました。
「やきゅうぼうを かぶった かわいらしい 一年の生 小さい 子が、学校の かえりに、ももの 花を もって いると、あたまの 大きい つよそうな 子が、その 花を よこせと いったの。
これは おうちへ もって いくので やれないと いうと、むりに もぎとろうと するから、小さい 子は なきだしそうに なったのよ。
」
「その とき、ほかに、だれか いなかった。
」
と、たけちゃんが ききました。
「いたけれど、らんぼうされるのを こわがって、みんな だまって いたわ。
」
「そして、どう した。
」
と、さんちゃんが いいました。
「うみぼうずは とうとう 花を もぎとったの。
小さい 子は かなしく なって、おかあさん……と 大きな こえで よんだの。
」
「かわいそうに。
」
と、きみこさんは 目に なみだを ためました。
「おまえは よわむしだから、すぐ おかあさんなんて いうのだろう。
こんな ところで よんだって きこえるものかと、うみぼうずは わらって いたわ。
」
「わるい やつだなあ。
」
と、さんちゃんは おこりました。
「するとね。
どこかの やさしい おばさんが とんで きて、どう したのと いって 小さい 子に きいたの。
この とき わたし、ほんとうに うれしかったわ。
みんなが わけを はなすと、その まに うみぼうずは 花を なげすてて、にげて いって しまったのよ。
」
と、みつこさんは はなしました。
十
ある 日、うみぼうずが 白い 子いぬの くびに なわを つけて、ひいて いきました。
あとから せの ひくい 男の 子が ついて きて、
「きみ、その いぬを どうするの。
」
と ききました。
「川へ すてるのさ。
」
と、うみぼうずが いいました。
「なぜ そんな ことを するの。
」
「こいつが まいあさ かきねを くぐって、ぼくの 花ぞのへ はいり、うんこを するからさ。
やっと きょう つかまえたんだぜ。
」
「でも、ころすのは かわいそうじゃ ないか。
」
「しかたが ないだろう。
こらして やるんだ。
おまえも いっしょに おいでよ。
」
と、うみぼうずが いいました。
「そんな らんぼうを するなら、ぼく いっしょに いかない。
」
と、せの ひくい 子が こたえました。
「いやなら こなくても いいよ。
その かわり、ぼくも これから おまえの いう ことを きかないからな。」
と、うみぼうずは まるくてくりくりとした大きな目で、あいてをきりっとにらみつけました。
気のよわい男の子は、あとでまたいじめられるのがこわくてしかたがなく、しかたなくうみぼうずの後をついていきました。
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