初級翻訳・うみぼうずと おひめさま 第2話

うみぼうずと おひめさま

おれがかわりに敵を討ってやろう。
道案内をせい」
とうみぼうずが言いました。
「あのなつかしい町へ、わたしは帰れるのですか」
とおウマはおどろきました。
「だまってついてくればいい」
とうみぼうずはにらみつけて、黒雲を呼びました。
たちまち海の上が暗くなりました。
雲の上に乗ると、ウミヘビの体は大蛇に化けました。
また、うみぼうずの頭は天までとどきました。
おウマもワニザメもシロクマも、みんなが大きく化けました。
「さあ、でかけるぞ」
とうみぼうずは手をあげました。

五

 海のほうから黒い雲が出て、冷たい風が吹くと思うと、ゴロゴロとかみなりが聞こえました。
遊んでいたタケちゃんやキミコさんがびっくりしました。
「あっ、ひかった」
「大きのがなってよ」
と、キミコさんが言い切らぬうちにゴロゴロという音が、はや頭の上で聞こえました。
「またあとで遊ぼうね」
と、ふたりはおうちへあわててはいりました。
タケちゃんは靴をぬいでかけあがると、おばあさんのお部屋へいって、
「またうみぼうずが暴れだしたね」
と言いました。
新聞をみていらっしゃったおばあさんは、めがねをはずしながら、
「もう、夏がすぎるのですよ。
このあとは、めっきり涼しくなるでしょう」
とおっしゃいました。「そうすると、うみぼうずは暴れなくなるの?」
と、タケちゃんが聞きました。
「うみぼうずかい? 夏の間はよく暴れるけれど、秋から冬にかけて寒くなると、暴れても面白くないから、来年まで北の暗い海で居眠りをして、また暖かくなると雲に乗って陸の方へやってくるのさ」
とおばあさんは言われました。
そう聞くとタケちゃんは、嫌いなうみぼうずだけれど、ひとりぼっちなのがなんだかかわいそうな気がしました。
「おばあさん、かみなりは遠くへ行ったようだね」
と、タケちゃんは耳を傾けました。
「あたりが明るくなったから、もうこっちへは来ませんよ」
とおばあさんはおっしゃいました。
そう聞くとタケちゃんは安心して、また表へ出ました。
すると、あちらの山の方へ、黒い雲がピカピカと稲光を乗せて動いているのが見えました。
「おや、あの一つの雲は、片足の悪いお馬みたいだ」
と、タケちゃんはじっと空を見つめました。
その雲は、いつか川へ捨てたおもちゃのお馬そっくりの形でした。
ちょうどこのとき、空ではうみぼうずがお馬に向かって、
「自分の町を忘れる馬鹿もない。
早く言わぬか、お前の町というのはどのあたりだ」
と、いらだたしそうに聞いていました。

六

 お馬は、遠く下の方にタケちゃんがいるのを見て、なつかしくてたまりません。
どうして困らせることなどできましょう。
「王さま、わたしのいたところはここでなく、あの森の中です」
と言って、のはらを指しました。
「そうか。
あの中か。
それならあすこへ大雨を降らせてやろう」
 たちまち、滝のような大雨をのはらの森へあびせました。
ピカピカ、ゴロゴロ。
天地が揺れ動きました。
「は、は、は、このくらい油をしぼれば、たいてい縮み上がるだろう」
と、うみぼうずは気持ちよさそうに笑いました。
「もしもし王さま、ここは町ではありません」
と、わにざめが言いました。
くいしんぼうのわにざめは早く町へ行って、なんでもおいしいものを、おなかいっぱい食べようと思っていたのです。
ところが、あてが外れてくやしくてたまりません。
「片足の馬めがうそを言ったのです」
と、わにざめは言いました。
「なぜおまえは、うそを言うのか」
と、うみぼうずはお馬をしかりました。
「いいえ、うそではありません。
この森の中はにぎやかです。
うそとおもうなら、降りてご覧になればわかります」
とお馬は答えました。
「じゃ、わたしが降りてみましょう」
とうみへびが言って、さっそく自分の乗っている雲を、森の中へ下ろしました。
お馬もうみへびにつづいて下へ降りました。
なるほど、いろいろの鳥が鳴いています。
音楽会があるようでした。
うみへびはいままでこんな良い声をたくさん聞いたことがありません。
また、そこここに色とりどりのくだものが実っていました。
すべて、海の中では見られないものばかりです。
森には立派なお寺がありました。
どこかの竜宮の御殿に似ていました。
屋根の上を越し、木のあいだをぬけると、ひろびろとした池がありました。
そこにはたくさん赤、白、ぶちの魚が泳いでいました。
「なかなかいいところだな。
こんなところに住んだら、さぞおもしろかろう」
とうみへびはおもいました。
このとき、うみぼうずが早くもどれと合図をしたので、うみへびは急いで、お馬を残したまま空へまいあがりました。
「ぐずぐずしてはおれぬ。
ひめたちがこちらへやってくるようだ」
と、はにかみやのうみぼうずが西の赤い空を見て言いました。

七

 本当にとりわけ王さまは気みじかだ。
わたしの報告も聞かず、そして、森も見ずにさっさと引き上げてしまって、おしいことだと、うみへびはひとりごとを言いました。
「下のようすはどんなだったい」
と、わにざめがそばへきて言いました。
「まったくいいところさ。
みんなに見せたかったよ。
おれは落ち着いて住みたいと思った。」
と、うみへびが答えました。
「そうかい。
そんなにいいところなのかい。
それでは、おいしいものがたくさんあっただろう」
「あったとも、いいにおいのするくだものが木にすずなりになっていたし、池にはきれいな魚がうようよ泳いでいたよ」
「それはいいものを見たね。
人間は何をしていたかい?」
と、わにざめが聞きました。
「なにぶん、かみなりは鳴るし、雨が降るから姿は見せなかったけれど、竜宮の御殿のような家があったから、たぶんあそこにいるのだろう。
まだおもしろそうなものがあったけれど、王さまがお呼びなさるので戻ったわけさ」
と、うみへびが言いました。
このとき、みんなの乗っている黒い雲は、高い山の頂きを越えて、海へ出ようとしていました。
山には雪がつもって、どの山も白く光っていました。
「おれははやく帰りたい。
氷山が恋しくなってきた」
と、しろくまは熱心に見下ろしながら言いました。
王さまのうみぼうずはそれを聞くと、
「そうとも、人間の世界など、長くいるところではない。
人間ほど嘘つきで欲張りでたがいにけんかをするやつは、どこにもいないだろう。
うみへびのあとを追い、下へ行ってそれきり戻ってこないあの片足の馬も、人間にかわいがられたばかりに、嘘をつくのを覚えたのだ。
かわいそうなやつさ。
おれたちはこれから嵐と雪と大波の中で、安心して夏までくらせるのだ。
もし、船でもやってきたら、ひっくりかえして暴れてくれるぞ」
と、大きな声で言いました。
「王さまはきかんぼうずだな」
と、うみへびが笑いました。
「あれほど元気がありながら、どうしておひめさまがこわいのだろう」
と、わにざめが不思議がりました。
「それは不思議ではない。
やさしくて正しいほうが、腕力で強いのよりえらいに決まっているからさ」
と、うみへびは言いました。

八

 家の外で、きみこさんやみつこさんやタケちゃんたちが遊んでいました。

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