初級翻訳・うみぼうずと おひめさま 第1話

うみぼうずと おひめさま

一

 うみぼうずは、正体のわからないおばけです。
まっくろな体をしていて、海のそこに住み、かんしゃくを起しては我がままばかり言っています。
だから、みんなからきらわれていました。
なにか気に入らないことがあると、大あばれします。
海の水を空高くまきあげ、まっ黒な雲を呼び、大きな波を立てて、あたりを大さわぎさせるのです。
魚たちや、海に住む生きものたちは、息をひそめて小さくなっていました。
もしそんなときに、運悪く船が通りかかろうものなら、もう大変です。
「おい、おれさまがいるのがわからないのか!」
うみぼうずは大きな手で、船をひょいと高く持ち上げ、あっという間に海のそこに沈めてしまいます。
けれど、だれもそれを止めることはできません。
「また、乱暴者のうみぼうずがさわぎだしたわ。こまったものですね」
と、竜宮(りゅうぐう)の御殿(ごてん)に住むおひめさまは、美しい眉(まゆ)をハの字におひそめになりました。
大きなクジラまで、
「こいつはかなわん!」
と言って、どこかへにげだしてしまいました。
タイやイカやイワシなどの小さな魚たちは、激しい波にもまれて、目をまわしていました。
「おひめさま、どうぞおたすけください!」
魚たちは、おひめさまの門のところへ集まってきました。
どんなに強い神さまでも手が出せないし、こういう時は、やさしいおひめさまのお力にたよるほかないことを、みんなよく知っていたからです。
「少しの間、待っていなさい」
と、おひめさまはおっしゃいました。
うみぼうずは、所かまわずあばれまわったものだから、だんだんつかれてきました。
そのとき、どこからともなく、すてきな音楽がきこえてきました。

二

「はてな?」
とうみぼうずが頭をあげてあたりを見ると、赤や青のきれいなきものを着た娘たちが、うつくしいおひめさまを囲んで、笛をふいたり太鼓をたたいたり、楽しそうにていねいな手つきでおどっていたのです。
うみぼうずは、さっき自分が大あばれしたところをおひめさまたちに見られたのだと思うと、なんだか急に恥ずかしくなってじっとしていられず、まっ暗な海のそこへかくれてしまいました。
たちまち黒雲が消え、あらしがしずまって、空の色がきれいなうすもも色に晴れ渡りました。
町でも、大人や子どもたちが大よろこびです。
「どうしてあんなにすごい大あらしが起きたんだろうね?」
と、タケちゃんがおばあさんにききました。
「うみぼうずが暴れていたんだよ」
とおばあさんはおっしゃいました。
そこへ、サンちゃんとキミコさんがあそびにやってきました。
「川にかかっている橋のところまで行ってみようよ!」
と、サンちゃんがいいました。
「きっとすごい大水になっているわよ」
と、キミコさんがいいました。

三

 3人が橋のところまでやってくると、ゴロゴロとすごい音を立てて、濁った水が橋の杭(くい)に激しくぶつかっていました。
「すごいな!」
と、サンちゃんは肩をいからせました。
「あんなものが流れてきたよ。いったい何かしら?」
と、キミコさんが遠くを指さしました。
まっ黒で丸いものが、プカプカと浮いたり沈んだりしていました。
「うみぼうずじゃないかしら?」
と、タケちゃんがいいました。
「うみぼうずってなによ?」
と、キミコさんがききました。
「海に住んでいるあばれんぼうさ!」
と、タケちゃんはおばあさんから聞いたお話をみんなに話して聞かせました。
「もう、そんなわけないでしょ! よく見てごらん、何かのアキだるよ」
と、キミコさんは笑いました。
ほかにも、空き俵や、ミカンの皮など、いろんなものが流れてきました。
「そういえば、ぼくが川へすてたおもちゃの馬、どうしているかなあ」
と、タケちゃんがつぶやきました。

四

「きみの馬ってどうしたの?」
と、サンちゃんがききました。
「ぼくがもういらなくなったおもちゃさ」
と、タケちゃんは、小さいころによく遊んで、片方の足が取れてしまったお馬さんを、川に流したんだと話しました。
すると、キミコさんも、
「わたしもね、いつだったか、古いおにんぎょうさんをすてたのよ」
といいました。
「ぼくたちのすてたもの、みんな海へ流れていったろうね」
と、サンちゃんがいいました。
「海へ行ってどうなったのかなあ」
3人は顔を見合わせて考え込みました。

そのころ――。
ここは広くて広い海でした。
そのなかでも、うみぼうずの住んでいる北のほうの海は、青黒く、なんとも不気味でものすごい色をしていたのでした。そこには、ウミヘビやワニザメやシロクマや、しま模様のあるウミウマなどが住んでいました。
そして、これらのけものたちは、うみぼうずの子分になっていました。
ちょうど大あらしのあとの事でした。
「おや、こいつはなんだろう。
へんなものがながれてきたぞ」
と、ウミヘビがかたわらのウマを見つけて、ぐるぐるとおもちゃの周りを泳ぎました。
この声を聞きつけて、ワニザメがどこからかやってきて、ひと口におもちゃをのみ込もうとしました。
「待て待て。
そうがっつくなよ。
見たことのないものだ。
ひとつ大将のお目にかけてやろうじゃないか。
何でも変わったものが好きだからな。
これだって魂さえ入れば、おれたちの仲間にならぬものでもないさ」
と、ウミヘビはのらりくらりしながら、光るお腹を波間に見せていました。
「は、は、は。
このチビにそんな値打ちがあるだろうか」
と、ワニザメが笑いました。
このとき、うみぼうずはひとりで海の底にいて、ちょうど退屈をしていました。
人の困るのを喜ぶ悪い性質ですから、この次はどんないたずらをして、みんなが困るのを見ようかとかんがえていたのです。
それというのも、世の中に自分より強い恐ろしいものがいないからです。
ただ、美しいおひめさまに見られるのが、なにより恥ずかしく恐ろしいのでした。
どうして美しいものには、わからずやのうみぼうずもかなわないのでしょう。
じつに不思議ではありませんか。

四

 うみぼうずは魚やけものたちに、自分を王さまと呼ばせていました。
「王さま、こんなめずらしいものが流れてきました」
と、ウミヘビはおもちゃのウマを持ってきました。
退屈でいねむりをしていたうみぼうずは、目をさまして、小さなウマを手にとりあげました。
「は、は、は。
これはウミウマのかたわらの一分子(子ども)か」
と笑いました。
「いいえ、王さま、これはめずらしいものです。
きっと人間の住む陸(おか)から、波にもまれて流れてきたものです」
と、ウミヘビは言いました。
「なるほど、そうかもしれない。
どれ、魂を入れて、話しをさして見よう」
 うみぼうずは不思議な術をつかって、おウマに物を言わせました。
「おまえはどこのものだ」
「わたしはタケちゃんにかわいがられたおもちゃです」
と、おウマが答えました。
「どうしてそんな不具(かたわ)になった」
とうみぼうずが聞きました。
「ポチがくわえてふりまわしたり、タマがじゃれてひっかいたからです」
とおウマが言いました。
「なぜおまえはおこらないのか」
「犬やねこは、悪いということを知りません」
とおウマが答えました。
「おかしなやつだな。

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