むかし、一人の優しい女の人がいました。
その女の人は、かわいい子どもがほしいと心から願っていました。
けれども、その願いはいっこうにかないませんでした。
心から強く願っても、どうしてもかないませんでした。
日々をすごすうちに、女の人はついにいてもたってもいられなくなって、魔法使いのおばあさんのところへ行きました。
女の人は言いました。
「かわいい子どもがほしいのです。
どうしてもほしいのですが、どうにもならないのです。
どうすれば子どもが出来るのですか。」
すると、魔法使いのおばあさんは答えました。
「ふぉっ、ふぉ。
そんなことはたやすいことよ。
ごらんあれ、ここに一つぶの大麦がある。
これをそんじょそこらの大麦と思いなさんな。
畑にまく麦や、ニワトリに食べさせる麦とは別物じゃ。
特別な大麦だよ。
これをな、植木ばちの中に植えるのじゃ。
すると、何かが起こるはずじゃよ。
ふぉっ、ふぉ。」
それを聞いて女の人は、「その大麦をわたしにください。」とたのみました。
「しかし、これは銀貨十二枚ないとわたせんよ。
それでもよいのかな?」と、魔法使いのおばあさんがたずねると、女の人はこくりとうなずきました。
おばあさんは大麦を女の人の手の中ににぎらせました。
「ありがとうございます。」と、女の人はお礼を言って、魔法使いのおばあさんに銀貨を十二枚わたしました。
女の人は家に急いで帰りました。
帰るなりさっそく植木ばちを出してきて、中に麦を植えました。
女の人はじっと植木ばちを見つめて、何が起こるか待っていました。
「いったいどうなるのかしら。」と女の人が考えていると、おどろいたことに土の中がもぞもぞと動きだしました。
芽が土の中からのびてきたのです。
にょきにょきとのはって、しだいに葉っぱをつけました。
まるでチューリップのようでした。
それからもどんどん育っていって、あっという間に大きなつぼみをつけました。
鮮やかな赤色のつぼみでした。
しかし、つぼみができたととたんに、ぴたりと動きが止まって静かになりました。
ずっとつぼみは閉じられたままでした。
女の人はその後もじっと見つづけていましたが、なかなか花が咲かないのに気づくと、ため息をつきました。
「それにしても、きれいなお花ね。」と、女の人は言って、赤い花のつぼみにキスをしました。
花びらはきらきらと光っていました。
女の人がなんどもなんどもキスをすると、ぱっと花が咲きました。
本当にチューリップが咲いたのです。
でもやっぱり、それは普通のチューリップでした。
女の人がチューリップを見て首をかしげていると、花の真ん中に小さな人がいることに気がつきました。
つやつやした緑色のおしべにかこまれて、とても小さな女の子がかわいらしく座っていたのです。
女の子はおやゆびの半分ほどの大きさしかありませんでした。
あまりにも小さいので、女の子は『おやゆび姫』と呼ばれることになりました。
おやゆび姫は女の人にすてきなゆりかごをもらいました。
きれいにみがかれたクルミのからの上に、スミレの花びらをシーツとして敷き、バラの花びらをしきぶとんにしたきれいなゆりかごです。
夜、お月さんが出ている間はそこで眠って、お日さまが出ている間はテーブルの上で遊んでいました。
テーブルの上には、女の人が用意してくれたお皿が置いてありました。
水がいっぱい入っていて、お皿のふちをお花の輪っかでかざってありました。
お花のくきは、水にひたしてありました。
お皿の中では、おやゆび姫にとって大きなチューリップの花びらがボートがわりです。
白鳥の毛で作ったオールを二本使って、花のボートを上手にこいでいました。
左右にゆらゆらとゆれて、ボートの上から見える景色はとても心地よいものでした。
また、こんなに小さいおやゆび姫にも、得意なことがありました。
この世のだれにも負けないくらい上手に、甘くやさしく歌を歌うのです。
ある夜のことでした。
おやゆび姫がかわいいベッドの上でぐっすり眠っていると、大きなヒキガエルが一ぴき、部屋の中に入ってきました。
みにくく、じめじめしたヒキガエルです。
われた窓ガラスのすきまから、こっそりしのびこんだのです。
ヒキガエルは床の上をピョンピョンはね、テーブルへ向かって飛び上がりました。
着地したところは、バラのふとんで眠っていたおやゆび姫のすぐそばでした。
「かわいい子だわさ。
息子のおよめさんにちょうどいいだわさ。」と、ヒキガエルは言って、おやゆび姫が眠ったままのクルミのからを持ちあげました。
そのままヒキガエルは窓から庭に飛び下りて、家からはなれていきました。
浅い小川の岸に、ぬまになっているところがありました。
そこにヒキガエルはむすこといっしょに住んでいたのです。
むすこガエルは母ガエルよりももっとみにくく、きれいなベッドに眠っているおやゆび姫を見ても、「ゲーコ、ゲーコ、ゲーコ。」と鳴くだけでした。それを聞いた母ガエルは、「そんなに大きな声を出したら、起きてしまうだわさ」と、むすこガエルを注意しました。
「起きてしまったら、この子は白鳥のわた毛みたいに軽いから、うっかりするとふわふわと逃げてしまうんだわさ。
小川の中にハスのはっぱがあっただわさね。
その上に乗せるだわさ。
軽いし小さいから、あの子にとっては小さなお島みたいなものだわさ。
だからもう逃げられないんだわさ。
そうやって動けないようにしておいて、私たちは急いで部屋をこしらえなくちゃだわさ。
あんたたち二人がこれからいっしょに暮らす、特別な部屋をだわさ」
小川の底からは、たくさんのハスが生えていました。
ぶあつい緑のはっぱが水面近くについていたので、まるで水面にポツンと浮かんでいるように見えました。
一番遠くにあるはっぱが、一番大きいはっぱでした。
母ガエルはクルミのからを持って、そこへスイーッと泳いでいきました。
クルミのからの中でおやゆび姫は、まだすやすやと眠ったままでした。
朝早く、おやゆび姫は目をさまして、自分がどこにいるのか気づくと、わんわんとはげしく泣きだしました。
おうちのベッドでねていたはずなのに、気づいたら小川の真ん中に浮かぶ、大きな緑のはっぱの上だったのですから。
どこを見てもまわりは水ばかりで、どうしてこんなところにいるのかさっぱりわかりませんでした。
一方、母ガエルはぬま地の中にいました。
お部屋の中をアシと黄色いスイレンの花でかざるのに、てんてこまいの大いそがしでした。
新しいむすめとなる可愛い女の子のために、お部屋をピカピカにしておきたかったのです。
母ガエルはかざりつけを終えると、みにくいむすこを連れて、はっぱの上にたった一人でいるかわいそうなおやゆび姫のもとへ泳いでいきました。
おやゆび姫のきれいなベッドをあらかじめ持ってきて、新しく花よめに用意したお部屋に置いておくためです。
母ガエルは水の上のおやゆび姫におじぎをして、にっこり言いました。
「こいつが私のむすこだわさ。
あんたのおむこさんになるんだわさ。
この小川のぬま地で、二人でとっても幸せに暮らすんだわさ」
「ゲーコ、ゲーコ、ゲーコ」
むすこガエルはそれしか言いませんでした。
初級翻訳・おやゆび姫 第1話
おやゆび姫
コメント