こう見えてもまだ、貴様たちの台所の土間にお邪魔して、食べ残しを頂戴したことなんて一度だってないんだぞ。あまり大きな口を叩いていると、おい、暗い夜道は気をつけろよ」
それはまるで落雷のような恐ろしい声でした。
さっきから鳴くのをやめて、どんなことになるのかとハラハラしながら聞いていた蝉の哲学者は、辺りが元の静けさに戻るとこう言いました。
「どうもこの喧嘩はわからない。晴れ着は晴れ着でよいではないか。また、単衣は単衣でよいではないか。晴れ着は晴れ着。単衣は単衣。晴れ着がいくら立派でも単衣の役には立たない。単衣もそうだ。晴れ着の場所へは向かない。これは彼を蔑み、彼はこれを憤る。こんなことが、一体あってよいものか」
そして最後につくづく感心した様子で付け加えました。
「『汝自身を知れ』とは、まことに千古の金言だ」
耳を切った兎
山の兎がふもとの村のお祭りにでかけました。
おしゃれな娘兎のことですから、出かけるまでには谷川へ下りて顔を眺めたり、体中の毛を一本一本、きれいに草で撫でつけたりして、半日もかかりました。
「なんてまあ、いい毛だろう」と、それを一番に見つけた猫がうらやましそうに、まず褒めました。
犬も狐も野ネズミも、みんな「ほんとにねえ」と同意しました。
兎はうれしくてたまりませんでした。
すると猫がまた「けれど、どうも耳が長すぎるね」と、つくづく見て批評しました。
それを聞くと、一同は声を揃えて「ほんとに、そう言われてみるとそうだ」と言いました。
兎はハッと思いました。そしてみんなの耳を見ました。それから自分の耳を手で触ってみました。なるほど、長い!
そこで早速、理髪店に行ってその耳を根元からぷつりと切ってもらいました。
表へ出ると、指さされて、会うもの会うものみんな笑うのです。
「おや、耳のない兎だ」
「なんて不格好なんでしょうね」
もうお祭りどころではありません。急いで、泣きながら山へ帰りました。
山へ帰ると、親兄弟はもちろん、友達も驚いてしまいました。そしてかわいそうなことに、この兎は一生の笑われ者となってしまったのです。
運ばれる豚
いつも物置の後の、汚い小屋の中にばかりいた豚が、ある日、荷車に乗せられました。
この豚は夢想家でした。
「なんということだ。天気は上等、この通りの青空だ。こうして自分は荷車に乗せられ、その上、他の獣たちに意地悪されないようにと、用意周到なこの籠まである。さすがは人間だ。少し窮屈は窮屈だが、それも風流でおもしろいな。おや、海が見えるぞ。おや、おや、船だ船だ。なんということだ。子供たちも連れてくるんだったな。どんなに喜ぶだろう。おっ、おっ、電車だ、活動写真の楽隊だ。とうとう町へ来たんだな。えっ、本当にカカアや子供たちも連れてくるんだった。あれ、向こうに見えるのは何だ。王様の御殿かもしれない。自分はあそこへ行くのだろう。きっと王様が自分をお召しになったんだ。お目にかかったら何を第一に言おう。そうだ。自分の主人は欲張りで、ろくなものを自分にも自分の子供たちにも食べさせません。よく王様の御威厳をもって叱って頂きたい。それから次には……」
ガタリと荷車が止まりました。
豚はハッと我に返って見上げました。そこには「県立畜獣屠殺所」という大きな看板が掛かっていました。
虻の一生
カンカンと日の照る炎天下に突っ立って、牛が何か考えごとをしていました。
虻がどこからか飛んできて、ぶんぶんその周りを回って騒いでいました。
あまりにうるさいので、さすがに忍耐強い牛も我慢しきれなくなったようで、
「うるせえ、ちょっと彼方へ行っていてくれ」と言いました。
やんちゃな虻は、そんなことは耳にも入れず、ますますハエなどまで呼び集めて飛び回っていました。
「うるせえったら!」
「え?」
「ちょっとどこかへ行っていてくれよ」
「何で?」
「うるさいから」
「はい、はい」
けれどなかなか、行こうとはしません。
「早く行け」
「行きますよ……」「ですがね、おじさん、ここはあんただけの世界じゃありませんよ」
「それはそうだな」
「それなら、そんなにガミガミ言わなくたっていいでしょう。そうじゃないですか」
牛はだまりこみました。
虻はあいかわらず、ぶんぶんと飛び回っています。そしてひどく相手の腹を立てさせました。
もう一度、それでも牛は「お願いだから、静かにしていてくれないか」と頼みました。
静かになったようでした。
すると今度は虻のやつ、銀色の手槍のような針でチクリ、チクリと場所も構わず、肥え太った牛の体を刺しはじめました。
ついに牛の堪忍袋の緒が切れました。
とはいえ、自慢の強い角を使うまでもない相手です。
ヒュッとひと振り尻尾を振ると、ピチャリと大きな腹の上で、虻はメチャメチャに潰れて死んでしまいました。
虻は生まれてまだ幾日も経っていませんでした。そしてこれが、その短い一生でした。
泥棒
泥棒が監獄を破って逃げ出しました。
月の光を頼りにして、山また山の奥深く、ようやく深い谷間に隠れました。
並大抵の苦労ではありませんでした。
そこで綿のように疲れ果てて、眠りにつきました。草を敷き、石を枕にして、ぐっすりと。
朝になりました。
神様がそれを御覧になりました。
これは、なんと疲れた寝顔だろう。
「おお、わが子よ」と仰せられて、人間たちには知ることのできない、聖く尊い涙をほろりとこぼされました。
それを見ていた早起きのヒタキも、思わずもらい泣きをしてしまいました。
星の国
山の中に古池がありました。
そこに蛙の一族が何不自由なく暮らしておりました。
あるとき木菟(みみずく)が水を飲みに来て、その蛙の一匹に出会いました。
「やあ、久しぶりだね、蛙くん」
「木菟さんか、どこへ行っていたんです?」
「あんまり一つ所にいるのも飽きたんでね、あれからあちこち飛び回ってきたよ」
「へえ」
「何かおもしろい話でもないかい」
「それは俺の方から言いたい言葉ですよ。こうしてここで生まれてここでまた死ぬ俺たちです。ひとつ旅のお土産話でも聞かせてくれませんか」
「とりわけこれといった……どこもみんな同じようなものですがね。……だが、あの星の国へ遊びに行って、宵のうつくしい明星様に持て成されたのだけは、俺の一生一代の光栄さ」
すると、蛙がそれを遮って言いました。
「俺がいくら世間知らずだと言っても、出鱈目はごめんですよ」
「何が出鱈目だい」
「何がって、あんたに水潜りはできまい。星の国はね、この池の水底にあるんですよ」
「えっ」
「それでも嘘じゃないと言うんですか」
すると木菟が言いました。
「蛙くん、きみはまあ何を言っているんだ。星の国は、こうした樹の上の、そのもっと高い高いところにある天空なんだよ」
「そんなら二つあるのかね」
「二つなんてあるもんか。その天空にあるっきりさ」
「そんなことがあってたまるもんか」
「馬鹿だなあ」
「どっちがだよ!」
どっちも自分の意見を譲りません。
そのうちに、どっぷりと日が暮れて、月が出ました。星も出ました。
蛙が口惜しがって言いました。
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