初級翻訳・ちるちる・みちる 第5話

ちるちる・みちる

ただね、私はお先に失礼して、これからお茶でも飲もうとしているんです」

瓜畑のこと
「しっ! そら来た」
今まで、ごろごろとのんきに転がって罪のない世間話をしていた瓜が、一斉にぴたりとその話をやめて、息を殺しました。
みんな、眠ったふりをしていました。
おばあさんは、今日もうれしそうに畑を見回して、甘そうに熟した大きいやつを一つ、包丁でちょん切り、さて、とても大事そうにそれを抱えて帰っていきました。
すると、また話がひそひそとあちこちで始まりました。
彼方で「なかなか暑くなってきたね」
こちらで「ええ。そろそろとお互いの命も先が短くなるばかりさ」
「何っ! 今日も誰か殺られたって?」
どこかで、鼻歌を歌っている者がいます。
そうかと思うと「誰なの、そこでしくしく泣いているのは」
「あんまりくよくよするものでねえだ」
「ふむ。べらぼうめ」
「南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏」

蟹
子蟹が這っているのを見ていた親蟹は、苦い顔をして言いました。
「それはまあ、なんて歩き方なんだい。みっともない」
「どんなに歩くの?」
「まっすぐにさ」
従順な子蟹は教えられたように試みました。
けれど、どうしてもダメでした。
そこで子蟹は言いました。
「歩いてみせておくれよ」
「よし、よし」「こう歩くもんだ」
 親蟹は、お手本を見せるように歩き出しました。
 すると今度は、子蟹が腹を抱えて吹き出しました。
「それじゃあ結局、横歩きじゃないか!」

 蛙

 池のきれいな藻の中に、女蛙が卵を産みました。
 男蛙はそれを見て、「俺の嫁さんが水晶の玉を産んだぞ!」と飛び上がって大喜びしました。
 やがて卵はだんだんと姿を変え、しっぽが生えてきました。おたまじゃくしになったのです。
 男蛙はそれを見ると、気でも狂ったかのように怒り出しました。鯰の子を産んだと勘違いしたのです。
 ついに、どんどん姿が変わって足が生え、しっぽが切れて、小さいけれど立派な蛙になりました。
 男蛙はしみじみとその子を眺めて、「なんだ、どんなに偉い奴が生まれるかと思ったら、結局はただの蛙か」と、ぶつぶつ愚痴をこぼしました。
(「おとぎの世界」募集童謡より)

 風

「なんてけちな風だろう。吹くならもっと吹くらしく吹けばいいんだ。この暑いのに。見てくれよ、この汗を。どうだい、まるで流れるようだ」
 風鈴が寝ぼけたようにチリリンと、その時揺れました。
「本当にねえ。これじゃあ、いい風だなんて言えませんよ。まったく」
 ちらりとそれを聞いて、風はカチンときました。
「この意気地なしどもめ! それなら一昨年の二百十日のように、また一泡吹かせてやろうか」と怒鳴りつけてやろうかと思いましたが、何を言っても相手はたかが知れた人間だと考え直し、黙って大股に、後ろも見ずに広々とした野山の方へ行ってしまいました。

 馬

 焼けつくような暑い日でした。村の酒屋の店前まで来ると、馬方は馬を止めました。
 いつものようにニコニコと店に入り、どっかと腰を下ろして、冷酒の大きな杯をうまそうに傾け始めました。
 一杯、また一杯。これから腹がだぶだぶになるまで飲むのです。そして眠くなると、虹でも吐くようなあくびを一つして、ごろりと横になるのです。すると雷のようなイビキが響きます。
 荷馬車は重い。山のような荷物です。この炎天下にさらされて、行くこともできず、帰ることもできず、むなしく馬は、のんだくれの主人がいつ目を覚ますとも知れぬのを待ちながら、尻尾でアブやハエを追い払い、考えました。
 考えると、しみじみ悲しくなりました。
「なんという一生だろう。こうして朝から晩まで荷馬車を引くために、親は私を産んだわけではあるまい。自分の子がこんな目に遭っているのを見たら、人間ならなんと云うだろう」
 馬はこのまま、消えるように死にたいと思いました。死んで、そしてどこかで、驚いて自分に泣いて詫びる無情な主人を見てやりたいと思いました。
 けれどすぐに思い直しました。
「お互いに、明日の命もわからない、はかない生き物なんだ。何でもできるうちにやるほうがいいし、また、やらせることだ」と。

 蚊

 ある晩、蚊が一匹、蚊帳の中にまぐれ込みました。
 みんなが寝静まると、
「どうだい、これは! 自分はなんて幸福者だろう。今夜はそれこそ思い存分、腹いっぱい旨い生血にありつけるわけだ」
 そして外の仲間に囁きました。
「うらやましいだろう。だが、これは天からの恵みというもので、いくら自分が君たちを入れてあげようとしたところで駄目なんだ」
 そこには可愛らしい肉付きの、むっちり肥えた赤ん坊が母親に抱かれて、すやすやと眠っていました。
 その頬っぺたに蚊が吸い付くと、赤ん坊は目を覚まして泣き出しました。
 すると、パチッ! と手で打つ大きな音がしました。
 ブーンと蚊は、やっと逃げるには逃げましたが、もうこの狭い蚊帳の中が恐ろしくて、恐ろしくてたまらなくなりました。
 その時、電灯の笠にとまっていた黄金虫が預言者のような口調で、こんなことを言いました。
「馬鹿な奴らだ。もう秋風も立ったじゃないか。飢えるも飽くも、それがどうした。運命はみんな一つだ」

 蚤

 一匹の蚤が真っ青になって、畳の敷き合わせのゴミの中へ逃げ込みました。そしてパッタリとそこへ倒れました。
 昼寝をしていた仲間たちはびっくりして、「おい、どうしたんだい」と、その周りに集まりました。
「またか。昼稼ぎになんかに出るからさ。しっかりしろ、しっかりしろ」
 その中で年寄りらしいのが言いました。
「でもまあ、無事でよかった。人間め! もうどれほど俺たちの仲間を殺しやがったか。これを不倶戴天の敵と言わんで、何を言うんだ。この世はおろか、この敵討ちは、生まれ変わってでも打たなきゃならねえ」
 すると他のが言いました。
「生まれ変わるって、何にさ?」
「人間に決まってるじゃねえか」
「そんなら人間は?」
「決まってるじゃねえか、蚤さ」
 その時、女の声がしました。
「ちぇっ、いまいましいったらありゃしない。また逃がしてよ。あんたがぼんやりしているからよ」
 やがて呼吸を吹き返したその蚤は言いました。
「おお、すんでのところだった。小っぽけでも、たった一つの命だ。危ない、危ない」「あぶない」

 蝉は言ふ

 大金持ちの家では虫干しをしていました。大きなお屋敷のどの部屋も荷物でいっぱいになり、それが庭にまで溢れ出して、緑の木々の間には色とりどりの高価な着物がキラキラと輝いていました。
 その中でも特に立派な、総刺繍の晴れ着が、塀の隙間からちらりと、貧乏な隣家の裏に干してある洗いたての着古した単衣(ひとえ)を見て言いました。
「みな様、まあご覧あそばせ、あれを。あれでも着物と申すのでしょうか。あれと私達とは何の関わりもないようなものですが、あれも着物、私達お互いも着物。何となく世間に対して、私は恥ずかしいような気持ちでなりませんのよ」
「何だと!」それを聞かれては、黙っていられません。
「もう一度言ってみろ。そのままにしておかないぞ、この虚栄の塊め! 貧乏がどうしたというんだ。

コメント

タイトルとURLをコピーしました