――長いあいだ汽車の機関手をしていた人が、次のような話をきかせました。
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汽車の機関手をしていますと、面白いことや、あぶないことや、つらいことや、そりゃあもういろんなことがありますが、そのなかでもちょっと変わった話というのは――
そうですねえ……もうずっと昔のことです。
ある山の奥を、夜中に機関車を運転して走っていました。
機関車の前の方にある小さな窓からのぞいてみますと、右手には深くしげった山のふもとが続き、左手には小さな谷川がさらさらと流れていて、二本のレールが青白くまっすぐに伸びています。
その上を、汽車はどんどんスピードを上げて走っていました。
うしろにつながっている客車では、乗っているお客さんたちもたいていうとうとと眠っている頃で、あたりはしーんと静まり返った山の中の夜です。起きているのは私たちだけで、かまどに石炭の火をくべ、レールの上をしっかり見はりながら、汽車をごうごうと走らせていました。
もしここで何かまちがいでも起きたら、何百人もの乗客たちの命に関わります。
ところが、機関車の小窓から前の方に気を配っていた私は、思わず「アッ!」と声をあげました……。
線路わきにぽつりぽつりとついている電燈の光が、遠くの暗闇にまぎれていき、レールの先もよく見わけがつかないようなその向こうに、大きな目玉のようなヘッドライトの光をギラギラと輝かせ、煙突からモクモクと煙をはきながら、まっくろで大きなものがものすごい勢いで走ってくるではありませんか。
汽車です。
向こうから汽車がやってくるのです。
そのあたりは一本の線路しかない「単線」で、道はこの線路のほかにはありません。
両方から汽車が走ってきたら、真正面からぶつかり合ってしまいます。
それを避けるために、ちゃんとした仕組みがあって、駅と駅の間には一つの汽車しか走らないルールになっているのです。
それが一体どうしたまちがいか、たしかに向こうから汽車が走ってきます。
お互いにものすごいスピードで走っているので、あっという間に近づいてきました。
もし衝突でもしたら、どうなるか想像もつきません。
いったい何人の人が亡くなるかわかったものじゃありません。
私はとっさに汽笛をならし、ブレーキに手をかけて、汽車を止めようとしました。
石炭をくべる火夫(かふ)たちもみんなパッと立ち上がりました。
向こうの汽車でも、ピィーッと汽笛をならしています。
全速力で走っている汽車を止めるというのは、簡単なことではありません。
あまり急にブレーキをかけると、脱線してひっくりかえってしまう心配があります。
両方からぶつかり合わないうちに、どうにかして止める――その絶妙なさじ加減がすべてです。
私たちはもう生きた心地もしませんでした。
向こうの汽車は、もう目と鼻の先まで近づいてきました。
まっくろな車体、煙をはきだしている煙突、ぎらぎら光っているヘッドライト……車輪がうなる響きまで聞こえてきます。
ぶつかったら最後です。
そうこうしているうちに、こちらの汽車もしだいにスピードを落としはじめ、大きくガクンとゆれて、完全にピタリと止まりました。
それと同時に、向こうの汽車もピタリと止まりました。
あわや大惨事という、ギリギリのところでした。
両方の汽車は、わずか十七、八メートルしか離れていませんでした。
私はほっと大きく息をつきました。
そのまま、しばらくの間お互いににらみあったままでいましたが、なにしろ線路が一本しかありませんから、このままではお互いに通り抜けることができません。
どちらかがバックしなければならないのです。
私の汽車から、火夫が一人スルスルと下りていきました。
見ると、向こうの汽車からも火夫が一人下りてきます。
お互いに相手のほうへ歩いていきました。
ところが、私は心臓が止まるほどびっくりしました。
さっきまで、目の前わずか十七、八メートルのところで煙をはき、光を放ち、すさまじい音まで立てていた汽車が、姿かたちも跡形もなく消え去ってしまい、こちらのヘッドライトの光に照らされた線路が、ただ白っぽく遠くまでぽっかりと開けているではありませんか。
そしてもっと不思議なことには、その消え失せた汽車から下りてきたはずの火夫だけが、こちらから歩いていく火夫に向かって、まるで何事もなかったかのような足どりでトコトコ歩いてきます。
私も機関車から下りようとしました。
ですがまさにその時、二人の火夫は線路の上でちょうど出くわしていました。
そこで立ち止まり、何か話し込んでいるようです。
すると、こちらの火夫が、いきなり向こうの男になぐりかかりました。
その瞬間、向こうの男の姿がフッと消えてしまい、火夫は自分の足もとに、何か変なものをグッと押さえつけています。
私はたまらず、助手やほかの火夫たちといっしょに機関車から飛び降りて、急いで駆けつけました。
見てみると、火夫は大きな獣を力の限り力いっぱい押さえこんでいました。
それは、年をとった一匹の大きなタヌキでした。
そこでやっとすべてのわけがわかりました。
そのずるいタヌキめ、汽車に化けて、こちらの汽車が進んでくるのと同じように向こうからやってきたのですが、こちらがピタリと止まったので向こうも止まり、それから火夫が下りてきたものだから、自分が汽車に化けていたことをすっかり忘れてしまい、今度は火夫の姿に化けてしまい、そのままつかまってしまったのです。
私たちははじめこそ腹が立ちましたが、だんだんとおかしくなってきて笑ってしまいました。
そして、そのタヌキに言い聞かせてやったのです。
「まったくお前はばかだなあ……。
化けるものに苦労した挙句、汽車になんかに化けるとはいったいどういうことだ」「もしも本当にぶつかっていたら、お前はこなみじんにくだけ散っちまうところだぞ。
これからは、もっと頭のいいものに、危なくないものに化けるんだな」
そして、お弁当の残りの牛肉をひとかけらやって、自由にして逃がしてやったのです。
タヌキは肉をもらうと、何度も頭をぴょこぴょこと下げて、草むらの奥へパタパタと入っていきました。
私たちはその後ろ姿を見送りながら、お腹の底から大笑いして、遅れてしまった時間を取り戻すために、再び汽車を全速力で走らせました。
まったく、なんともおバカなタヌキですねえ。
汽車になんて化けるなんて、よくそんな危なっかしいことができたものです。
無鉄砲にもほどがありますよ。
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