ところで、ハツカネズミの巣になった八幡丸を、どこに据えたらよいでしょう。
「舟だから、池のそばがよかろう。」
ということになりました。
また、仕事が増えました。
池のそばの、木がこんもり繁っている所に、小さな小屋をこしらえるのです。
小さいけれど、風や、雨にも、耐えるような、丈夫なものでなければいけません。
それを、子どもたちは自分で、大人の手を借りずに、作り上げました。
その小屋の中に、そっと、八幡丸を据えました。
ハツカネズミは、広々とした所に出されて、いっそう元気になりました。
「うまくいったなあ。」
子どもたちは、何度も、白いハツカネズミをのぞきに行きました。
ところが、今度は、鳩の巣箱が、三つばかりなくなりました。
また、誰かが、盗んだのでしょうか。
それを聞いて、ご隠居は言いました。
「まあ、いいさ。
あんな箱では、鳩も窮屈だろう。
大きいのをこしらえるのだな。」
だけど、そればかりは、子どもにはできません。
ご隠居が大工さんを頼んでくれて、八幡様のお堂ののきに、細長い大きな巣箱をこしらえました。
鳩は、みんな仲よく、いっしょに、箱から出たり入ったりしています。
「これなら、鳩がいくら増えても、大大丈夫だな。」
子どもたちは、うれしそうに鳩を見上げました。
それでも、あやしいことがまだ続きました。
池のそばの草の上に、度々、どろや、ごみが捨ててあって、そのへんが水にぬれています。
きれいにさらった池ですが、なお底には、いくらか、どろや、ごみが残っていました。
草の上の人は、その、どろや、ごみにちがいありません。
誰かが、池に、いたずらをしているらしいのです。
心配になってきました。
だが、白髪のご隠居は、のんきそうに言いました。
「池が、まだ、すっかりきれいになっていないから、誰かが、池の底を掃除してくれているのだろう。」
「それなら、自分たちでしようや。」
子どもたちは、そう言って、まだ、池の水は冷たいのに、はだかで飛び込んで、底のどろや、ごみをすくい上げました。
池は、すっかりきれいになりました。それまではよかったのですが、ある時、池の大亀がいなくなっているのに、子どもたちは気がつきました。
珍しい亀で、まだ見たことも、聞いたこともないほど大きなものです。
池のぬしみたいな亀です。
それがいなくなったとは大変です。
これには、白髪のご隠居も顔をしかめました。
亀は、誰かに盗まれたのでしょうか。
どこかへ行ったのでしょうか。
子どもたちは、あちこち探し回りました。
池の中はもとより、林の中を見回ったり、やぶの中をかき分けたり、川の中をつついたりしましたが、どこにもいません。
「亀さんよう、亀さんようい。」
いくら呼んでも、何の返事もありません。
さあ、いよいよ心配です。
「どうしよう。」
「どうしよう。」
どうしようって、どうにもしかたがありません。
くやしいやら、悲しいやら、泣き出したいような気持ちです。
今になってみると、あの大亀が、一番大事なものだったようです。
あれがいないとなると、もう、何もかも、いやになってしまいました。
「もう少し待ってみなさい。帰って来るかもしれないよ。」
ご隠居はそう言いましたが、心細そうな様子です。
子どもたちは、なお心細くなりました。
十
八幡様の池の大亀がいなくなって、子どもたちはしおれかえり、白髪のご隠居も気をもんでいますと、ふいに、村はずれにいる太十(たじゅう)が、大きなざるを担いで、ご隠居を訪ねて来ました。
太十は、貧乏な一人者で、その上、なまけ者です。
その太十が、今、ご隠居の前に頭を下げて、何か恐ろしそうに震えながら、一さいのことを話しました。
太十は、ふと、悪い心を起こしたのです。
八幡様にある、ハツカネズミの金網を盗んで、ハツカネズミもいくつか入れて、それを町に売りに行きました。
「大きな金網と、まっ白なハツカネズミです。
安くまけておきます。
買いませんか。」
町の人たちは笑いました。
「そんな物は、いらないよ。」
「大きな金網と、まっ白なハツカネズミですが。」
「いらないよ。」
どこでも断られました。
太十はあちこち歩き回り、しまいにはくたびれて、金網とハツカネズミを、よその軒下に捨ててしまいました。
それでも、太十はあきらめませんでした。
今度は、鳩の巣箱を、鳩が入っているまま盗んで、それを町に売りに行きました。
「立派な巣箱と、美しい鳩です。
安くまけておきます。
買いませんか。」
町の人たちは笑いました。
「そんな物は、いらないよ。」
「立派な巣箱と、美しい鳩ですが。」
「いらないよ。」
どこでも断られました。
太十はあちこち歩き回り、しまいにはくたびれてしまって、巣箱と鳩を、また、よその軒下に捨ててしまいました。
太十も、今度は考えました。
八幡様の池には、いろいろな魚の中に、大きな鯉もいます。
鯉なら売れそうです。
太十は網を持って、鯉を取りに出かけました。
ところが、どうしたものか、いっこう鯉が取れません。
鯉どころか、ふなやはやさえ一匹も取れません。
するうちに、太十は、よいことを聞き込みました。
「町の、ある金持ちの人が、珍しい亀の子をしきりに集めている。」というのです。
八幡様の池には、亀がたくさんいます。
その中でも、珍しい大亀がいます。
亀の子どころか、よそで見られないような大きな亀です。
「あれなら、きっと売れる。」
と、太十はつぶやきました。
その大亀をねらったところ、思いのほかたやすく、捕まえることができました。
それでも、捕まえて見ると、あまり大きい亀で、太十も少し気味が悪いので、二、三日縄で縛って、家に置きました。
それから、とうとう決心をして、ざるに入れて、町に売りに出かけました。
ところが途中、深い川のふちを通りかかると、川の中から声がしました。
「八幡池の大亀さん、どこへ行くかね。」
その声に、ざるの中から答えました。
「町まで、散歩に行くのだよ。」
太十はびっくりしました。
それでもなおやって行きますと、今度は、大きな沼のほとりを通りかかった時、沼の中から声がしました。
「八幡池の大亀さん、どこへ行くかね。」
それに答えて、ざるの中から言いました。
「悪者に連れられて、町まで行くのだよ。」
太十はぞっとしました。
ざるをそこに下ろして、考えてみました。
「これは、とてもいけない、とんでもないことをしたようだ。」
と思うと、ますます恐ろしくなりました。
太十はざるを担いで、もう町へは行かずに、すごすご引き返しました。
沼の所へ来ると、また声がしました。
「八幡池の大亀さん、もう帰るのかね。」
ざるの中から答えました。「引き返したほうが、よさそうだよ。」
川のふちまで来ると、また声がしました。
「八幡池の大亀さん、もう、帰るのかね。」
ざるの中から答えました。
「窮屈なめにあったから、帰って、ゆっくり休むのだよ。」
太十は、もうびっくりするどころか、すっかりおびえてしまって、走って村へ帰りました。
それでも、まだ心が休まりません。
白髪のご隠居にわけを話して、子どもたちにもおわびを言い、これからは悪い心をあらためるぞと、決心したのです。
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