初級翻訳・ふしぎな池 第4話

ふしぎな池

ところで、ハツカネズミの巣になった八幡丸を、どこに据えたらよいでしょう。
「舟だから、池のそばがよかろう。」
ということになりました。
また、仕事が増えました。
池のそばの、木がこんもり繁っている所に、小さな小屋をこしらえるのです。
小さいけれど、風や、雨にも、耐えるような、丈夫なものでなければいけません。
それを、子どもたちは自分で、大人の手を借りずに、作り上げました。
その小屋の中に、そっと、八幡丸を据えました。
ハツカネズミは、広々とした所に出されて、いっそう元気になりました。
「うまくいったなあ。」
 子どもたちは、何度も、白いハツカネズミをのぞきに行きました。
ところが、今度は、鳩の巣箱が、三つばかりなくなりました。
また、誰かが、盗んだのでしょうか。
それを聞いて、ご隠居は言いました。
「まあ、いいさ。
あんな箱では、鳩も窮屈だろう。
大きいのをこしらえるのだな。」
 だけど、そればかりは、子どもにはできません。
ご隠居が大工さんを頼んでくれて、八幡様のお堂ののきに、細長い大きな巣箱をこしらえました。
鳩は、みんな仲よく、いっしょに、箱から出たり入ったりしています。
「これなら、鳩がいくら増えても、大大丈夫だな。」
 子どもたちは、うれしそうに鳩を見上げました。
それでも、あやしいことがまだ続きました。
池のそばの草の上に、度々、どろや、ごみが捨ててあって、そのへんが水にぬれています。
きれいにさらった池ですが、なお底には、いくらか、どろや、ごみが残っていました。
草の上の人は、その、どろや、ごみにちがいありません。
誰かが、池に、いたずらをしているらしいのです。
心配になってきました。
だが、白髪のご隠居は、のんきそうに言いました。
「池が、まだ、すっかりきれいになっていないから、誰かが、池の底を掃除してくれているのだろう。」
「それなら、自分たちでしようや。」
 子どもたちは、そう言って、まだ、池の水は冷たいのに、はだかで飛び込んで、底のどろや、ごみをすくい上げました。
池は、すっかりきれいになりました。それまではよかったのですが、ある時、池の大亀がいなくなっているのに、子どもたちは気がつきました。
珍しい亀で、まだ見たことも、聞いたこともないほど大きなものです。
池のぬしみたいな亀です。
それがいなくなったとは大変です。
これには、白髪のご隠居も顔をしかめました。
亀は、誰かに盗まれたのでしょうか。
どこかへ行ったのでしょうか。
子どもたちは、あちこち探し回りました。
池の中はもとより、林の中を見回ったり、やぶの中をかき分けたり、川の中をつついたりしましたが、どこにもいません。
「亀さんよう、亀さんようい。」
いくら呼んでも、何の返事もありません。
さあ、いよいよ心配です。
「どうしよう。」
「どうしよう。」
どうしようって、どうにもしかたがありません。
くやしいやら、悲しいやら、泣き出したいような気持ちです。
今になってみると、あの大亀が、一番大事なものだったようです。
あれがいないとなると、もう、何もかも、いやになってしまいました。
「もう少し待ってみなさい。帰って来るかもしれないよ。」
ご隠居はそう言いましたが、心細そうな様子です。
子どもたちは、なお心細くなりました。

十
八幡様の池の大亀がいなくなって、子どもたちはしおれかえり、白髪のご隠居も気をもんでいますと、ふいに、村はずれにいる太十(たじゅう)が、大きなざるを担いで、ご隠居を訪ねて来ました。
太十は、貧乏な一人者で、その上、なまけ者です。
その太十が、今、ご隠居の前に頭を下げて、何か恐ろしそうに震えながら、一さいのことを話しました。

太十は、ふと、悪い心を起こしたのです。
八幡様にある、ハツカネズミの金網を盗んで、ハツカネズミもいくつか入れて、それを町に売りに行きました。
「大きな金網と、まっ白なハツカネズミです。
安くまけておきます。
買いませんか。」
町の人たちは笑いました。
「そんな物は、いらないよ。」
「大きな金網と、まっ白なハツカネズミですが。」
「いらないよ。」
どこでも断られました。
太十はあちこち歩き回り、しまいにはくたびれて、金網とハツカネズミを、よその軒下に捨ててしまいました。
それでも、太十はあきらめませんでした。
今度は、鳩の巣箱を、鳩が入っているまま盗んで、それを町に売りに行きました。
「立派な巣箱と、美しい鳩です。
安くまけておきます。
買いませんか。」
町の人たちは笑いました。
「そんな物は、いらないよ。」
「立派な巣箱と、美しい鳩ですが。」
「いらないよ。」
どこでも断られました。
太十はあちこち歩き回り、しまいにはくたびれてしまって、巣箱と鳩を、また、よその軒下に捨ててしまいました。
太十も、今度は考えました。
八幡様の池には、いろいろな魚の中に、大きな鯉もいます。
鯉なら売れそうです。
太十は網を持って、鯉を取りに出かけました。
ところが、どうしたものか、いっこう鯉が取れません。
鯉どころか、ふなやはやさえ一匹も取れません。
するうちに、太十は、よいことを聞き込みました。
「町の、ある金持ちの人が、珍しい亀の子をしきりに集めている。」というのです。
八幡様の池には、亀がたくさんいます。
その中でも、珍しい大亀がいます。
亀の子どころか、よそで見られないような大きな亀です。
「あれなら、きっと売れる。」
と、太十はつぶやきました。
その大亀をねらったところ、思いのほかたやすく、捕まえることができました。
それでも、捕まえて見ると、あまり大きい亀で、太十も少し気味が悪いので、二、三日縄で縛って、家に置きました。
それから、とうとう決心をして、ざるに入れて、町に売りに出かけました。
ところが途中、深い川のふちを通りかかると、川の中から声がしました。
「八幡池の大亀さん、どこへ行くかね。」
その声に、ざるの中から答えました。
「町まで、散歩に行くのだよ。」
太十はびっくりしました。
それでもなおやって行きますと、今度は、大きな沼のほとりを通りかかった時、沼の中から声がしました。
「八幡池の大亀さん、どこへ行くかね。」
それに答えて、ざるの中から言いました。
「悪者に連れられて、町まで行くのだよ。」
太十はぞっとしました。
ざるをそこに下ろして、考えてみました。
「これは、とてもいけない、とんでもないことをしたようだ。」
と思うと、ますます恐ろしくなりました。
太十はざるを担いで、もう町へは行かずに、すごすご引き返しました。
沼の所へ来ると、また声がしました。
「八幡池の大亀さん、もう帰るのかね。」
ざるの中から答えました。「引き返したほうが、よさそうだよ。」

川のふちまで来ると、また声がしました。
「八幡池の大亀さん、もう、帰るのかね。」

ざるの中から答えました。
「窮屈なめにあったから、帰って、ゆっくり休むのだよ。」

太十は、もうびっくりするどころか、すっかりおびえてしまって、走って村へ帰りました。
それでも、まだ心が休まりません。
白髪のご隠居にわけを話して、子どもたちにもおわびを言い、これからは悪い心をあらためるぞと、決心したのです。

コメント

タイトルとURLをコピーしました