初級翻訳・シャボン玉 第1話

シャボン玉

一
 むかし、トルコに、ハボンスという手品師がいました。
 三角の帽子をかぶり、赤や青の服を着て、一人の子どもを連れて、田舎の町々をまわっていました。
 そして町の広場にむしろを敷いて、いろんな手品を見せたのです。
 逆立ちや、棒のぼりや、金輪(かなわ)の妙技や、おかしな踊りなどを、太鼓をたたきながら披露するのです。
 けれども、そうした広場の手品師の生活は、決して楽ではありませんでした。
 見物人が投げ入れてくれるお金はほんのわずかでしたし、そのうえ、晴れた日にしか仕事ができないのです。
 雨が降ったり雪が降ったりする日には、宿屋の部屋の中でぼんやりしていなければなりませんでした。
 ある年の冬、毎日毎日、冷たい雨が降り続きました。
 ハボンスと子どもは、山奥の小さな町に来ていましたが、広場に出て手品をすることもできず、きたない宿屋の部屋に閉じこもっていました。
 そして、早く天気になって、美しい金輪をあやつったり、思いきり踊り狂ったりして、広場に集まる人たちを喜ばせてあげたいものだと、そればかりを願っていました。
 けれども、一向に晴れる気配がないばかりか、軽い風邪気味だった子どもが、だんだんと苦しみだしてきたのです。
 ハボンスは心配で心配でたまりませんでした。
 かわいい子どもに死なれてしまったら、自分は世界にひとりぼっちになってしまい、何の楽しみもなくなってしまいます。
 だから、昼も夜も付きっきりで子どもの看病をしました。
 けれども、子どもの病気はひどくなる一方です。
町でいちばんいいお医者さんにも診てもらいましたが、まったく効き目がありません。
 四、五日たった後、子どもはついに亡くなってしまいました。
 ハボンスはひどく泣き悲しみました。
 一気に十も二十も年をとったように、すっかり老け込んでしまったのです。
 そして、もう自分はどうなっても構わないという気持ちになり、金輪や棒や太鼓といった手品の道具も売り払い、持っていたお金もすべて出し切って、できるだけ立派なお葬式をしてあげました。
 それからハボンスは、宿屋のきたない部屋に引きこもって、ぼんやりと過ごしていました。
 もうこの世に用事もないから自分も死んでしまおうかと考えましたが、どうやって死んだらいいのか分かりませんでしたし、また、亡くなった子どものことを忘れようとも思いましたが、どうしても忘れられませんでした。
 そんなとき、ふと、その山奥に住んでいるという魔法使いのうわさを思い出したのです。
 それはとても有名な魔法使いで、死んだ人を生き返らせることもできれば、生きている人をすぐに死なせることもでき、何でもできないことがないという話でした。
「その魔法使いのところへ行って、死んだ子どもを生き返らせてもらうか、自分を死なせてもらうか、どちらかにしてもらおう」
 そう決心したハボンスは、残ったわずかなお金で食べ物を買い、それを背負って、山奥の魔法使いを探しに、雨の中をひとりで出発しました。

二
 ハボンスはだんだんと山の奥深くへと進んでいきました。
 おなかがすくと背中の包みから食べ物を取り出して食べ、夜は木の下や岩の陰で眠りました。
 どこに魔法使いが住んでいるのか分かりませんでしたが、ただ「山の深いところ」という言葉だけをたよりに、ひたむきに歩き続けました。
 そして、ある日の夕方、大きな森の奥に火の光を見つけて、ハボンスは飛び上がらんばかりに喜びました。
 疲れきっていることもすっかり忘れ、火の光の方へ駆け出しました。
 森の奥にある崖のところに大きな洞穴があり、その中でひとりの老婆が、真っ黒な鍋で何かを煮ていました。
 ハボンスはそのそばまで駆け寄り、地面に手をついて頭を下げました。
 すぐには声も出ませんでした。
 「お前は、こんなところに、何しに来たんだい」
 がーんと響くような声で、老婆がたずねました。
 ハボンスはこわごわ顔を上げ、これまでのいきさつを話しました。
 「そういうわけでございますから、亡くなった子どもを生き返らせてくださいますか、わたくしをこのまま死ばせてくださいますか、どちらかにしてくださいませ。わたくしは手品使いでございますし、あなたは魔法使いでございますから、いわばわたくしはあなたのかわいいお弟子さんのようなものであります。そのご縁を頼りに、どうかこの願いをかなえてくださいませ。この通りにお願いいたします」
 ハボンスは泣き出すような必死の思いで頼みました。
 魔法使いの老婆はそれを黙って聞いていましたが、やがて気の毒そうな顔をして言いました。
 「なるほど、手品と魔法には縁があると言えなくもないから、できることならお前の願いを聞いてあげたいところだねえ。だがそうは言っても、もう土の中に埋められてから長い時間がたっているお前の子供を生き返らせるのは、わたしの力でもどうにもできないんだよ」
 「それでは、わたくしを死なせて下さいませ。あの子がいなければ、わたくしは生きていても何の価値もない身でございますから」
 「まあ、そう短気を起こしたところでどうしようもないさ」「わたしがうまい具合にしてあげるから、明日の朝まで待っていなさい」
 そしてハボンスは、おばあさんに色々と優しく慰められながら、その夜はその洞穴の中に泊まりました。
 翌朝になると、魔法使いのおばあさんはハボンスを呼んで言いました。
「考えてみると、お前の心は本当にかわいそうに思える。
わたしが少し力を貸してあげよう。
ここにムクロジの実と銀の鉢がある。
この鉢の中でムクロジの実の汁をしぼり、それを使ってシャボン玉を吹いて空に飛ばすと、そのシャボン玉が何でもお前の思った通りのものになるのだ。
死んだ子どもに逢いたい時には、心の中でそう思えば、シャボン玉が子どもの姿になる。
ためしにやってごらん」
 そう言って、おばあさんは両手で抱えきれないほど大きなムクロジの実と、小さな銀の鉢を差し出しました。
 ハボンスは大そう喜び、言われた通りにシャボン玉を吹きました。
「わたしの死んだ子どもになれ、子どもになれ」と心の中で唱えると、シャボン玉が子どもの姿になって、にこにこ笑いながら空高く飛んでいきました。
 ハボンスはびっくりしてしまいました。
「子どもばかりじゃない、何でもお前の思った通りのものになるんだよ」とおばあさんは言いました。
 そこでハボンスは、今度は馬にしてみようと思いました。すると全くその通りに、シャボン玉が馬になって飛んでいきました。
「それさえあれば、お前はこれからも生きていけるだろうね」とおばあさんは言いました。
「だけど、こんな魔法はめったに使うものではない。
わたしはただ、お前があまりにかわいそうだから教えてあげたのだ。
その代わり、よく覚えておきなさい。
このムクロジの実がなくなると同時に、お前の体も泡となって消えてしまう。
だから、長く生きていたいなら、大事に使うがよい。
それから、わたしのことは誰にも言ってはならないよ、よいかね」
 ハボンスはまるで生き返ったような気持ちになり、おばあさんのことは誰にも言わないと約束をし、深くお礼を述べると、ムクロジの実と銀の鉢を抱えて帰っていきました。

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