サルはどこかへ出かけていってしまいました。
そして三日たってから、甚兵衛はそっと人形部屋のドアをのぞいてみました。
すると部屋のまんなかに、ぽーんと大きなひょっとこの人形が立っているではありませんか。
甚兵衛はびっくり仰天しましたが、サルの言葉を思い出して、思い切って人形に「手をあげろ!」と言ってみました。
するとどうでしょう、人形は勝手にスッと手をあげました。
今度は「歩け!」と甚兵衛が命じてみました。
すると人形は、自分の足でトコトコと歩きだしました。
それから、「踊れ!」と言えば面白おかしく踊り、「座れ!」と言えばちゃんと言われたとおりにペタリと座り込むなど、人形は甚兵衛の命令通りに部屋の中を縦横無尽に動き回るのです。
これには甚兵衛も、あ然として言葉を失ってしまいました。
そしてぼんやりとその不思議な人形を眺めていると、その背中がむくむくと大きく動きだし、なんと中からひょっこりとサルが飛びだしてきたのです!
「甚兵衛さん、すっかりびっくりしたでしょう?
なアに、正体はわたしがこの中に入っていたのさ。
あの人形は中はすっかり空っぽになっていて、背中のところにわたしの出入り口がついているんだよ。
大蛇をやっつけてくれたお礼に、これからはわたしがこうして人形を中から踊らせてあげるから、あなたはそれで大もうけをするといい。
それに、わたしも暗い山の中より、人間のいる町の方がずっと楽しいから、毎日ごはんを食べさせてくれさえすれば、ずっとあなたのそばにお供して、人形を上手に踊らせてあげるよ」
なるほど、サルが中に入って動かしていたのなら、人形が自分ひとりで踊るように見えたのも完全に納得がいきます。
甚兵衛は手をパチパチと叩いて、おもしろがって大喜びしました。
やがて町のお祭り(祭礼)の時期になると、甚兵衛は町一番の人でにぎわう広場に立派な小屋を建てて、「世界一の人形使い、自分ひとりで踊るふしぎなひょっとこ人形!」という大きな看板をドーンと掲げました。
町の人たちは、「あの、いつも下手くそでバカにされていた甚兵衛が、また大層な看板を出したぞ。一体どんなインチキをする気なのだろう?」と、おもしろ半分、冷やかし半分で小屋の中へぞろぞろと入っていきました。
小屋の正面には、広々とした立派な舞台がしつらえてありました。
しばらくすると甚兵衛がやってきて、例の大きなひょっとこの人形を抱え出し、舞台の真ん中にドンと据えました。そして、自分は小さなムチを手に持って人形のすぐ横に立ち、集まった観客たちに向かって挨拶をしました。
「みなさん! この度、わたしは自分ひとりで人形を自由自在に踊らせる魔法の技を、神様から授かりました。きょうはそれをみなさんにたっぷりとお見せいたします。
ご覧のとおり、この人形には、糸も仕掛けも一切ありません!」
そう言いながら彼は、持っていたムチで人形の体をピシッ、ピシッと二、三度たたいて見せました。
それからムチをピッと上につきあげて、大声で命じました。
「さあ歩け、歩け!」
すると人形は、トコトコと自分で歩きだしました。
「ぐるぐる回れ、回れ!」
すると人形は、その場で勢いよくクルクルと回り出しました。
「おかしな格好で踊れ、踊れ!」
すると人形は、ユーモラスな動きでへんてこりんに踊ってみせました。
「高く飛べ、ピョンと跳ねろ!」
すると人形は、ぴょんぴょんと元気に跳びはねました。
これを見た見物人たちは、もう目玉が飛び出るほどびっくりしてしまいました。
なにしろ、糸も何もない人形がまるで生きているかのように自分ひとりで動き回るなんて、これまでに見たことも聞いたこともなかったからです。
観客はみんな思わず立ちあがり、「やんや、やんや!」と割れんばかりの大喝采を送りました。
中には、「本当になんの仕掛けもないのだろうか?」と疑って、舞台にあがって床を調べたり、人形をひっくり返して細かく検査したりする者もいました。
けれども、もともと舞台には怪しい仕掛けなど一切ありませんし、サルは人形のなかにじっと小さくうずくまっているだけなので、賢い見物人たちにも最後までまったく気づかれることはありませんでした。
こうして世間では、「やっぱり甚兵衛は、あの神様から特別な人形づかいの魔法を授かった本物の名人にちがいない!」と噂されるようになりました。
さあ、その噂はまたたく間に大評判となり、「甚兵衛の人形はまるで生きている人間(生人形)のようだ!」とあちこちでもちきりになり、町の人たちはもちろんのこと、遠くの村々からもたくさんの人が甚兵衛の人形小屋へ見物に押し寄せる大盛況となりました。
三
町の大きなお祭りが無事に終わると、サルは甚兵衛にむかって、「いっそ、日本の中心である『都』へ行ってみようではありませんか!」と持ちかけました。
甚兵衛も、ちょうどまったく同じことを心の中で考えていたところでした。
こんな田舎の小さな町にいつまでもじっとしていては、せっかくの腕ももったいありません。
日本中から人が集まる大きな都へ打って出て、世間の人々をあっと言わせるのも実に楽しみでした。
そこでふたりはさっそく旅のしたくをととのえ、はるばる遠く離れた都へと出かけていきました。
甚兵衛は、都の一番人が集まって賑やかな場所にさっそく小屋を建てて、「世界一の人形使い、自分ひとりで踊るふしぎなひょっとこ人形」という、おなじみの大きな看板を堂々と掲げました。
するとどうでしょう、甚兵衛のすごいうわざは、すでに遠く離れたその都の隅々にまですっかり伝わっていました。そのため、朝から見物人が押し寄せるように詰めかけ、かつてないほどのすさまじい大繁昌となったのでした。甚兵衛はすっかりいい気分になって、毎日ひょっとこの人形を踊らせていました。
ところがとある日のことです。甚兵衛はいつもどおり、「歩け、歩け、……踊れ、踊れ、……飛べ、跳ねろ」などと言って、人形を自由自在に動かしているうちに、つい調子に乗って「鳴け、鳴け!」と口を滑らせてしまったのです。
けれども、当然ながら人形は一言も鳴きませんでした。
さあ、甚兵衛は大弱りです。
でも、一度みんなの前で言ってしまった手前、今さら「やっぱり取り消します」とは言えません。
甚兵衛は今にも泣き出しそうな顔になりながら、人形の中のサルにそっと頼みました。
「サルや、どうか鳴いてくれよ。わたしが困ってしまうからさ」
「しかたないですね、では鳴きましょう」とサルは答えました。
そこで甚兵衛はムチを高く突き上げ、大きな声で言いました。
「さあ、鳴け、鳴け!」
すると人形は、「キイ、キイ、キャッキャッ!」と本物のサルそっくりの声で鳴きました。
見物人たちは、もうびっくり仰天の騒ぎです!
「わあ、人形が鳴いたぞ!」と言う者もいれば、「いや、あれは裏で誰かが鳴き真似をしているんだ!」と言う者もいて、みんな一斉に立ちあがって大騒ぎではやし立てました。
すると甚兵衛は、さらに一きわ大きな声を張り上げて言いました。
「みなさん、たった今の鳴き声は、この人形に宿った精霊の鳴き声でございます!
それではこれから、また別の鳴き声をお聞かせいたしましょう。
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