一郎はいつの間にか雪の中に座り込んでしまっていました。
そして、一段と強く楢夫を抱きしめました。
三、うすあかりの国
けれども、けれども、そんなことはまるで、まったく夢のようでした。
いつの間にか、冷たい針のような雪の粒もなんだかなまぬるくなり、楢夫もそばにいなくなって、一郎はただ一人、ぼんやりとした暗い藪(やぶ)のようなところを歩いていました。
そこは黄色くぼんやりとしていて、夜なのか昼なのか夕方なのかもわかりません。ヨモギのような草が一面に生えていて、あちこちにある黒い藪のようなものは、まるで生き物が息をしているかのように感じられました。
一郎は自分の体を見ました。
いつからそんなふうになっていたのか、体にはねずみ色の布きれが一枚まきついているだけです。おどろいて足を見ると、足は裸足(はだし)になっていて、これまで相当歩いてきたらしく、深い傷がついて血がだらだらと流れていました。
おまけに胸や腹がひどく疲れ切っていて、今にも体が二つに折れてしまいそうに思われました。
一郎は急に怖くなって、大声で泣きました。
けれども、ここは一体どこの国だったのでしょう。
ひっそりとして返事もなく、空さえもなんだかガランとしていて、見れば見るほど奇妙でおそろしい気がするのでした。
そのうえ、急に足が焼けるように痛みだしました。
「楢夫は……」
ふと、一郎は思い出しました。
「楢夫ーーっ!」
一郎は暗い黄色の空に向かって、泣きながら叫びました。
シーンとして、何の返事もありませんでした。
一郎はいてもたってもいられなくなり、足の痛いのも忘れて走り出しました。
すると急に風が吹いて、一郎の体に巻きついていたボロ布がまっすぐに後ろの方へなびきました。一郎は、自分が泣きながら裸足で走り、ボロボロの布を風になびかせているその光景を頭の中で想像し、ますます恐ろしくて悲しくてたまらなくなりました。
「楢夫ーーっ!」
一郎はまた叫びました。
「おにいちゃーん……」
かすかな、本当にかすかな声が、遠い遠いほうから聞こえてきました。
一郎はその方向へ駆け出しました。
そして泣きながら、何度も「楢夫、楢夫っ!」と叫びました。
返事はかすかに聞こえたり、また返事をしたのかどうか聞こえなかったりしました。
一郎の足は、すっかりまっ赤になってしまいました。
そしてもう痛いのかどうかもわからず、流れる血は気味悪く青く光っていました。
一郎は走って、走って、走りました。
そして向こうに、一人の子供が、ちょうど風で消えかかっているろうそくの火のように、光ったり消えたりしながらピカピカと点滅しているのを見ました。
それが、両手で顔を覆って泣いている楢夫でした。
一郎はそばへ駆け寄りました。
そして急に足元がぐらぐらして倒れました。
それから力いっぱい起き上がって、楢夫を抱きしめようとしました。
楢夫の姿は消えたり灯ったりを慌ただしく繰り返していましたが、だんだんその変化もわからないようになっていき、一郎はしっかりと楢夫を抱きしめていました。
「楢夫、ぼくたち、どこへ来てしまったんだろうね。」
一郎はまるで夢の中にいるように泣きながら、楢夫の頭をなでてやりながら言いました。
その声も、自分で発しているのか、誰かの声を夢の中で聞いているのかわからないほどでした。
「死んだんだよ。」
と楢夫は言って、また激しく泣きました。
一郎は楢夫の足を見ました。
やはり裸足で、ひどく傷ついていました。
「泣かなくたっていいんだよ。」
一郎は言いながら、あたりを見回しました。
ずっと向こうにぼんやりとした白い光が見えるだけで、あたりはシーンとして何も聞こえませんでした。
「あすこの明るいところまで行って見よう。
きっとお家があるから。お前、歩けるかい?」
一郎が言いました。
「うん。
おっかさんがそこにいるかなあ。」
「いるとも。
きっといる。
行こう。」
一郎が先頭に立って歩き出しました。空は黄色くぼんやりと暗くて、今にもそこから長い手が出てきそうでした。
足がどうしようもなく痛みました。
「早くあそこまで行こう。
あそこさえ行けばいいんだから。」
一郎は、自分の足があまりにも痛くて、バリバリと白く燃えているような感覚を歯を食いしばってこらえながら言いました。
けれども、楢夫はもう限界のようで、泣きながら地面に倒れ込んでしまいました。
「さあ、兄さんにしっかりつかまるんだよ。
走っていくから。」
一郎は歯を食いしばって痛みをこらえながら、楢夫を肩に背負いました。
そして、向こうに見えるぼんやりとした白い光を目指して、まるで体がちぎれそうなほどの痛みに耐えながら走りました。
それでも、もうどうしようもなくなり、何度も何度も倒れました。
倒れても、また一生懸命に起き上がふと振り返ってみると、歩いてきた方はいつの間にかぼんやりとした灰色の霧のようなものに包まれており、その向こう側を何か薄赤いようなものがヒラヒラと揺れながら、一目散に走っていくのが見えました。
一郎はあまりの恐ろしさに、息も詰まる思いがしました。
それでも痛みをこらえて無理に立ち上がり、再び楢夫を肩に担ぎました。
楢夫はぐったりとして、気を失っているようでした。
一郎は泣きながらその耳元で、
「楢夫、しっかりするんだ、楢夫、兄さんがわからないかい?
楢夫……!」
と一生懸命呼びかけました。
楢夫はかすかに、本当にかすかに目をあけようとしましたが、その目には黒い瞳の色さえ見えませんでした。
一郎はもう出せる限りの力を振り絞り、あたり一面がちらちらと白い火になって燃え盛るように感じながら、楢夫を肩に乗せてさっき目指した方向へ走りました。
足が動いているのかどうかもわからず、体はまるで重い岩に砕かれて青く光る粉になって散っていくような感覚でした。何度も何度も倒れては、また楢夫を抱き起こし、泣きながらしっかりと抱きかかえ、夢の中のようにまた走り出したのです。
それでもいつの間にか、一郎は最初を目指して進んでいた薄明るい場所へとたどり着いていました。
けれども、そこは決して良い場所ではありませんでした。
それどころか、一郎は体中が凍りついたようにその場で立ちすくんでしまいました。
すぐ目の前は谷のようになった窪地(くぼち)でしたが、その中を左から右の方へと、なんとも言いようのない痛々しい姿をした子どもたちが、ぞろぞろと追い立てられるように歩いていました。
ほんの少しの灰色の布切れを体にまとっている子もいれば、小さなマントだけを裸の体に引っかけている子もいました。
痩せこけて青ざめ、目ばかりが大きな子、髪の赤い小さな子、骨ばった小さな膝を曲げるようにして走っていく子。みんな体を前にかがめ、おどおどと何かを恐れ、横を見る暇もなく、ただ深く深くため息をついたり、声を立てずに泣いたりしながら、ぞろぞろと追われるように走っていくのです。
子どもたちはみんな、一郎のように足を傷つけていました。
そして、本当に恐ろしいことに、その子どもたちの間を、顔の真っ赤な、大きな人のかたちをした何者かが歩いていました。
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