私は足元の小さな苔を見つめながら、この怪しい空から落ちてきて、赤い炎に包まれ、悲しく燃えていく人たちの姿をはっきりと心に浮かべました。老人はしばらく私を見ていましたが、また語り続けました。
「沙車の春の終わりには、野原いっぱいに柳の花が光って飛び交います。遠くの氷の山からは、白い、何とも言えず瞳が痛くなるような光が、日光の中を這ってやってきます。それから果樹がちらちらと揺れ、ひばりが空で透き通った歌の波を立てます。童子は早くも六つになられました。ある春の夕方のことです。須利耶さまは、雁から来たお子さまを連れて町を通られました。葡萄色の重い雲の下を、影法師のような蝙蝠(こうもり)がひらひらと飛んで過ぎました。子どもたちが長い棒に紐をつけて、それを追いかけていました。
『雁の童子だ! 雁の童子だ!』
子どもたちは棒を捨てて手をつなぎ合い、大きな輪になって須利耶さま親子を囲みました。須利耶さまは笑っておられました。子どもたちは声を揃えて、いつものようにからかいます。
『雁の子、雁の子、雁童子。空から須利耶におりてきた』
そう言って楽しんでいました。けれども、一人の子どもが冗談半分でこう言ったのです。
『雁の捨て子、雁の捨て子。春になってもまだいるか』
みんなはどっと笑いました。それからどういうわけか、小さな石がひとつ飛んできて、童子の頬を打ちました。須利耶さまは童子をかばって、みんなに言いました。
『お前たちは何をするんだ。この子は何か悪いことをしたか? 冗談でも石を投げるなんていけないぞ』
子どもたちは叫びながらばらばらと走ってきて、童子に謝ったり慰めたりしました。ある子は前掛けのポケットから干した無花果(いちじく)を出してあげようとしました。童子は最初から最後まで、にこにこ笑っておられました。須利耶さまも笑って、みんなを許して童子を連れてその場を離れました。そして、浅黄色の瑪瑙(めのう)のような静かな夕もやの中で言われました。
『よくお前はさっき泣かなかったな』
そのとき童子はお父さまにすがりながら、こう言ったと伝わっています。
『お父さん、わたしの前のおじいさんはね、からだに弾丸を七つ持っていたよ』」
巡礼の老人は私の顔を見ました。私もじっと、老人の潤んだ目を見上げていました。老人はまた語り続けました。
「またある晩のこと、童子は寝付けないでいつまでも床の上でもがいておられました。
『おっかさん、眠れないよう』と仰るものですから、須利耶の奥さまは起きて行って、静かに頭を撫でてあげていました。」童子さまの頭の中はすっかり疲れ切っていて、まるで白い網がぶるぶると震えているようでした。その網の中には、真っ赤な大きな三日月が浮かんだり、ぜんまいの芽のようなものがそこら中に見えたり、さらには四角くて不思議なほど柔らかい白いものがだんだんと広がって、恐ろしいほど大きな箱になっていったりするのです。
お母さまは、童子さまの額がとても熱いので、ひどく心配なさいました。
須利耶さまは写経の途中で手を合わせると立ち上がり、童子さまを立たせて、紅革の帯を結んであげてから外へ連れ出されました。
駅の家々はすでにどこも戸を閉め切っており、一面に広がる星空の下、家々の屋根が黒く並んでいました。
そのとき、童子はふと水の流れる音を聞きつけました。
そして、しばらく考えてからこう尋ねました。
「お父さん、水は夜でも流れるのですか?」
須利耶さまは、砂漠の向こうから昇ってきた大きな青い星を眺めながら答えました。
「水は夜でも流れるよ。水は昼でも夜でも、平らな場所でない限り、いつまでもいつまでも流れるものなんだ」
童子の頭の中は急にすっかり静まり返りました。そして今度は、早くお母さまのところへ帰りたいと思うようになりました。
「お父さん、もう帰ろうよ」と童子さまは須利耶さまの袂を引っ張りました。
お二人が家に入り、お母さまが迎え入れて戸の環をかける間、童子はいつの間にか自分のベッドに入り、着替えもしないままぐっすりと眠ってしまいました。
また、こんなこともありました。
ある日、須利耶さまが童子と食卓を囲んでいたときのことです。
料理の中に、蜜で煮た二匹の鮒(ふな)がありました。
須利耶の奥さまは、一つを須利耶さまの前に、もう一つを童子にお与えになりました。
「食べたくないよ、お母さん」童子が言いました。
「おいしいのよ。どれ、お箸をお貸し」
須利耶の奥さまは童子のお箸をとって、魚を小さくほぐしながら「さあ、お食べなさい、おいしいよ」と勧めました。
童子はお母さまが魚をほぐす間、じっとその横顔を見つめていましたが、急に胸が締め付けられるような、気の毒で悲しくてたまらない気持ちになりました。
童子はくるりと立ち上がると、弾丸のように外へ飛び出していきました。
そして、真っ白な雲でいっぱいの空に向かって、大きな声で泣き出したのです。
「まあ、どうしたのでしょう」とお母さまは驚かれました。
「どうしたんだ、様子を見てこよう」と須利耶さまも心配されました。
ところが、お母さまが戸口に立ってみると、童子はもう泣きやんで笑っていました、とそんなことも語り継がれています。
またある時、須利耶さまが童子を連れて馬市の中を通っていると、一匹の仔馬がお乳を飲んでいるのを見かけました。
黒い粗布を着た馬商人がやってくると、仔馬を引き離して別の馬の列に繋ぎ、黙って連れて行こうとしました。
母親の馬はびっくりして高く鳴きました。それでも仔馬はぐんぐんと連れて行かれます。
角を曲がろうとしたとき、仔馬は急いで後ろ足を片方上げて、お腹にとまったハエを叩きました。
童子は母馬の茶色い瞳をちらっと横目で見ると、急に須利耶さまにすがりついて泣き出しました。
けれども須利耶さまは叱りませんでした。ご自分の袖で童子の頭を包み込むようにしながら馬市を通り過ぎ、河岸の青い草の上に童子を座らせて、杏の実を差し出しながら静かにお尋ねになりました。
「お前はさっき、どうして泣いたんだい?」
「だってお父さん、みんなが仔馬を無理やり連れて行くんだもの」
「馬は仕方ないんだ。もう大きくなったから、これから独りで働くんだよ」
「あの馬は、まだお乳を飲んでいたよ」
「そばに置いておくと、いつまでも甘えてしまうから仕方ないのさ」
「だってお父さん、みんながあのお母さん馬にも子供の馬にも、あとで荷物をいっぱい載せて、ひどい山道を連れて行くんだよ。それから食べ物がなくなったら、殺して食べてしまうんだろう?」
須利耶さまは平気なふりをして、そんな大人びたことを言うものじゃないと仰いましたが、本音では、その天から来た子供のことが少し恐ろしくもあったのです、とまあ、そう言い伝えられています。
須利耶さまは童子が十二歳になったとき、少し離れた町にある塾へ通わせました。
童子のお母さまは一生懸命に機を織って、塾の費用やお小遣いを作っては送っていました。
冬が近づき、天山はすっかり真っ白になり、桑の葉が黄色く枯れてカサカサと落ちるようになったある日のこと、童子が突然帰ってきました。
お母さまは窓からすぐに気がついて外へ飛び出していきました。
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