摂理なる観念は、決してキリスト教に限らず、一般宗教に共通のものでありますが、その解釈を誤ること、我が神学博士のごときものは、いかなる宗教においても実に数多くいるのであります。
今一度、博士の所説を繰り返すならば――私は書き留めておきましたが、読んでみます――「その中の出来事はみな神の摂理である。すべてはすべては御心である。誠に恐れ多い極みである。主の恵みは讃うべきであり、主の御心は測るべからざるかな、すべてこれ摂理である。御恵みである。善である」と、こうです。
これをさらに要約するならば、こうなります。
現象はすべて神の摂理の中にあるがゆえに善なりと。まあ、もっともなようでもありますが、また非常に危ういものであります。
ここでの「善」というものは、神より見たる善であります。
絶対的な善であります。
それをもし私たちから見た善と解釈するとき、初めて先ほどのマットン博士の所説が生じてくるのです。
「現象はみな善である、私が牛を食う、摂理だから善である、私が怒ってマットン博士を殴る、摂理だから善である、なぜならこれは現象であり、摂理の中の出来事であって神の御旨は測るべからざるかな」と、こうなるわけです。
「私が諸君にピストルを向けて、諸君の帰国の旅費をみんな巻き上げる、大変よろしい。私が誰かにおどされて旅費を巻き上げ損ねそうになる、一発撃つ、その人が死ぬ、摂理だから善である」
もっと面白いのは、ここに「ビジテリアン」という一団がいて、動物を食べないと云っている。
「神の摂理であるから善である。しかるに、なぜマットン博士は、東洋風に形容するならば怒髪天を衝いてこれをバッコク(駁撃)するか」
ここに至って畢竟(ひっきょう)、マットン博士の所説は自家撞着(じかどうちゃく)に終わるものであることを示すのです。
この結論は実に名文句であります。
しかしながら、これは不肖私の言葉ではなく、実にシカゴ畜産組合の肉食宣伝のパンフレットの中で今朝お見かけしたものである。
終わりに臨み、勇敢なるマットン博士に深甚なる敬意を寄せます。」
拍手は天幕をひっくり返しそうでありました。
「だいぶ露骨ですね、あまり教育家らしくもないビジテリアンですね」と、陳さんが大笑いしながら申しました。
ところが、その拍手がまだ鳴りやまないうちに、もう異教徒席の中から痩せぎすの神経質らしい人が祭壇に駆け上がりました。
その人は手をぶるぶる震わせ、目も引きつっているように見えました。
それでもコップの水を飲み、少し落ち着いたらしく、一歩進んで演説を始めました。
「マットン博士の神学は、キリスト教神学である。
そして、その摂理の解釈において少しく遺憾の点があったことは、まったく前論士の説く通りである。
しかしながら、ここに集まられたビジテリアン諸氏のうち、約一割の仏教徒がいることを私は知っている。
私もまた実は仏教徒である。
キリスト教国に生まれて仏教を信ずる所以(ゆえん)は、どうしても仏教が深遠だからである。
自分は阿弥陀仏の化身、親鸞僧正によって啓示された本願寺派の信徒である。
すなわち私は一仏教徒として、我が同朋たるビジテリアンの仏教徒諸氏に一言を寄せたい。
この世界は苦である。この世界に行われるものにして、一として苦ならざるものはない。ここはこれみな矛盾である。
みな罪悪である。
我らの心象中、微塵ばかりも善の痕跡を発見することができない。
この世界で行われる我らの善なるものは、畢竟根のない木である。
我らの感じる正義なるものは、結局自分に気持ちがいいというだけの事である。
これはこうでなければいけないとか、これはこうなればよろしいとか、みんなそんなものは何の意味もないのだ。
動物がかわいそうだから食べないなどということは、我々には口が裂けても言えたことではない。
実にそれどころではないのである。
ただ遥かにかの西方の覚者、救済者である阿弥陀仏に帰依して、この矛盾の世界を離るべきである。
その然る後に初めて、菜食主義もよろしいということになるのである。
この事柄は決して議論ではない。我が大教師にして仏の化身たる親鸞僧正が目の前で肉食を行われ、爾来(じらい)我が本願寺は代々これを行っているのである。日本の信者たちのやり方にたとえるなら、まるで一つの壺の水をもう一つの壺に移すように、代々肉食が受け継がれているのです。
次に、仏教の創始者である釈迦牟尼(しゃかむに)を見てみましょう。
お釈迦さまは、悟りへの出家・修行の道を求めようとして、「檀特山(だんどくさん)」という名のお林の中で、六年もの間、大変な精進苦行(がまんの修行)をされました。
ある時は、一日につき米の実を一粒、亜麻の実を一粒だけ食べて過ごされたのです。
けれども、ついにその苦行に何の意味もないことに気づき、山を下りて川で体を洗い、村の女性が差し出してくれたミルクのクリームをいただいて、ついに素晴らしい真理の喜び(法悦)を得られたのでした。
今日のビジテリアン(菜食主義者)の中には、牛乳や卵、チーズ、バターさえも口にしない人たちがいます。
彼らがもし仏教徒であるならば言うまでもなく、たとえ仏教徒でなくとも、大いに参考にすべきことです。
さらに、お釈迦さまは集まってきた大勢の信者たちに対して、決して肉食を禁止しませんでした。
「五種浄肉(ごしゅじょうにく)」と名づけて、あまり残残で残酷な行為によらないで手に入れた動物の肉は、食べることを許されていたのです。
今日のビジテリアンは、実のところ、インドの昔の聖者たちよりも、食べ物のことに関してはかえって厳格です。
けれどこれは結局のところ、バランスを欠いた、いびつな姿(畸形)なのです。食べることだけが厳格であっても、お釈迦さまが定めたほかの教え(律法)には、一つも従っていません。
特にビジテリアンのみなさんは、このことをよく心に刻みなさい。
お釈迦さまは晩年になり、その思想がいよいよ円熟していくにつれて、どうやら完全に菜食主義者というわけではなかったようです。
見てみなさい、お釈迦さまは最後に、鍛冶職人のチェンダという人が差し出した食べ物を受け取りました。
その食べ物は豚肉が中心でした。お釈迦さまは、この豚肉がもとになって、あらかじめ傷んでいた胃腸を、もうどうにも治せないものにしてしまったらしいのです。
そのせいで、ついに八十一歳で「クシナガラ」という場所でお亡くなりになられました(入滅)。
仏教徒の諸君、お釈迦さまを見習いなさい。お釈迦さまの行動を模範としなさい。
お釈迦さまのそっくりさんになりなさい。お釈迦さまのあらゆる徳を、その二万分の一、五万分の一、あるいは二十万分の一という縮小されたサイズでよいから、しっかりと修め学びなさい。
そのようになってからこそ、菜食主義もよいと言えるでしょう。
君たちのようなバランスを欠いた信者たちは、きっと地下にいらっしゃるお釈迦さまも、困惑して迷惑がっておられるに違いありません。
」
拍手は、テントがひっくり返るほどのすさまじいものでした。
私はこのとき、あまりにもあんまりな今の発言のせいで、頭がクラッとめまいを起こしました。
そして、まるで足元がよろよろとしながら壇上に歩み出ていました。
初級翻訳・ビジテリアン大祭 第12話
ビジテリアン大祭
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