かばいながら、一郎はどこからともなく、
「にょらいじゅりゃうぼん だいじゅうろく……」
というような言葉が、かすかな風のように、あるいはすてきな匂いのように、心にふと感じられました。
すると、なんだかまわりがホッと楽になったような気がして、
「にょらいじゅりゃうぼん……」
と、思わず繰り返してつぶやいてみました。
すると、前の方を歩いていた鬼がピタッと立ち止まり、不思議そうに一郎を振り返って見ました。
列も止まりました。
どういうわけか、ムチの音も叫び声もピタッとやみました。
あたりがシーンと静まり返ってしまったのです。
ハッと気がついてみると、その薄暗くて赤い瑪瑙の野原の端っこが、ぼうっと黄金色に輝き、その中を立派な大きな人が、まっすぐにこちらへ歩いてくるのでした。
どういうわけか、みんなはホッとしたような気持ちになりました。
四、光のすあし
その人の足は、まっ白にキラキラと光って見えました。
本当にはやく、本当にまっすぐに、こちらへ歩いてくるのでした。まっ白な足さきが二度ばかり光ると、もうその人は一郎のすぐ近くへ来ていました。
一郎はあまりのまぶしさに、顔をあげることができませんでした。
その人ははだしでした。
まるで貝殻のように白く光る、大きな素足でした。
かかとのあたりの肌はあたたかく輝き、地面にまで垂れているように見えました。
それは本当に、大きくてまっ白な素足だったのです。
けれども、その柔らかな素足は、鋭い鋭い瑪瑙(めのう)のかけらを踏み、燃え盛る赤い火を踏んでも、少しも傷つかず、また焼けることもありませんでした。
地面のトゲさえも、その足の下では折れてしまうことすらなかったのです。
「こわいことはないぞ」
その人は、かすかに、かすかに微笑みながら、みんなに言いました。
その大きな瞳は、青い蓮(はす)の花びらのようにりりしく、みんなを見つめました。
みんなは、どういうわけか自然と、一度に手を合わせました。
「こわいことはない。お前たちの罪は、この世界を包み込む大きな徳の力に比べたら、太陽の光の中にある、あざみのトゲの先の小さな露のようなものなんだ。なんにもこわいことはない」
いつの間にか、みんなはその人のまわりに輪になって集まっていました。
さっきあんなに恐ろしく見えた鬼たちが、今はみんな素直に大きな手を合わせ、首を低く垂れて、子どもたちの後ろに立っていたのです。
その人は、静かにみんなを見回しました。
「みんなひどく傷を受けている。それはお前たちが、自分で自分を傷つけたのだぞ。けれども、それもなんでもない」
その人は、大きなまっ白な手で、楢夫の頭をやさしくなでました。
楢夫も一郎も、その手からほのかに桃の花の匂いがするのを感じました。
すると、みんなの体の傷は、すっかりきれいに治っていたのです。
一人の鬼が、いきなりおいおいと泣き出して、その人の前にひざまづきました。
そして頭を、とがった瑪瑙の地面にすりつけ、その光る足をちょっと手でなでさせていただきました。
その人はまた、かすかに微笑みました。
すると、大きな黄金色の光が円い輪になって、その人の頭のまわりに現れました。
その人は言いました。
「ここは地面が剣でできている。お前たちはそれで足や体を破る、そうお前たちは思っている。けれども、この地面はまるっきり平らなのだ。さあ、ご覧」
その人は少しかがんで、そのまっ白な手で、地面に大きく輪を一つ描きました。
みんなは自分の目をこすりました。
そして、自分の耳を疑いました。
今までの赤い瑪瑙のトゲでできていて、暗い火の舌を吐いていたかなしい地面が、今は、波一つ立たない平らな平らな、まっ青な湖水の面に変わっていたのです。
その湖水はどこまで続くのか、果ての方には孔雀石(くじゃくせき)の色をした何条もの美しい縞模様があり、その上には蜃気楼(しんきろう)のように、けれどそれよりももっとはっきりと、たくさんの立派な木や建物がじっと浮かんでいました。
それらの建物はうんと遠くにあったのですが、見上げるほど高く、青や白に光る屋根を持っていたり、虹のような色の旗が垂れ下がっていたりしていました。
一つの建物から別の建物へと、空中に真珠のように光る欄干(らんかん)のついた橋や廊下がつながり、高い塔にはたくさんの鈴や飾りの網が掛けられ、そのてっぺんの棒はまっすぐに高く空へとそびえ立っていました。
それらの建物はしんとして音もなくそびえ、その影は、実にくっきりと水面に映っていました。
また、たくさんの木が立っていました。
それはもう、まるで宝石の細工としか思えないものでした。
はんの木のような形をしていて、まっ青な葉を持つ木もありました。
柳に似た木で、白金(プラチナ)のような小さな実がなっているものもありました。
みんなその葉がチラチラと光って揺れ、互いにぶつかり合って、耳をすますと聞こえるような繊細で美しい音を立てていました。
それから、空の方からは、いろいろな楽器の音が、さまざまな色の光の粒といっしょに、かすかに降り注いでくるのでした。
もっともっと驚いたことは、そこらじゅうに、あまりにも立派な人たちが一杯にいることでした。
ある人たちは鳥のように空中を飛んでいましたが、その銀色の飾りのひもは、風に乱れることもなくまっすぐに後ろに引かれ、水面にも波一つ立てませんでした。
すべてが、夏の早朝のような、すてきな良い匂いで満たされていました。
その時、一郎はふと、自分たちもまた、そのまっ青で平らな平らな湖水の上に立っていることに気がつきました。
けれども、それは本当に湖水だったのでしょうか?
いいえ、水ではありませんでした。
それは硬く、冷たく、そしてとてもなめらかでした。
それは実のところ、青い宝石の板だったのです。
いや、板というよりは、やっぱり地面でした。
ただ、あまりにもなめらかで光っていたので、まるで湖水のように見えたのです。
一郎はさっきの人を見ました。
その人は、さっきとはまたまるで別人のように立派に見えました。
立派な首飾りをかけ、黄金の輪の光を頭にいただき、かすかに微笑みながらみんなの後ろに立っていました。
そこにいるどの人よりも、ずっと立派でした。
金と紅宝石(ルビー)を組み合わせたような美しい花のお皿を捧げた天人たちが、一郎たちの頭の上を通り過ぎ、大きな碧(みどり)や黄金色の花びらをハラハラと落としていきました。
その花びらは、しずかに、しずかに、空を沈んでいくのでした。
さっきの薄暗い野原でいっしょだった人たちは、いまやみんな、すっかり立派な姿に変わっていました。
一郎は、隣にいる楢夫を見ました。楢夫もまた、黄金色の着物を着て、きらびやかな首飾りをつけていました。
それから一郎が自分の姿を見ると、一郎の足の傷などもすっかり治って、いまやまっ白に光り、その手はまぶしいほどいい香りに包まれていました。
みんなはしばらくの間、ただうれしさの声をあげるばかりでしたが、そのうちに一人の子が言いました。
「ここはまるで最高だなあ。むこうにあるのは、博物館かしら?」
その大きくて光り輝く人が、微笑みながら答えました。
「うむ、博物館もあるぞ。
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