初級翻訳・ガリバー旅行記 第10話

ガリバー旅行記

この国で一番高い木は七フィートぐらいで、その木は国立公園の中にありますが、私が握りこぶしを固めても、すぐ、てっぺんにとどきます。ところで、この国では、学問も古くから非常に発達していますが、ただ、文字の書き方が、実に風変わりなのです。
ヨーロッパ人のように、左から右へ書くのでもなく、アラビア人のように、右から左へ書くのでもなく、中国人のように、上から下へ書くのでもなく、かといって、下から上へ書くのでもありません。
リリパット人は、紙の隅から隅へ、斜めに字を書いていくのです。
リリパットでは、人が死ぬと、頭の方を下にして、逆さまに土に埋めます。
死人は、一万一千月たつと生き返る、そのとき、世界はひっくりかえっているから、逆さまにしておけば、ちゃんと立てる、と彼等は考えているのです。
もっとも、そんな馬鹿なことはないと、学者たちは笑っています。
この国では、盗みよりも詐欺の方が悪いことになっています。
詐欺をすれば死刑です。
盗みは、こちらが馬鹿でなく用心さえしていれば、まず、物を盗まれるということはありません。
ところが、こちらが正直のために、不正直なものに、騙されるのは、これはどうも防ぎようがない、だから、詐欺が一番いけないのだ、と、リリパットの人たちは考えているのです。
それから、忘恩も死刑にされます。
恩に仇をもってむくいるというようなことをする人は、生きる資格がないとされています。
人を官職にえらぶ場合、この国では、才能より徳義の方を重く見ます。
政治というものは、誰にも必要なのだから、普通の才能があればいいとされています。
けれども、徳義のない人は、いくら才能があっても、危険だから、そんな人に政治はまかせられないというのです。
私はこのリリパット国に九ヵ月と十三日間滞在していたのですが、ここで、ひとつ私がその間どんなふうにして暮したか、それをお話ししてみましょう。
私は生まれつき、手先は器用でしたが、どうしてもテーブルが一つ欲しかったので、帝室庭園の一番大きな木を何本か切って、手頃なテーブルと椅子をこしらえました。
それから、二百人の女裁縫師が、私のために、シャツとシーツとテーブル掛を作ってくれました。
それにはできるだけ丈夫な布を使ってくれたのですが、それでも、一番厚いのが紗よりまだ薄いのです。
だから、何枚も重ねて縫い合わせねばなりませんでした。
女裁縫師たちは、私を寝ころばしておいて、寸法をはかりました。
一人が私の首のところに立ち、もう一人は、私の足のところに立ち、そして丈夫な綱を両方から、二人が持ってピンと張ります。
すると、さらにもう一人の裁縫師が、一インチざしの物さしで、この綱の長さをはかっていくのです。
私は自分の古シャツを地面にひろげて見せてやったので、シャツはピッタリ私の身体に合うのが出来上がりました。
私の服をこしらえるには、また三百人の洋服屋が、つきっきりでやってくれました。
今度もその寸法の取り方が、また振っていました。
私がひざまずいていると、地面から首のところへ梯子をかけ、一人がこの梯子にのぼって、私の襟首から地面まで、錘のついた綱をおろす、それがちょうど、上衣の丈になるのでした。
腕と腰の寸法は、私が自分ではかりました。
いよいよ出来上がってみると、それは、寄木細工のように妙な服でした。
食事は、私のために、三百人の料理人がついていました。
彼等はそれぞれ、私の近所に小さな家を建ててもらって、家族もろとも、そこで暮していました。
そして、一人が二皿ずつ、こしらえてくれることになっていました。
私はまず、二十人の給仕人をつまみ上げて、テーブルの上に乗せてやります。
すると、下には百人の給仕が控えていて、肉の皿や葡萄酒や樽詰などを、それぞれ肩にかついで待っています。
私が欲しいという品を、上にいる給仕人がテーブルから綱をおろして、うまく引き上げてくれるのです。
肉の皿は一皿が一口になり、酒一樽が私にはまず一息に飲めます。
ここの羊の肉はあまり上等でないが、牛肉はなかなかなおいしかったのです。
三口ぐらいの大きさの肉はめったにありません。
召使たちは、私が骨もろともポリポリ食べてしまうのを見て、ひどく驚いていました。
それから、鵞鳥や七面鳥も、大がい一口で食べられますが、これはイギリスのよりずっといい味です。
小鳥なんかは、一度に二十羽や三十羽は、ナイフの先ですくいあげて食べるのでした。
ある日、皇帝は私の食事振りを聞かれて、では自分も皇后、皇子、皇女たちといっしょに、私と会食がしてみたいと望まれました。
そこで彼等が来ると、私はみんなテーブルの上の椅子に乗せて、ちょうど私と向き合うように座らせました。
そのまわりには、見張りの兵もついていました。
大蔵大臣のフリムナップもこの席にいっしょに来ていましたが、どういうものか、彼はときどき、私の方を見ては、苦い顔をします。しかし私は、そんなことは気にしないで、ひとつみんなを驚かしてやれと思って、思いきりたくさん食べてやりました。
これはあとで気づいたのですが、大蔵大臣は、かねてから私に反感を持っていたので、この会食のあとで陛下に言ったらしいのです。
「あんなものを陛下が養っておられては、お金がかゝって大へんです。
できるだけ早く、いゝ折を見て、追放なさった方が、国家の利益でございましょう。」
と、こんなことを言ったものとみえます。

私はこの国を去るようになったのですが、それを述べる前に、まず、二ヵ月前から、私をねらっていた陰謀のことを語ります。
私がちょうどブレフスキュ皇帝を訪ねようと、準備しているときのことでした。
ある晩、宮廷の、ある大官がやって来ました。
(この大官が、以前、皇帝の機嫌を損じたとき、私は彼のために大いに骨折ってしまったことがあるのです)彼は車で、こっそり、私の家を訪ねて来たのです。
ぜひ、内証でお話ししたいことがあると言うので、従者たちは遠ざけました。
私は彼を乗せた車をポケットに入れ、召使に命じて戸口をしっかり閉めさせました。
それから、テーブルの上に車を置いて、その側に坐りました。
一通り挨拶をすませてから、相手の顔を見ると、非常に心配そうな顔色をしているのです。
「一たいどうしたのです。
何か変ったことでもあるのですか。」
と私は尋ねました。
「いや、なにしろ、あなたの名誉と生命にかゝわる問題ですから、これはどうか、ゆっくり聞いてください。」
と言って、彼は次のように話しだしました。
「まずお知らせしたいのは、あなたのことで、近頃、秘密の会議が数回ひらかれましたが、陛下が、いよ/\決心されたのは、つい二日前のことです。
御存知のとおり、ボルゴラム提督は、あなたがこの国に到着以来、あなたをひどく憎んでいます。
どうしてそんなに怨むのかは、私にはよくわからないのですが、あなたが、ブレフスキュで大手柄をたてられて以来、彼の提督としての人気が減ったように考え、それからいよ/\憎みだしたのでしょう。
この人と大蔵大臣のフリムナップ、それからまだあります、陸軍大将リムトック、侍従長ラルコン、高等法院長バルマッフ、これらの人々が一しょになって、あなたを罪人にしようとして、弾劾文を書きました。

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