初級翻訳・ガリバー旅行記 第6話

ガリバー旅行記

それでも、私を自由にするには、私にいろんなことを誓わせなければならないのですが、その条件は俺が書くのだ、と、あくまで押しとおしました。
その誓約書を私のところへ持って来たのも、このスカイリッシュ・ボルゴラムでした。
二人の次官と数人の名士をつれてやって来ましたが、誓約書を読みあげると、私に、いちいちその実行を誓え、と言います。
まずはじめに私の国のやり方によって誓い、次にこの国のやり方で誓わされたのですが、それは右の足先を左手で持ち、右手の中指を頭の上に、拇指を右の耳朶におくのでした。
そのときの誓約書というのは、次のようなものです。
「この宇宙の歓喜恐怖にもあたる、リリパット国大皇帝、ゴルバストー・モマレン・エブレイム・ガーディロウ・シェフィン・ムリ・ギュー皇帝、領土は地球の端から端まで五千ブラストラグにわたり、帝王中の帝王として、人の子より背が高く、足は地軸にとどき、頭は天を突き、一度首を振れば草木もなびき、その徳は春、夏、秋、冬に通じる。
ここにこの大皇帝は、この頃、わが神聖なる領土に到着した人間山に対し、次の条項を示し、厳粛に誓わせ、その実行を求めるものである。
第一 人間山は朕の許可状なしに、この国土を離れることはできない。
第二 人間山は朕が特に許した場合でなくては、勝手に首都に入ることはできない。
首都に入るときは、市民は二時間前に、家の中に引っ込んでいるように注意されることになっている。
第三 人間山の歩いてもいい場所は主要国道だけに限られている。
牧場や畠地を歩いたり、そこで寝ころんだりすることは許されない。
第四 人間山が主要国道を歩く際には、朕の良民、馬、車などを踏みつけないよう、よく注意すること。
また良民の承知なしにやたらに人をつまみあげて掌に乗せることはできない。
第五 急用の使が要る際には、毎月一回、その伝令と馬を人間山のポケットに入れて運ぶこと。
また場合によっては、さらにこれを宮廷に送り返さねばならない。
第六 人間山は朕の同盟者となり、ブレフスキュ島の敵を攻め、朕の国をねらう敵艦隊を打ち滅ぼすことに努力しなければならない。
第七 人間山は暇のときには、朕の労役者の手助をして、公園その他帝室用建物の外壁に大きな石を運搬するのを手伝わねばならぬ。
第八 人間山は二ヵ月以内に、海岸を一周して歩き、その距離をはかり、朕の領土の地図を作って出すこと。
第九 これまで述べた条項をよく謹んで守るならば、人間山は毎日、朕の良民千七百二十四人分の食料と飲料を与えられ、自由に朕の近くに侍ることを許され、その他、いろいろ優遇されるであろう。
ベルファボラック皇宮にて
聖代第九十一月十二日」

私は大喜びで満足し、誓いのサインをしました。
ただ、この条項の中には、提督ボルゴラムが悪意で押しつけたものもあり、あまり有り難くないものもありましたが、それはどうも仕方のないことでした。
すぐに私の鎖は解かれました。
私は全く自由の身になったのです。
この儀式には、皇帝もわざわざ出席されました。
私は陛下の足許にひれふして感謝しました。
すると皇帝は私に、「立て」と仰せになり、それから、いろいろと有り難い言葉を賜りました。
国家有用の人物となり、陛下の恩にそむかないようにしてもらいたいというお言葉でした。

4 宮殿見物

鎖を解かれたので、私は、この国の首府ミレンドウを見物させていただけないでしょうか、と皇帝にお願いしました。
皇帝はすぐ承知されました。
ただ、住民や家屋を傷つけないよう、注意せよ、と言われました。
私が首都を訪問することは、前もって、市民に知らされていました。街を囲んでいる城壁は、高さが二フィート半(約七十五センチ)、幅は少くとも十一インチ(約二十八センチ)ありますから、その上を馬車で走っても安全です。城壁には十フィート(約三メートル)おきに、丈夫な塔が築いてあります。

西の大門を、一またぎで越えると、私はそろっと横向きになって、静かに歩きだしました。上衣の裾が、人家の屋根や軒にあたるといけないので、それは脱いで手にかかえ、チョッキ一つになって歩いて行きます。

市民は危険だから外に出ていてはいけない、という命令は前から出ていていたのですが、それでも、まだ街中をうろうろしている人もいます。踏みつぶしでもすると大変ですから、私はとても気をくばって歩きました。屋根の上からも、家々の窓からも、見物人の顔がいっぱいからのぞいています。私もずいぶん旅行はしましたが、こんなに大勢の人が集まっているところは見たことがありません。

市街は正方形の形になっていて、城壁の四辺はそれぞれ五百フィート(約百五十メートル)です。全市を四つに分けている、十文字の大通りの幅は五フィート(約一メートル半)あります。私は小路や横町には入れないので、ただ上から見て歩きました。

街の人口は五十万人。人家は四階建てから六階建てまであり、商店や市場には、なかなかいろんな品物がそろっています。

皇帝の宮殿は、街の中央の、二つの大通りが交差するところにあります。高さ二フィートの壁で囲まれ、他の建物から二十フィート離れています。私は皇帝のお許しを得て、この壁をまたいで越えました。壁と宮殿の間には広い場所がありますから、私はそこであたりをよく見まわすことができました。

外苑は方四十フィート、そのほかに二つの内苑があります。一番奥の庭に御座所があるのです。私はそこへ行ってみたくてたまらなかったのですが、どうもこれは無理でした。なにぶん、広場から広場に通じる大門というのが、たった十八インチ(約四十五センチ)の高さ、幅はわずかに七インチ(約十八センチ)しかないのです。

それに、外苑の建物というのは、みな高さが五フィート以上で、壁は厚さ四インチもあり、丈夫な石でできていますが、それを私がまたいで行ったら、建物が壊れてしまいそうなのです。

ところが、皇帝の方ではしきりに、御殿の美しさを見せてやろうと仰せになります。その日は御殿を見るのはあきらめて帰りましたが、ふと、私はいいことを思いつきました。

翌日、私は市街から百ヤード(約九十メートル)ばかり離れたところの林に行って、一番高そうな木を五、六本、小刀で切り倒しました。それで、高さ三フィートの踏台を二つ、私が乗ってもグラつかないような丈夫な踏台を作りました。

これが出来上がると、私はまた市街見物を皇帝にお願いしました。市民には、また家の中に引っ込んでいるようにお達しが出ます。

そこで、私は二つの踏台をかかえて市街を通って行きました。外苑のほとりに来ると、私は一つの踏台の上に立ち上がり、もう一つの踏台は手に持ちました。そして、手の方の踏台を屋根越しに高く持ち上げ、第一の内苑と第二の内苑の間にある、幅八フィートの空地へそっと下ろしました。

こんなふうにして、私は建物をまたいで、一方の踏台からもう一方の踏台へ乗り移って行くことができました。乗り捨てた方の踏台は、棒の先につけたフギ(鈎)で釣り寄せて、拾い上げるのです。

こういうことを繰り返して、私は一番奥の内庭まで来ました。そこで、私は横向きに寝ころんで、二、三階の窓に顔をあててみました。

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