初級翻訳・ガリバー旅行記 第5話

ガリバー旅行記

皇帝は、特に取り立てて目をかけてやろうとする人たちに、この賞品をやるのです。
まず宮廷の大広間で、候補者たちは、皇帝からいろんな試験をされます。
皇帝が手に一本の棒を構えていると、候補者たちが一人ずつ進んで来ます。
棒の指図にしたがって、人々は、その上を跳び越えたり、潜ったり、前へ行ったり後へ行ったり、そんなことを何度も繰り返すのです。
この芸を一番うまく熱心にやった者に、優等賞として、青色の糸が授けられます。
二等賞は赤糸で、緑が三等賞です。
もらった糸は、みんな腰のまわりに巻いて飾りま す。
ですから、宮廷の大官は大体、この帯をしています。
軍隊の馬も皇室の馬も、毎日、私の前を引きまわされたので、もう私を怖がらなくなり、平気で私の足許までやって来るようになりました。
私が地面に手を差し出すと、乗手が馬を躍らしてヒラリと跳び越えます。
大きな馬に打ち乗って、私の片足を靴ごと跳び越えるのもいます。
これは実に見事なものでした。
ある日、私は非常に面白い余興をして見せて、皇帝にひどく喜ばれました。
まず私は、皇帝に、長さ二フィート、太さ普通の杖ほどの棒を取り寄せていただきたい、と願い出ました。
すると皇帝は、すぐ山林官に命じられたので、翌朝、六人の樵夫が六台の荷車を、それぞれ、八頭の馬に引かせてやって来ました。私は九本の棒を取って、二フィート半の正方形ができるように、地面に打ち込みました。
それから四本の棒を、二本ずつ平行に並べて、地面から二フィートばかりのところで、四隅を結びつけました。
そして今度は、ハンカチを九本の棒にしばりつけ、これを太鼓の皮のように、ピンと張りました。
すると横に渡した四本の棒は、ハンカチより五インチばかり高くなったので、これはちょうど、欄干の代りになりました。
これだけ用意が出来たので、私は皇帝に申し上げました。
「騎兵の馬二十四騎を、この野原の上でひとつ走らせてお目にかけましょう。」
皇帝はこの申し出にすぐ賛成されました。
私は、武装した乗馬兵を馬と一しょに、一人々々つまみ上げて、ハンカチの上に置き、それから指揮官たちも、その上に乗せました。
整列が終ると、彼等は敵味方に分れ、模擬戦をやりはじめました。
矢を射かけるやら、剣を抜いて追っかけっこするやら、進んだり退いたり、こんな見事な訓練は、私もまだ見たことがありません。
横棒が渡してあるので、馬も人も、舞台から落っこちる心配はありません。
皇帝は、これがすっかりお気に召したので、何日も何日もこの余興をやって見せよと仰せになります。
一度などは、御自身でハンカチの上にお上りになって、号令をおかけになりました。
とうとう終いには、厭がる皇后を無理にすかして、椅子のまま私に持ち上げさせました。
私は訓練の有様がよく見えるように、舞台から二ヤードばかりのところに、皇后の椅子を持ち上げたのです。
幸いにも、この余興の間、故障は一つも出なかったのです。
もっとも、たゞ一度だけ、こんなことがありました。
ある隊長の乗っていたあばれ馬が、あがきまわって、蹄でハンカチに穴をあけ、足をすべらし、乗手もろとも転んだのです。
すぐ私は助け起し、片手でその穴をふさぎ、片手で一人ずつ、兵隊をおろしました。
転んだ馬は、左肩の筋をたがえましたが、乗手の方は無事でした。
ハンカチの穴はよく繕いましたが、私はもうあぶないので、こんな危険な余興はしないことにしました。
私が自由の身にしてもらえる二三日前のことでした。
宮廷の人たちを集めて、ハンカチの余興をしているところへ、にわかに一人の使が到着しました。
なんでも、数人の者が馬で、いつか私がつかまった場所を通りかゝると、一つの大きな黒いものが落ちているのを見つけました。
非常に奇妙な形のもので、縁が円くひろがっています。
その広さは、陛下の寝室ぐらいあり、真中のところは、人の背ほど高くなっています。
はじめ、みんなは、これは生きものだろうと思って、何度もそのまわりを歩いてみましたが、草の上にじっとしたきり動かないのです。
そこで、お互に肩を踏台にして、頂上にのぼってみると、上は平べったくなっています。
足で踏んでみると、内側は空っぽだということがわかりました。
そこで、みんなは、これはどうも人間山の物らしいと考えました。
「馬五頭あればそれを運んでまいります。」と使者は皇帝に申し上げました。
私にはすぐ、はゝあ、そうか、とわかりました。
そして、これはいゝ知らせを聞いたと喜びました。
よく考えてみると、ボートを漕いでいるときに、私は紐で帽子をしっかり頭に結びつけていました。
それから、泳いでいるときも、それは絶えず頭にかむっていました。
ところが、難船後はじめて陸にたどりついたときには、なにしろ私はひどく疲れていたので、何かの拍子に、紐が切れて落っこちたのも知らなかったのです。
帽子は海で失くしたものとばかり思っていました。
私は皇帝に、それは帽子というものだということを、よく説明して、どうかさっそくそれを取り寄せてください、とお願いしました。
すると翌日、馬車引がそれをとゞけてくれました。
帽子はかなり、ひどいことをされていました。
縁から一インチ半ばかりのところに、穴を二つあけ、これに鈎が二つ引っかけてあります。
その鈎を長い綱で馬車にくゝり、こんなふうにして一マイル半以上も引きずって来たのです。
たゞ、この国は地面が非常に平なので、帽子の傷もそれほどではなかったのです。
それから二日たつと、皇帝は、首府の軍隊に出動を命じて、また途方もない遊びを思いつかれました。
私にはできるだけ、大股をひろげて、巨人像のように立っていよ、と仰せられます。
それから今度は、将軍(この人は何度も戦場に出たことのある老将軍で、私の恩人でもあります)に命じて、あの股の下を軍隊に行進させてみよ、と仰せになるのでした。
歩兵が二十四列、騎兵が十六列に並び、太鼓を鳴らし、旗をひるがえし、槍を横たえ、歩兵三千、騎兵一千、見事に私の股の下を行進しました。
陛下は各兵士に向って、行進中は私によく礼儀を守ること、背けば死刑にすると申し渡されていました。しかし、それでも若い士官などが、私の股の下を通るとき、ちょっと眼をあげて上を見るのは仕方がありません。
私のズボンは、もうひどく綻びていたので、下から見上げると、さぞ、びっくりしたことでしょう。
私は何回となく皇帝に書面を送って、「自由な身にしてください」とお願いしていましたが、ついに皇帝もこの問題を大臣と相談され、議会の意見もお求めになりました。
議会では誰も反対する者はなかったのですが、たゞ一人、スカイリッシュ・ボルゴラムだけが反対しました。
ボルゴラムは、何か私を怨んでいるらしく、どうしても絶対反対だ、と言い張りました。
しかし、議会は私を自由にすることに決め、ついに皇帝の許可も出ました。
このボルゴラムという男は、この国の海軍提督で、皇帝からもあつく信任されており、海軍のことにかけては、なかなか専門家なのですが、どうも気むずかし屋で、苦虫をつぶしたような顔をしています。
けれども、とうとう、この人もみんなに説きふせられて、承知しました。

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