初級翻訳・ニールスのふしぎな旅 第68話

ニールスのふしぎな旅

舟は水浸しになっていて、いまにも沈みそうではありませんか。
ヤッローは、なんとかしてぼっちゃんに、早く陸に上がるように知らせようとしました。
といって、ぼっちゃんは飛ぶことも泳ぐこともできません。
それにぼっちゃんには、ヤッローの言うことがちっとも分かりません。
こうなっては一時の猶予もならないので、ヤッローは救いを求めて、急いでどこかへ飛んでいきました。
しばらくして、ヤッローが戻ってきました。
見れば、背中にペール・オーラよりもずっと小さいものを乗せています。
もしもそれが喋ったり動いたりしなかったら、オーラはきっとお人形だと思ったでしょう。
ところがそのチビさんは、すぐオーラに、舟底にある細長い竿を取って、アシの島のほうに向かって舟を動かすように言いつけました。
ペール・オーラは言われたとおりにして、ふたりは力を合わせて舟を進めていきました。
まもなくアシに囲まれた小さな島に着くと、オーラは急いで島に上がるように言われました。
そして、オーラが島に足を下ろした途端、舟はすっかり水をかぶって沈んでしまいました。
ペール・オーラはこれを見て、きっとお父さんとお母さんに怒られるだろうと思いました。
そして、もう少しで泣き出しそうになりました。
が、ちょうどそこへ一群の大きな灰色の鳥が飛んできて島に降りましたので、それに気を取られてしまいました。
するとそのチビさんは、オーラをその群れのところへ連れて行って、みんなの名前をオーラに教えてやったり、みんなの言っていることを話してやったりしました。
それがとっても面白いので、オーラはほかのことは何もかも忘れてしまいました。そのあいだに、ヤッローは大いそぎで農家へ飛んでいき、犬のセーサルにぼっちゃんの居場所を知らせました。
セーサルはすぐにヤッローのあとを追いかけ、岸から泥だらけの小さな島へと泳いで渡りました。
そこでは、ぼっちゃんが枯れたアシの山の上にちょこんと座り、たくさんのガンや野ガモたちにかこまれて、うれしそうにキャッキャッと笑いながら遊んでいました。
セーサルは長いことその小島にいましたが、それはただぼっちゃんを見ていたからだけではありません。
生まれてはじめて、セーサルはトーケルン湖の鳥たちと仲良しになれたのです。
そして、鳥たちのあまりの賢さに、ただただ驚くばかりでした。
そのうちに鳥たちは、ヤッローから聞いた「この湖を干上がらせてしまう」という噂は本当なのか、セーサルに尋ねました。
「まだ決定したわけじゃないがね」と、セーサルは答えました。
「明日、最後の話し合いをすることになっているんだ。でも、どうやらその通りになりそうだよ。あんたたちにとっては、本当にお気の毒なことだ。だけど、俺の身になっても、こんなに素晴らしい猟場がなくなってしまうのだから、冗談ごとじゃないよ」
ヤッローが言っていたことが、セーサルの口から出たことでいよいよ本当のことだとわかり、鳥たちは嘆き悲しみました。
この悲しい知らせは次から次へと伝えられ、湖じゅうに知れわたると、いたるところに悲しみの声があふれました。
小さなアシスズメから、気位の高い白鳥にいたるまで、みんなが声を上げて泣きました。
ふだんは仲の悪い野ガモと黒ガモも、この恐ろしい災難を前にして、いっしょになって悲しみました。
やがてセーサルが家に帰ろうとしたとき、ガンの隊長のアッカが言いました。
「わしは通りがかりの渡り鳥だから、わしにとってはどっちでもいいことなんだがね。もしおまえさんが本当に、このトーケルン湖の鳥たちを今のまま守ってやりたいと思うなら、このぼっちゃんの居場所を、すぐにご両親に教えちゃいけないよ」
セーサルは目をまんまるくして、じっとアッカを見つめました。
「きみは、本当にかしこいんだね」と、セーサルは言いました。
「そりゃあ、長いあいだ生きていれば、いろんな目に遭うからね」と、アッカが答えました。「それにしても、自分の子をなくすっていうのは、とってもつらいことなんだよ」
「俺は、きみの忠告に従うことにするよ」と、セーサルは言いました。「そのかわり、ぼっちゃんのことは頼んだよ」
いっぽう、農家の人たちは、ペール・オーラの姿が見えないので大騒ぎして探しはじめました。
納屋から井戸から、地下室までみんなで探しました。おもての道や小道にも出てみました。もしかしたら隣の農場に迷い込んだのではないかと、そこへも行ってみました。
とうとう最後には、トーケルン湖の岸辺まで探しました。しかし、いくら探してもオーラの姿はありません。
犬のセーサルは、家の人たちがぼっちゃんを探し回っていることをちゃんと知っていましたが、居場所を教えてやろうともせず、知らん顔をして寝転んでいました。
その日の遅い時間になって、舟着場でオーラの足あとが見つかりました。そしてみんなは、いつも岸にあったはずの、水浸しの古い小舟がなくなっていることに気がつきました。
これで、なにもかもがはっきりしました。すぐに人びとはオーラを助けるために舟を出しました。
夕方遅くまで湖じゅうをくまなく探しましたが、オーラの姿は影も形もありませんでした。
そのため、あの古い小舟は沈んでしまい、子どもは湖におぼれて死んでしまったと考えるよりほかありませんでした。
日が暮れても、オーラのおかあさんは岸辺を探し回っていました。
ほかの人たちはみんなオーラはおぼれてしまったと思い込んでいましたが、おかあさんだけは、どうしてもそう信じることができなかったのです。
アシやトウシングサのあいだをかき分けて探し、泥だらけの岸辺を歩き回りました。足がどんなに泥に沈もうと、着物がどんなに濡れようと、いまはそんなことにかまってはいられません。
おかあさんの心は絶望のあまり、いまにも張り裂けそうでした。両手をふりしぼりながら、訴えるようにわが子の名前を大きな声で呼び続けました。
あたりには、白鳥やカモやタイシャクシギの鳴き声が響いていました。
おかあさんには、なんだかこの鳥たちも、悲しげに鳴きながら自分についてきているような気がしました。
「ああして悲しそうに鳴いているのを見ると、この鳥たちにもきっと何か心配事があるに違いないわ」」と、おかあさんは思いました。
けれども、すぐまた、「いいえ、鳥ですもの、ああして鳴いていたって、きっとなんの悲しみもないのだわ」と、思いかえしました。
ところが、ふしぎなことには、お日さまが沈んでからも、鳥の鳴き声はいっこうにしずまりませんでした。
それどころか、湖じゅうに住んでいる、それこそ数えきれないほどたくさんの鳥が、いっせいに悲しい鳴き声をあげているではありませんか。
中には、おかあさんのあとを、どこまでもどこまでも、ついてくるものもありますし、また軽く羽ばたきながら、飛び立っていくものもあります。
しかも、どの鳥もどの鳥も、なげき悲しんでいるのです。
悲しみに悲しんだあげく、おかあさんの心はいくらかおちついてきました。
すると、ほかの生き物も、人間と、たいしてかわらないような気がしてきました。
そう思えば、鳥たちの悲しんでいるようすが、まえよりも、ずっとよくわかるような気がします。

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