初級翻訳・ニールスのふしぎな旅 第67話

ニールスのふしぎな旅

その小人が、いまにも見つかっては大変だとハラハラして、体中をこわばらせていたのです。

そこへ、ガンの一群が飛んできました。それを見たヤッローは、はっと我に返り、「危ない!」と大声で仲間に注意を促しました。ところがガンたちは、それでもこの小島の上を何度も何度も行ったり来たりするのです。ガンたちは弾の届かないほど高い空を飛んでいましたが、男はつい撃ってみたくなり、思わず「ダン、ダン」と二発、鉄砲を放ってしまいました。

その瞬間、あの小さな人影が小島に飛び上がりました。そして、小さなナイフを鞘から引き抜くが早いか、素早くヤッローの輪なわを切り離したのです。
「さあ、飛ぶんだヤッロー! 男が弾を詰め替えないうちに!」
そう叫ぶと、小人はモグリドリの巣に飛び乗り、急いで岸を離れました。男はガンにばかり気を取られていたので、ヤッローが逃げたことには全く気づきませんでした。

しかし、セーサルはしっかり見ていました。ヤッローが翼を広げた途端、セーサルは飛びかかって、その首をくわえました。ヤッローは、あわれな叫び声をあげました。
すると、ヤッローを助けてくれたチビスケが、落ち着き払ってセーサルに言いました。
「おまえの心が、おまえの姿と同じように立派だったら、こんなおとなしい鳥に、おとりのような卑しい仕事をさせるはずがないだろう!」

セーサルはこれを聞くと、憎々しげに上唇をめくって牙を見せました。しかし、すぐにヤッローを離してやりました。そして、
「飛んでいけよ、ヤッロー!」と、セーサルは言いました。
「まったく、おまえは人が良すぎて、おとりにはなれない。俺がおまえを引き止めていたのは、そんな理由じゃないんだ。おまえがいなくなると、家の中が寂しくなっちまうからなのさ」

湖を干す

四月二十日 水曜日

ヤッローがいなくなってからは、家の中が本当に寂しくなりました。犬とネコはもうヤッローを巡って喧嘩をすることもなくなったので、毎日退屈で仕方ありませんでした。おかみさんにとっても、これまで家に入るたびに喜んで鳴き叫んでいたヤッローの声が聞けなくなったのは寂しいことでした。

けれども、ヤッローを一番恋しがったのは、ぼっちゃんのペール・オーラでした。オーラはようやく三つになったばかりの、この家のひとりっ子でした。オーラはこれまでに、ヤッローのような楽しい遊び相手を持ったことはありませんでした。ですから、ヤッローがトーケルン湖の野ガモたちのところへ帰ってしまったと聞かされても、どうしても諦めることができませんでした。それどころか、どうすればヤッローを連れ戻せるだろうかと、そればかりを考えていました。

ペール・オーラは、ヤッローが籠の中にいたとき、何度も話しかけていました。そしてこの子は、自分が言ったことがヤッローに通じていると信じ込んでいたのです。それで、ヤッローを探し出して、家へ戻るように言い聞かせたいから、一緒に湖へ連れて行ってほしいと、何度も何度もおかあさんにせがみました。もちろん願いを聞いてもらえるはずもありませんでしたが、それでもなかなか諦めようとはしませんでした。

ヤッローがいなくなった翌日のこと、ペール・オーラは中庭を駆け回って、いつものように一人で遊んでいました。セーサルは段々の上に寝そべっていました。おかあさんはオーラを外に出すとき、いつもこう言っていました。
「セーサルや、オーラに気をつけておくれよ!」

何事も普段通りであれば、セーサルもこの言い付けをよく守って、子どもを危ないところに近づけるようなことはしなかったでしょう。ところが、近頃のセーサルはいつもの様子とは違っていました。それは、トーケルン湖の近くに住む農民たちが湖を干す相談を何度も重ねており、いよいよそれが決まりかけていることを知っていたからです。そうなれば、野ガモたちは立ち退かなければなりませんし、セーサル自身もあの素晴らしい狩りができなくなってしまうでしょう。

そんな嫌なことばかり考えていたので、セーサルは子どもの見守りをつい忘れてしまっていたのです。一方、オーラは中庭に自分一人きりだと気づくと、いまこそトーケルン湖に行ってヤッローと話をする絶好の機会だと思ったのでしょう。小門を開けると、狭い道を湖の方へ向かって降りていきました。家から見える間はゆっくり歩いていましたが、姿が見えなくなると、たちまち足を速めました。オーラは、お母さんか誰かに呼び止められやしないかと、びくびくしていました。
別にいたずらをするつもりはなく、ただヤッローを連れ戻したいだけなのですが、家の人に知れたら、きっと止められるだろうと思っていたのです。
ペール・オーラは岸辺に着いたとき、「ヤッロー、ヤッロー」と、何度も何度も呼んでみました。
それから、長いあいだ立って待っていました。
けれども、ヤッローは姿を見せませんでした。
野ガモらしい鳥はいく羽もいましたが、みんな、オーラのほうなどは見向きもしないで、飛んでいってしまいました。
それで、オーラにも、その中にはヤッローはいないのだということが分かりました。
いつまでたってもヤッローの姿が見えないので、湖の上に出たら、もっと簡単に会えるだろうと思いつきました。
見れば、岸辺にはいい舟がいくつもあります。
どれもこれもしっかりと繋いでありましたが、ただ一つ、古い、水の漏る小舟だけは、すぐに解けそうでした。
しかし、それはとても使い物にはなりません。
けれども、オーラはそんなことにはおかまいなく、やっとのことで、水浸しの舟の中に入り込みました。
そして、まだ櫂(かい)で漕ぐだけの力がありませんので、座り込んで舟を揺すぶり始めました。
もちろん、揺すったくらいでは、大人だって舟を出すことはできないでしょう。
ところが、水かさが増していたりして、ひょっとしたはずみには、小さな子どもでも舟を湖に乗り出すことができるものです。
ペール・オーラも、まもなくトーケルン湖に乗り出して、大好きなヤッローの名前をしきりに呼び回りました。
こうして、この古ぼけた小舟が湖の上で揺られているうちに、小舟のあちこちにある裂け目がだんだん大きくなって、水がますます染み込んできました。
ところが、ペール・オーラは平気なものです。
前のほうの小さな舟板に腰かけて、鳥の姿を見るたびに「ヤッロー、ヤッロー」と呼びました。
そして、どうしてヤッローが姿を見せないのかと、不思議がっていました。
とうとう、ヤッローはペール・オーラの姿を見つけました。
と同時に、誰かが人間がつけてくれたヤッローという自分の名前を呼んでいるのを耳にしました。
そこで初めて、この小さなぼっちゃんが、トーケルン湖までわざわざ自分を探しに来てくれたのだということが分かりました。
ヤッローは、人間が自分を本当にかわいがってくれているということを知って、なんとも言えないほど幸せな気持ちになりました。
そこで、すぐさまペール・オーラのところへ矢のように飛んでいきました。
そしてぼっちゃんの隣に座って、嬉しそうに体をこすりつけました。
ふたりは巡り会えた喜びに夢中になっていましたが、突然、ヤッローは舟のありさまに気がつきました。

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