初級翻訳・ビジテリアン大祭 第14話

ビジテリアン大祭

ほかの宗教(異教)の諸君は、この考え方をあまりにも真剣すぎて恐ろしいと感じるかもしれません。
しかし、この世界は、恐ろしいほどに真剣にできている世界なのです。
私は、ただこれだけのことをみなさんに伝えたかったのです。
」
私は会釈をして演壇から降りました。会場からは、なかなかの大きな拍手が起こりました。
ほかの宗教の席に座っている神学の博士たちも、これ以上はもう議論したいようには見えませんでした。
けれども、異教徒の席にいる人たちがみんな神学博士というわけではありませんでした。
ちょうど生物学者のエルンスト・ヘッケルのような見た目で、眉間に大きな傷あとがある人が、突然パッと椅子から立ち上がりました。
私は、今朝もらったパンフレットのことを思い出し、きっとあの人は動物学者にちがいないと考えました。
その人はまるで顔を真っ赤にしながら、せかせかとあわただしく祭壇のステージに登っていきました。
私たちは寛大な気持ちで拍手を送りました。
その人は、ブルブルとふるえる手でコップに水をついで飲みました。
コップの外へも、水が少しこぼれてしまいました。
そのふるえ方があまりにもひどかったので、私はちょっと神経の病気ではないかと疑ってしまうほどでした。
ところが、水を飲み終えると、その人は急にピタッと落ち着きました。
それから、とても静かに何かを言いそうに口を動かしましたが、言葉となかなか出てきませんでした。
会場のみんなは、シーンと静まりかえりました。
その人は、突然ドカンと爆発するかのように大声で叫びました。
そして、二度三度と言葉につまりながら言いました。
「な、な、何が故に、何が故に、きみたちは、ど、ど、動物を食わないと言いながら、ひ、ひ、ひ、羊、羊の毛のシャッポ(帽子)をかぶるのか!」
その人は興奮のあまりガタガタとふるえ、それからやけくそになってまた水を飲みました。
さあ大変です。
テントの中は、破れんばかりの大爆笑に包まれました。
陳さんももう手を叩きながら、床をころげまわるようにして言いました。
「まるでジョン・ヒルガードそっくりだね!」
「ジョン・ヒルガードって何ですか?」私はたずねました。
「喜劇の役者ですよ。ニューヨーク座のね。もっとも、ヒルガードにはあんな眉間の傷あとありませんけどね」
「なるほど」
そのあとは、異教徒の席も、ほかの宗派の席も、すっかりシーンと静まりかえってしまい、誰も演壇に立つ人はいなくなりました。
お祭りの副責任者(祭司次長)が、しばらく会場の様子を見まわし、今のざわめきが静まってから、落ち着いた様子で異教徒の席の方へ歩いていきました。
ほかに壇上に立ちたい人はいませんか、と声をかけに行ったようでしたが、誰もがシーンとして返事をする人がいなかったので、次長は軽くおじぎをして引き下がりました。
「すっかり参ってしまったようですね」
陳さんが私に言いました。
私も、じつに嬉しかったのです。
あんなにあちこちで頑強(がんきょう)に見えていたシカゴ軍が、あまりにもあっけなく粉々に打ち砕かれたからです。
こんなふうに言うのはなんだか野球の試合のようですが、本当にまさにそんな感じでした。
そこで、電鈴(ベルの音)がずいぶん長く鳴り響きました。
その透き通るような音を聴きながら、私の興奮していた心は、もう一度あの透明なニュウファウンドランドの九月のような、すんだ気分へと戻っていきました。
まわりのみんなも、きっと同じような気持ちだったようです。
陳さんは、
「私は、もう一発かましてきますからね!」
と言いながら、すっと立ちあがって外へ出て行きました。
まさにその時でした。神学博士がまたしょんぼりと壇に立ちました。
そして、さびしそうにおじぎをして言いました。
「みなさん、今日私は、神さまの考えがますます大きくて深いものであることを知りました。
はじめ私は、何でも食べるキリスト教徒としてこの会場にやって来ましたが、今や神さまは私に、心から敬うビジテリアン(菜食主義者)の信者になりなさいとお命じになりました。
どうか先輩のみなさん、私のような愚かな者を、清らかなみなさんの集まりの中に、仲間として迎え入れてください!」
そして博士はステージを下り、頭を下げてその場に立ちました。
祭司の次長がすぐに歩み寄って握手をしました。
会場のみんなは歓声をあげ、熱心に拍手をしてこの新しい仲間を迎えました。
すると、これまで反対していた異教徒たちの席は、もうめちゃめちゃになりました。
みんなが真っ黒な影のように一斉に立ち上がり、一斉にステージに駆け上がって、
「私たちも心を入れ替えます!
どうか許してください!
私たちもみんな、ビジテリアンになります!」
と声をそろえて言ったのです。
祭司次長がすぐに進み出て、一人ひとりと握手をしました。
そして一人ずつステージを下りて、こちらの椅子に座っていきました。
会場は歓声と拍手でいっぱいになりました。
不思議なことに、椅子の数もぴったり丁度いい具合に用意されていました。
何だか何もかもが、あまりにもできすぎているくらいにうまくいっていました。
その時、外では「どーん!」とまた一発、陳さんの打ち上げたのろしが上がりました。
その陳さんがもう会場に入ってきて、私に軽く会釈をしながら、まだ立ったまま前の方を見て言いました。
「おやおや、みんなすっかり改宗しちゃいましたね。あまりにもあっけないなあ。おや、椅子も丁度いい具合にあいているぞ。……はてな、さっきのヒルガードに似た人だけは、まだがんばって座っているぞ」
なるほど、さっき最後にがんばっていた喜劇役者にそっくりな人は、たった一人だけ異教徒の席にぽつんと座り、腕を組んだり髪をかきむしったりして、いかにも大げさに悩んでいる様子だったので、みんなはとうとうこらえきれず、ひどく大笑いしました。
「あの男の悩みは、いったい何なのだろうね」
陳さんが言いました。
ところが、とうとうその人も立ち上がりました。
そしてステージにのぼりました。
「みなさん、私はまちがっていました。
私は迷っていたのです。
私は今日からビジテリアンになります。
いや、私は前からずっとビジテリアンだったような気がします。
どうもさっき、まちがえて異教徒の席に座ってしまい、そのせいであんな反対の演説をしてしまったようなのです。
みなさん、どうか許してください。
そして私は思うのですが、本日あの異教徒の席に座っていた人たちはみんな、私と同じように席をちがえて座ってしまったのだと思います。
どうもそうらしいのです。
その証拠には、今はみんな信者の席に座っているではありませんか。
どうです、もと異教徒だったみなさん、そうでしょう?」
私が驚いたことに、神学博士をはじめとするみんなが、一斉に立ち上がって、
「そのとおりです!」
と答えたのです。
「そうでしょうとも! そう考えてみると、私はやっぱり自分の本当の心に帰らなければなりません。
みなさんもご存知かもしれませんが、私はニューヨーク座のヒルガードです。
今日は、このお祭りをさらに盛り上げるために、祭司次長から頼まれて一芝居打たせてもらったのです。

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