初級翻訳・リップ・ヴァン・ウィンクル 第4話

アーヴィング ワシントン

二人が進んでいたけわしい道は、まさにその音のする方へ続いていました。

リップは一度足を止めましたが、これは高い山の上ではときどきある、一時的な夕立ちの音だろうと思い直し、また歩き出しました。

谷間を通り抜けると、きり立った崖(がけ)にかこまれた、まるで小さな円形の劇場のようなくぼ地に出ました。

崖のふちには木々が生い茂って枝をさしのべていたため、すきまから青空と、明るく光る夕やけ雲がちらっと見えるだけでした。

ここまで、リップとその案内人は一言もしゃべらず、一生懸命に登ってきました。

こんな人っ子一人いない山のなかに、いったい何のために酒樽をはこんでいるのか、リップにはすごく不思議でなりませんでした。

けれど、この見知らぬ男にはなんだか変な、得体の知れない雰囲気があって、怖くてとても親しげに話しかけることはできませんでした。

その円形劇場のような場所に入ると、さらにびっくりするような光景があらわれました。

真ん中の平らな場所で、一団の奇妙な格好をした人たちが、ナインピンズ(ボウリングに似た昔の遊び)をして遊んでいたのです。

彼らは変わった、見たこともない外国風の服装をしていました。

短い上衣を着ている者もいれば、胴着を着ている者もいて、みんな帯に短剣をさしていました。

そして、そのほとんどが、あの案内人とおなじような、ぶかぶかの半ズボンをはいていました。

顔つきもみんな変わっていました。

長いあごひげを生やし、四角い顔で、ブタのように小さな目をしている者もいれば、鼻ばかりがやたらと目立つ顔をしていて、白いすり鉢のような帽子の上に、小さな赤い鳥の羽をかざしている者もいました。

みんなそれぞれにあごひげを生やしていましたが、その形も色もバラバラでした。

その中に一人だけ、リーダーらしき人物がいました。

その男はがっちりしたおじいさんで、雨風にさらされてきたような強そうな顔をしていました。

レースのついた上衣を着て、太い帯に短剣をさし、羽飾りのついた山高帽をかぶり、赤い靴下をはいていました。

そして、かかとの高い靴には、きれいなバラの花の飾りがついていました。

この人たちを見て、リップは村の牧師であるドミニー・ヴァン・シャイクの客間にある、古いフランダース地方の絵のなかの人物を思い出しました。

その絵は、むかし移住の時代にオランダから持ってきたものだったのです。

とりわけリップにとって不思議だったのは、この人たちはあきらかに遊びに夢中になっているのに、ものすごくしかめっ面をしていて、驚くほど黙りこくっており、今までに見たこともないような、なんだか暗い雰囲気の遊び仲間だったということです。

この静けさを破るのは、ナインピンズのボールがぶつかる音だけで、ボールが転がるたびに、その音はまるで雷のように山々を伝ってゴロゴロと響きわたりました。

リップと案内人が近づいていくと、彼らは急に遊びをやめ、まるで動かない石像のような目で、じっと見つめてきました。

その変ちくりんで、気味が悪く、生気のない顔でにらまれたので、リップの心はすっかりおびえ、ひざがガクガクとふるえました。

そのとき、リップの案内人は樽の中身をいくつかの大きな酒瓶に移し替え、リップに合図して、みんなにお酒を配るように命令しました。

リップは怖さでふるえながらも、言われた通りにせっせと給仕をしました。

集まった人たちは一言もしゃべらずにお酒をぐいぐいと飲み干すと、すぐにまた遊びを再開しました。

しばらく見ているうちに、リップの恐怖や不安もだんだんとおさまってきました。

だれも自分を見ていないすきを見計らって、彼は思いきってその飲みものを一口味わってみることにしました。

すると、その味はまるで上等なオランダのお酒そのもののようでした。

リップはもともとお酒が大好きだったので、すぐにまた一杯飲みたくなりました。

一口飲むとまた一口と欲しくなり、何度も何度も酒瓶に手を伸ばしているうちに、ついに正気を失ってしまいました。

目がグルグルとまわり、だんだん頭が下がっていき、彼はそのままぐっすりと眠りこんでしまったのです。

パッと目を覚ますと、彼はあの緑の丘のうえにいました。

はじめてあの老人と出会った、あの谷間です。

彼は目をこすりました。

そこは、うららかな太陽がパーッと照り輝く、気持ちの良い朝でした。

小鳥たちは茂みのなかでピョンピョンと跳ねながら楽しそうにさえずっています。

一羽のワシが空高く大きな輪をえがきながら、汚れのない山のそよ風を胸にうけて気持ちよさそうに舞っていました。

「まさか……」とリップは思いました。

「おれはまさか、こんなところで一晩中ねむっていたんじゃないだろうな」

彼は、眠ってしまうまでの出来事をひとつひとつ思い出そうとしました。

酒樽をかついだ奇妙な男、山の峡谷、岩の中のあれた隠れ場所、ナインピンズで遊んでいた暗い仲間たち、そしてあの酒瓶――。「ああ、あの酒ビンめ。
あいつがいけないんだ」と、リップは頭をかかえました。
「家内になんと言いわけをしたらいいだろう……」
彼はあたりをキョロキョロ見まわして、自分の銃をさがしました。しかし、いつもピカピカに磨いて油を塗っていたお気に入りの鳥打ち銃の代わりに、なぜかボロボロの古い火縄銃がそばに転がっていました。
銃のつつはサビだらけ、引き金はグラグラ、おしりの木の部分は虫に食われてボロボロです。
「さては、あのツンとした顔をした山の意地悪オヤジたちが、おれをだまして酒を飲ませ、ぐっすり眠らせたすきに、銃をすり替えたんだな」と、リップは思いました。
愛犬のウルフの姿も見当たりません。きっとリスかキジを追いかけて、どこかへ迷い込んでしまったのでしょう。
彼はピューッと口笛を吹き、「ウルフ!」と名前を呼んでみましたが、何の役にも立ちませんでした。
山びこが彼の口笛と呼び声を真似してオウム返しにするだけで、犬の姿はどこにも見当たりません。
リップは、「もう一度昨日の遊び場へ行って、あの連中のうちの誰かに会えたら、犬と銃を返してもらおう」と決心しました。
彼はよいしょと立ちあがって歩き出しましたが、体のあちこちがカチカチにこわばっていて、いつものようにはキビキビと動けないことに気づきました。
「こんな山のなかで寝たりするから、体が痛くなっちまったぞ」と、リップは考えました。
「もしこんなハプニングのせいで、リウマチの発作なんかが起きて寝込もうものなら、女房にどんな小言を言われるか分かったもんじゃない」
彼はヒーヒー言いながら、どうにかこうにか谷を下っていきました。
昨日、あの奇妙な男といっしょに登ったはずの谷間は見つかりましたが、驚いたことに、今はそこを激しい渓流がゴーゴーと泡を立てて流れ落ち、岩から岩へ水しぶきを飛ばしながら、谷いっぱいに水があふれていました。
それでも彼は、どうにかその端っこをよじのぼり、シラバカやクスノキ、マンサクの林のなかをやっとの思いで通り抜けました。途中、野生のブドウのツルにつまずいたり、体にからまったりして大変でした。

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