そのクラブは、ジョージ三世陛下の赤ら顔の肖像を看板にかかげた、小さな宿屋の前のベンチで集まりを開くのだった。
ここで彼らは、長くて退屈な夏の日に、一日じゅう木陰に腰を据え、大儀そうに村の噂話をしたり、いつ果てるともしれぬ、とりとめのない話をしたりした。
しかし、たまたま通りすがりの旅行者から古い新聞が手に入ったりすると、深遠な議論が巻き起こることもあった。
それはどんな政治家でもお金を払って聞くだけの価値があるような議論だった。
彼らはまったくもってまじめくさって、その新聞の内容にじっと耳を傾けたものだ。
ったくぶって、ゆっくりと新聞を読み上げるのは、学校の校長先生であるデリック・ヴァン・バンメルだった。
この人は、身なりがきっちりとしていて学問のある小男であり、辞書に載っているどんな難しい言葉にも決してひるむことがなかった。
そして、彼らは実に偉そうな顔をして、国家の政治問題について論じ合ったものだ。
もっとも、その問題が実際に起きてからすでに数ヶ月もたってはいたが。
この一党の意見を完全に牛耳っていたのは、ニコラス・ヴェダーという、村の長老でありこの宿屋の主人だった。
彼はその宿屋の門口に朝から晩までどっかりと腰を据え、日光を避けていつも大きな木の陰にいるようにするほかは、ほとんど動かなかった。
だから近所の人たちは、彼が座っている場所によって、日時計と同じくらい正確に時刻を知ることができた。
じっさい、彼はめったに話をせず、絶えずパイプをくゆらせているだけだった。
しかし、彼の取り巻きの子分ども(偉い人物には、必ず子分がいるものだ)は、彼の心を完全に理解していて、彼の意見を上手に推測する方法を心得ていたのだった。だれかが読んだり話したりしたことで、気に入らないことがあると、彼は猛烈にパイプをふかし、怒って、しきりにすぱすぱ煙を吹きだすのが目についた。
しかし、お気に召したときには、ゆっくり静かに煙を吸いこみ、かるい雲のようにふわりと吐きだすのだ。
ときには口からパイプをとって、香りのよい霞のような煙を鼻のあたりにうずまかせながら、重々しくうなずいて、大賛成の意をあらわすのだ。
この砦からも、不幸なリップはついにがみがみ女房のために、いやおうなしに追いだされてしまった。
彼女は不意にこの平穏な集会のなかに押し入って、一座のひとびとを頭ごなしにどなりつけるのだ。
あのいかめしい人物のニコラス・ヴェダーでさえ、この恐ろしい女丈夫の毒舌をまぬがれることはできなかった。
彼女は彼に向い、亭主をそそのかして怠け癖をつけたのはおまえさんだと言って、まっこうから食ってかかった。
あわれなことに、リップは、しまいにはほとんど絶望の淵におちてしまった。
畑仕事や女房のがなりたてる声から逃れるには、銃を手にして森のなかへ迷いこむよりほかに手段はなくなった。
彼は森のなかで、ときどき木の根もとに腰をおろして、ウルフと弁当を分けあうのだった。
彼は、共に迫害に苦しむ仲間として、ウルフに同情をよせていた。
「かわいそうにな、ウルフ」と彼はよく言った。
「おまえの女主人はおまえにみじめな暮しをさせているな。
だが、気にかけるんじゃないよ、な。
おれが生きているかぎり、おまえの友だちになって味方してやるからな」ウルフは尾をふって、主人の顔をものおもわしげに見入るのだった。
もし犬にも憐れと思う心があるものなら、ウルフのほうも、心の底から主人をあわれんでいたに相違ない。
よく晴れた秋の日、こんなふうにして長いことぶらぶら歩いているうちに、リップはいつの間にか、カーツキル山脈のいちばん高い峰の一つに登っていた。
彼は大好きな栗鼠撃ちをしていた。
銃声がしじまにこだまし、またこだまをかえした。
息もきれぎれに疲れはてて、彼は午後もおそくなってから、山の、草におおわれた緑の丘に身を投げだした。
そこはちょうど断崖の端の頂きになっていた。
木立のすきまから、彼は、なんマイルにもわたって鬱蒼とした森林がつづいている低い地方をいちめんに見おろした。
遠く、はるか下のほうには、堂々たるハドソン河が望まれ、紫色の雲のかげや、たゆたう小舟の帆影を、その鏡のような水面のここかしこに、眠たげに映しながら、音もなく、荘厳に流れ、やがて青い高地のあいだにその姿を消していった。
ふりかえって見おろせば、そこは深い峡谷で、荒れはてて、ものさびしく、草木がぼうぼうとおいしげり、その谷底はそばだつ断崖から崩れおちた岩のかけらで埋まり、夕映えの光もほとんどさしこまなかった。
しばらくのあいだリップは、寝ころんだまま、この光景に見入っていた。
夕暮れは次第に濃くなり、山々は長い青い影を谷間に投げかけはじめた。
これでは村に着かないうちにすっかり暗くなってしまうだろうということに彼は気がついた。
女房の恐ろしい剣幕に出会うことを思って彼は深い溜め息をもらした。
彼が山をおりようとしたとき、遠くのほうから「リップ・ヴァン・ウィンクル、リップ・ヴァン・ウィンクル」と呼びかける声がきこえてきた。
彼はあたりを見まわしたが、烏がただ一羽、山の上を羽ばたいてゆくほかには、何も見えなかった。
きっと気のせいだろうと思って、ふたたびおりてゆこうとした。
そのとき、同じ呼び声が森閑とした夕ぐれの大気にひびきわたった。
「リップ・ヴァン・ウィンクル、リップ・ヴァン・ウィンクル」と同時に、ウルフは背中の毛を逆立てて、一声ひくく唸り、主人のかたわらにこそこそと近より、恐ろしげに谷間を見おろした。
リップはこのとき、訳のわからぬ気味悪さが身に迫ってくるのを感じ、不安げに同じ方向を見た。
すると奇妙な姿をした者が、何か背中に重いものを背負って、前かがみになりながら、ゆっくりと岩をよじのぼってくるのが目に入った。
彼は、こんなさびしい人のかよわぬところに、人間のすがたを見たのでびっくりしたが、これはだれかこの近辺のものが助けをもとめているのだろうと思い、手をかしてやろうと、急いでおりていった。
近づいてみると、彼はその見知らぬ人の様子の風変りなのにますます驚いた。
背の低い角ばった体格の老人で、かみの毛は濃くて、ぼさぼさしており、胡麻塩ひげをはやしていた。
服装はずっと古いオランダ風で、布製の胴着の腰を帯紐でしめ、半ズボンをなん枚も重ねてはいていたが、そのいちばん外側のはだぶだぶで、両側には一列に飾りボタンがつき、両膝には房がついていた。彼は肩に、お酒がいっぱい入った重そうな樽をかついでいて、こっちに来て荷物を手伝ってくれとリップに合図しました。
はじめて会った人なので少し気恥ずかしいうえに、なんだか不安な気持ちもありましたが、リップはいつもの通り、すぐに手伝ってあげることにしました。
こうして二人で交代しながら樽をかつぎ、まるで水が干からびた川の底のような、せまい谷間をよじのぼっていきました。
上に登っていくにつれて、リップはときどき、遠くのほうでいつまでもゴロゴロと響く、まるで雷のような音を耳にしました。
その音は、高い岩と岩にはさまれた深い谷の奥から、あるいはその割れ目の向こうから聞こえてくるように感じられました。
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