水曜日の名が由来した、サクソン人の神ウォーデンに誓って言う。
真理をこそ、わたしは常に守ろう、おくつきに入るその日まで。
――カートライト
〔この物語は、ニューヨークの一人の年老いたジェントルマン、故ディードリッヒ・ニッカボッカー氏の記録のなかから見つかったものなんだ。
彼はこの地方のオランダ人の歴史や、大昔にやってきた移民の子孫たちのくらしや習慣に、ものすごく強い興味をもっていた。
だけど、彼の歴史の調べ方は、古い本を引っ張りだすことよりも、実際に生きている人たちから話を聞くことのほうだったんだ。
彼の好きなことについて書かれた本は、じつに悲しくなるほど少なかったんだよ。そのかわりに、年をとったオランダ人の市民たちはもちろん、その奥さんたちが、本当の歴史には絶対欠かせない、大切なお話や昔からの伝説をたくさん知っていることがわかったからさ。
だから彼は、昔ながらのオランダ人のお家族が、大きく枝を広げたスズカケの木の下にある、屋根の低い農家につつましく暮らしているのを見つけると、いつでもその家族のことを、留めがねのついた、太い文字で書かれた一冊の本みたいに思って、本が大好きな虫のように、熱心にいろんなことを調べたんだ。
そうやって調べた成果のすべてが、何年か前に出版された、オランダ総督が治めていた時代のニューヨーク州の歴史なんだよ。
この本が文学としてどうなのかについては、いろんな意見があったけれど、本当のところを言えば、できばえは並み以上というわけじゃないんだ。
この本のいちばんの自慢は、ものすごく正確だっていうところなんだよ。それは、この本がはじめて世に出たころには、じっさい少し問題になったけれど、あとになってからすっかり確かなものだと認められて、今では歴史の本の仲間入りをして、誰も文句が言えないすごい本だとされているんだ。
このおじいさんは、その本を出版したあと、ほどなくして亡くなってしまった。
もう彼はこの世にいないんだから、「彼の時間をもっとたいせつなことに使ったほうがずっとよかったのにね」って言ったところで、亡くなった人の評判をそこまで傷つけることにはならないだろう。
だけど彼は、どうしても自分の好きな道を勝手気ままに進みたがったんだ。
だから時には、少しばかり砂ぼこりをまき散らしてまわりの人たちの目をチクチクさせたり、彼が心から尊敬して大切に思っていた友人たちの心を悲しませたりすることもあった。
でも今となっては、彼の失敗やちょっとおかしな行動も、「怒りというよりは、むしろ切ない悲しみの気持ち(訳註)」で思い出されるものなんだ。
そして今では、彼は決してだれかを傷つけたり怒らせたりするつもりなんてなかったんだな、とみんなにわかってもらえるようになっている。
だけど、彼が亡くなったあとの評判をきびしい批評家たちがどう言おうとも、彼の名前は今でもたくさんの人たちに懐かしく思い出されているんだよ。
そして、人々のあたたかい意見には、耳を傾けるだけの価値がちゃんとあるのさ。
あるクッキー職人たちなんかは特にそうで、この人たちはそのおじいさんの似顔絵を新年の特別なお菓子に刻みこんで、彼のことをいつまでも忘れずに伝えようとしたんだ。
これは、ウォータールー記念章や、アン女王の時代の銅貨に絵が彫られるのとほとんど同じくらいすごいことなんだよ〕
船でハドソン川をさかのぼったことのある人なら、だれでもきっと、カッツキル山脈のことを覚えているにちがいない。
それはアパラチア山脈からわかれた山の一つで、川のはるか西の方に見え、気高くそびえ立って、まわりの景色すべてを圧倒しているんだ。
季節が変わるごとに、お天気が変わるごとに、いやそれどころか、一日のうちでも時間ごとに、この山々のふしぎな色や形はどんどん変わっていく。だから、まわりの村の女の人たちは、この山を絶対に狂わないお天気の占いだと思っているんだよ。
お天気のいい日が続くと、山々は青や紫色に包まれて、すっきりと澄んだ夕方の空にくっきりとその形を浮かび上がらせる。
だけど時には、ほかの場所には雲ひとつないのに、この山々だけが、てっぺんに灰色の霧の頭帽子をかぶることがあるんだ。それが夕日の最後の光を浴びて、まるで光り輝く立派な王冠のようになるんだよ。
ハドソン川を行く船の乗客たちは、この神聖な山並みのふもとにある村から、かるく煙が立ちのぼっていくのを見つけることができるだろう。
村の板ぶきの屋根が、木の葉のすきまからキラキラと光っている、ちょうどそのあたりで、高い場所の深い青色が、すぐ近くの鮮やかな緑色にとけこんでいくんだ。
それは小さな村だけど、ものすごく古くて、このあたりが開拓されはじめたころ、ちょうどピーター・スタイヴァサント(どうか安らかに眠ってください)が治めていた時代の初めに、何人かのオランダからの移民が建てたものなんだ。そこにはほんの二、三年前まで、大昔からある移民の家が何軒も残っていたよ。
その家は、オランダからわざわざ持ってきた黄色い小さなレンガで建てられていて、格子窓があって、正面は三角の屋根になっていて、屋根の上では風見どりがクルクルと回っていたんだよ。まさにこの村の、まぎれもないこういう家の一軒に(本当のことを言うと、長い年月ですっかり古びて、雨や風にボロボロに傷つけられていたけれど)、もう何年も前のこと、この地方がまだイギリスの領地だったころに、気立てが良くてのんびりした男が住んでいた。その名前をリップ・ヴァン・ウィンクルと言った。
彼は由緒あるヴァン・ウィンクル家の血を引いていた。彼の先祖たちは、勇敢な戦いで知られたピーター・スタイヴァサント総督の時代に大活躍し、総督に従ってクリスティーナ要塞の戦いにまで参加したことがある人たちだった。
ところが、彼自身には、その先祖たちの勇ましい気質はほとんど受け継がれていなかった。
さっき、彼が気立てが良くて優しい男だと言ったけれど、それだけじゃない。彼は近所の人たちにとってもすごく親切だったし、同時に、奥さんの強い言いなりになるおとなしい亭主でもあったんだ。
じつは、この怖い奥さんに頭が上がらなかったおかげで、彼はあんなに優しくなって、みんなから好かれるようになったのかもしれない。
口うるさい奥さんに家で厳しくしつけられている男というものは、だいたい外の世界では人の言うことをよく聞いて、まわりと仲良くやれるものなのだ。
そういう男たちの性格は、まるで家庭での厳しいお説教という真っ赤に燃えた炉の中で、自由にやわらかく打ちのばされるみたいにして作られる。
家の中で奥さんに一言チクリと小言を言われることは、世界中のお説教をぜんぶ聞いたのと同じことで、我慢強さや忍耐の大切さを教えてくれるものなんだ。
だから、別の見方をすれば、口うるさい奥さんを持つことは、じつはありがたい恩恵だとも考えられる。
もしそうだとしたら、リップ・ヴァン・ウィンクルはこのうえなく運のいい幸せ者だったわけだ。
たしかに、彼は村じゅうの奥さんたちのあいだで、ものすごい人気者だった。
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