ブドウのツルは木から木へとツルやヒゲをまきつけて、彼の進む道をまるで網のようにふさいでいたのです。
やがて彼は、あのとき峡谷が崖の間をぬけて、円形劇場のような場所へと通じていたはずの場所にたどりつきました。
しかし、あの通路はもうどこにもありませんでした。
岩は絶対に通り抜けられないほど高い壁になっていて、その上からは激しい水流がまるで白い羽毛のような水しぶきをあげて流れ落ち、まわりの森の影ですっかり暗くなった、広くて深い滝つぼへとドボーンと落ち込んでいました。
かわいそうなリップは、ここで完全に行き止まりになってしまいました。
彼はもう一度犬の名前を呼び、口笛を吹いてみました。
それに答えたのは、意地悪なカラスの群れが「カー、カー」と鳴く声だけでした。
そのカラスたちは、日の当たる崖の上に突き出た枯れ木のまわりの空を、高々と飛び回りながら遊んでいました。そして、安全な高いところにいるのをいいことに、途方に暮れているかわいそうな男を下から見下ろして、まるでバカにしているように見えました。
「これからどうしたらいいんだ……」
朝の時間ももうすぐ終わりそうでした。
リップは朝ごはんを食べていなかったので、お腹がペコペコです。
犬と銃がなくなってしまったのは悲しいし、家に帰って女房に会うのはものすごく怖い。
かといって、こんな山のなかで お腹をすかせて行き倒れになったって、どうしようもありません。
彼は力なく首をふると、サビついた火縄銃を肩にかつぎ、どうしたらいいか分からない不安で胸をいっぱいにしながら、家のある村のほうへと歩き出しました。
村に近づくにつれて、たくさんの人とすれ違いましたが、不思議なことに、顔見知りの人は一人もいませんでした。
これにはリップもちょっとびっくりしました。この近所の人間なら、みんな顔馴染みのはずだったからです。
しかも、彼らの着ている服も、リップがよく知っている昔の流行とはちがう、見たこともないデザインでした。
すれ違う人たちもみんなリップの顔をじろじろと見て、同じようにびっくりした様子でした。
そして、リップの顔をじっと見つめると、だれもかれも自分のあごをなでるのです。
まわりの人たちがみんな同じしぐさをするので、リップも思わず釣られて自分のあごに手をやってみました。
すると、びっくり仰天! なんとあごヒゲが、一尺(約30センチ)もボーボーと伸びていたのです。
彼はすでに村のはいり口に差し掛かっていました。
見知らぬ子どもたちの群れがうしろからついてきて、「わあわあ」とはやしたて、彼の真っ白な長いあごヒゲを指さして笑いました。
犬たちも、昔なじみの子は一匹もいなくて、彼が通りかかるとみんなで一斉に吠えたてました。
村そのものも、すっかり変わっていました。
昔よりも家が増えて大きくなっているし、住んでいる人もずっと多くなっていました。
以前は見たこともなかった新しい家がズラリと建ち並び、彼がよく遊びに行っていた家はひとつも残っていません。
戸口には知らない名前の表札がかかり、窓からは知らない顔ばかりが見えて、まわりの何もかもが初めて見るものばかりでした。
リップはだんだん怖くなってきました。
自分がまわりの世界といっしょに、なにかとんでもない魔法にかけられているんじゃないかと疑いはじめました。
だって、ここは間違いなく自分が生まれ育った村だし、ここを出発したのはつい昨日のことなのですから。
目の前には、あのカーツキル山脈がドンとそびえています。
遠くには、銀色に光るハドソン川が流れています。
どの丘も、どの谷も、昨日と一ミリも変わっていません。
リップはすっかり頭がパニックになって、どうしていいか分かりませんでした。
「やっぱり、昨日のあの酒ビンがいけなかったんだ……」と、彼は心の中でつぶやきました。「おれの頭をすっかりめちゃめちゃにしちまったんだ」
彼はやっとの思いで自分の家へ続く道を見つけ、誰にも言わずにこわごわと近づきながら、今か今かと女房のかんだかい怒鳴り声が聞こえてくるのを待ち構えていました。
しかし、家はボロボロに朽ち果てていました。
屋根は抜け落ち、窓ガラスは割れ、ドアの蝶つがいが外れてぶら下がっていました。
ウルフによく似た、ガリガリに痩せこけた野良犬が、その周りをコソコソと歩き回っていました。
リップはその犬の名前を呼んでみましたが、そのやっかい者の犬は低く唸り声をあげ、鋭い歯をむき出しにして逃げていってしまいました。
これはあまりにもひどい仕打ちでした。
「おれの犬までが……」と、リップはため息をついて言いました。
「おれのことを忘れちまったのかい」
彼は家の中へ入りました。
本当のことを言うと、昔のその家は、ヴァン・ウィンクルのおかみさんがいつもピカピカに片づけておいたものでした。
それが今はがらんとしていて、なんだかもの寂しく、誰も住んでいないようでした。
この荒れ果てた様子を見ると、女房の恐ろしささえどこかへ消え去ってしまい、彼は大きな声で妻や子どもたちの名前を呼びました。
誰もいない部屋に、一瞬だけ彼の声が響き渡りましたが、すぐにまたシーンと静まりかえってしまいました。
そこで彼は外へとび出し、昔よく通っていた村の宿屋へと急ぎました。
だが、それもなくなっていました。
その場所には、大きくてガタピシした木造の建物が建っていました。
窓はぽっかりと大きな口をあけていて、しかも何枚か壊れており、古い帽子や着古したペティコートで穴埋めされていました。扉の上には、ペンキで「ユニオン・ホテル、経営者ジョナサン・ドゥリトル」と書いてありました。
かつては大きなどんぐりの木が、静かで小さなオランダ風の宿屋に心地よい影をなげかけていたのに、今は高いハダカの竿が一本立っていました。そのてっぺんには赤いナイトキャップのようなものがついていて、そこから星と縞の模様を不思議な組み合わせにした旗がパタパタとひるがえっていました。
こういうことは何から何まで奇妙で、どうしても納得がいきませんでした。
それでも、彼は看板の中にジョージ国王の赤ら顔を見つけました。
その肖像画の下で、彼はこれまで何度も、のんびりとパイプをふかしたものだったからです。
だが、このジョージ国王の絵さえも、すっかり変わっていました。
赤い軍服は青と浅黄色の上衣にかわり、手には王の杖(王笏)のかわりに剣をもち、頭には縁がそりあがった三角帽をかぶっていました。そして絵の下には、ペンキの大きな文字で「ワシントン将軍」と書いてありました。
戸口のあたりにはいつものように人だかりがしていましたが、一人としてリップに見覚えのある人はいませんでした。
人々の気質までが変わってしまったように思われました。
あの見慣れた、ゆったりとした眠気をさそう静けさはすっかり消え失せ、なんだかみんな忙しげにざわついていて、やたらと議論好きな雰囲気でした。
村の賢者であるニコラス・ヴェダーを探してみましたが、どこにも見当たりませんでした。
あの人は、顔の幅が広くて二重あご、立派で長いパイプを手にして、タバコの上質な煙を雲のように吐きだし、無駄口など決してたたかない人だったのです。
コメント