初級翻訳・レモンの花の咲く丘へ 第15話

レモンの花の咲く丘へ

(間)俺が弾く「暗と血薔薇」の曲には、道徳に背いた邪悪な恋が歌われ、許されない欲望が語られているが、あのホ短調のワンフレーズには、正しく切実な嘆きがこもっている。
愛おしくてたまらないという純粋な気持ちと、絶対に想いを遂げなければ死んでしまうという切実な願いが、三本の弦の震えからあふれ出し、毒薬のように強烈な勢いで女心をかき乱し、迷いの霧の中へと誘い込んでいる。
(力強く)いったい誰のために、誰が作った歌なのだろうか。

公子 (歌いながら、楽器を弾き続けます)

どうしても引き止められないこの恋心、
恋心よ、
絶対に叶えなければならない恋心、

(女の子は高い塔の下まで行き、公子を見上げながら声を漏らします)

女子 若様!

公子 (まるで声が聞こえていないかのように歌い続けます)

水の都の人魚は、
人間が歩む恋の道を進む……

女子 若様、若様!

Fという名の魔法使い (楽器を激しくかき鳴らしながら)あの歌の鋭い神経が、迷い込んだ女を目覚めさせようとしている。
(突然声を荒げて)俺の邪魔をする敵だ! 死の予感を教えるようなあの清らかな歌声は、俺にとっての敵だ。
(間)幸せになろうとしている乙女、すでに幸せなはずの人妻を、予期せぬ悪の道へと導こうとするこの俺――Fという魔法使いの、銀の竪琴が奏でる官能的な音が、あんな清らかな音色に負けるわけにはいかない。
(突然)ここで負けるなんて俺の恥だ! 何万もの人に試して、何万回も成功させてきた俺の誘惑の曲「暗と血薔薇」が、このケシ畑の血の海の中でどれほど大きく響き渡るか、よく聞いてみるがいい!
(と言って、「暗と血薔薇」の曲を再び歌い上げます)

暗闇の中に咲き誇る、赤く輝く悪の文字よ、
邪悪な手に育てられ、
暗闇の中でひっそりと咲く罪の花よ。女子 (高い塔の下から、Fという名の魔法使いの方へ歩み寄り、その肩にしがみついて)あなたはいったい誰なの?
Fという名の魔法使い (女の子を抱えながら)北へ行こう、北へ行こう……。
北の浜辺で、お前に血薔薇の花をあげた若い男は、この俺だ。
女子 その人は桂の冠をかぶっていらっしゃいました。
あなたにはそれがありません。
Fという名の魔法使い (自分の頭に手をやりながら)桂の冠は、明日の競技に勝った時、俺の頭に載ることになっている。
女子 あなたはいったい誰なの?
Fという名の魔法使い お前の大好きな、あの人じゃないか。
女子 あなたはいったい誰なの?
Fという名の魔法使い Fという名の魔法使いだ!(と言って女の子を支えながら海辺へ行こうとします。
すると高い塔から再びヴァイオリンの音が聞こえてきます。
それと一緒に、「死に行く人魚」の歌を歌います)

人魚の恋はかなえられて、
はかなく消えていく赤い帆よ。
あぁ、すべては幻。
(女の子はまた、Fという名の魔法使いの肩から離れて、高い塔を見上げます)
女子 若様!
公子 (歌う)

亡くなった人には白い藻草(もぐさ)を着せかけよう。
閉じられた瞳の上には、
黒髪の幾筋かと、
鈴蘭の花をそっと置いておこう。
女子 若様、私はここにいます、若様!
公子 (歌う)

死んでいく乙女が、
水の都の人魚へと変わっていく……

女子 (高い塔の下へと駆け寄り、正気を失ったように)若様、若様、私はここにいます。
公子 (答えずに歌い続けます)

声も届かない水底の、
水の都の仲間たちは、

女子 あぁ、いまだにあんなに悲しい歌を歌っていらっしゃる。
若様!
公子 (歌い続けます)

行方のわからない人魚を、
水草の上の恋になぞらえて、
はかないものだと語り合う。
女子 (泣きながら)若様、若様、若様……!
公子 (ふっと歌を止め、目をこらして見つめますが、すぐにまた歌い出します)

海原なればこそ、鬼火が、
亡き骸を守ることもなく、
珊瑚のかげや、渦巻く
泡が乱れるそのかげに……

(声も楽器も、突然ピタリと止まります。
女の子は高い塔の柱にしがみつきながら叫びます)
女子 若様! そんな悲しい歌はお止めください。
ほら、私はここにいます!
公子 (身を階下に乗り出させながら)誰だ!
女子 私でございます。
公子 誰だ!
女子 私よ……若様!
公子 (青いロウソクの火を差し出します。女の子はその火をあおいで自分の顔を照らします)
女子 若様!
公子 (目を凝らして見て)あぁ、あなたは! ……どうして今頃、そんなところに……いらっしゃるのですか。
女子 あの恐ろしい老人が、私を連れ出したのです。
銀の竪琴で歌を歌いながら……。
公子 (慌てて)それが誘惑なのだ!
女子 若様。
公子 その老人とは、紫の法衣を着て、桂の冠をかぶり、銀の竪琴を持った、まるで騎士のような音楽家ではなかったか?
女子 いいえ、白い衣を着た、白髪の老人でございます。
桂の冠はかぶっていません。
公子 その老人はどこにいるのだ。
女子 (振り返り)ほら、あそこに立っております。月の光を浴びて立っています。
公子 (目を凝らして見て)あぁ、私にもよく見える。
(驚いて)あの男だ、あの男だ――あぁ、悪魔め!
女子 老人でございます。
白髪の老人でございます。
公子 いや、紫の法衣を着て、銀の竪琴を持っている。
若い美しい音楽家だ!(少し躊躇しつつ)あぁ、それなのに、なぜ桂の冠をかぶっていないのだ?
女子 いえいえ、白い衣を着た老人でございます。
公子 あの男だ、母を殺したあの男だ。
女子 いえいえ、ただのおじいさんでございます。
(と振り返り)あれ、もう静かに歩いて行きます。
公子 まるで勝ち誇った騎士のように、ゆっくりと歩いていく。
――紫の法衣が煙のように、銀の竪琴が星のように……。
(Fという名の魔法使いは、音を立てずに花の陰へと隠れていきます。
奥の方から大勢の人々のざわめき声が聞こえてきます。
やがて真先に領主と従者たちが現われ、その後に続いて騎士や音楽家たちが左右から現われ、女の子の方をじっと見つめます)

(幕――)

          第三場

翌日。
第一場と同じ領主の館の一室。窓からは海と音楽堂が見えています。
室内には窓の近くに一台の寝台が置かれています。
夜。
前夜と同じように月が明るく輝いています。
女子は寝台に腰をかけ、体を少し斜めにして音楽堂を眺めています。
女中のAとBの二人はその左右に立ち、同じように音楽堂を眺めています。
あたりは静まり返っています。
――館の人々はみんな、音楽堂の方へ出かけてしまった後です)
女中A 空が水銀のようにすっきりと晴れて、まるで露の滴が垂れてきそうな晩でございますね。
(少し間を置いて)ご覧になってください、お月様が空の真ん中を軽々と歩いていらっしゃいます。
お月様が通る道には、雲が金色の縁取りをまとっております。
風が吹いているらしくて、その雲は千切れたり集まったりしています。
そしてみんな、音楽堂の丸い屋根めがけて押し寄せていきます。
(笑いながら)まるで押しかけ婿みたいな雲でございますね。
女子 そんなふうに、大きな声で騒いではいけないじゃないか。
今夜はそんなふうに騒ぐ晩ではないよ。

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