初級翻訳・レモンの花の咲く丘へ 第32話

レモンの花の咲く丘へ

……それなのに、お姉様はぼくを置いて塔の中へ行ってしまうなんて! ……塔の中には何があるっていうの? お姉様の好きなものがあるの? ねえ、好きなものがあるのかよ? ウソだウソだ! そんなもの何もないよ! あんな黒くて恐ろしい塔の中にそんなものあるもんか。
塔の中は暗くて、寂しくて、冷たいだけなんだ。
……どうしてお姉様は黙っているの、さっきまでヨハナーンってぼくを呼んでいたじゃないか! ヨハナーンって呼んでよお。
どうして黙っているの、どうして、どうして、どうしてだよ! ……ぼくが憎いから黙っているの? ぼくが、あんな歌を歌ったから怒っているの? そんなこと言うならもう、あんな歌は二度と歌わないから、一度だけでもいいから帰ってきてよお。
……まだ黙っている。
……ええ、ええ、ぼくの声が聞こえないの? そこまで届かないの? ねえ、お姉様! ぼくはこんなに大きな声で――ああ、喉から赤い血が流れ出しそうなくらい――こんなに大きな声を出しているのに、どうしてにお返事をしてくれないの? (耳をすます、しーん!)ええ、ええ、ぼくはこんなにお姉様を恋しく思って呼んでいるのに、お姉様はいつまでも黙っているんだ。
……(塔を吹き抜ける風の音)風が吹いているよお姉様! それにすごく寂しいんだ。
……お姉様がいないから、この部屋はお墓への道みたいに寂しいよ。
いやいやいや、こんな寂しい部屋に一人でいるなんて絶対にいやだ……お姉様、きっと、きっとぼくは、お姉様の言う通りにおとなしくするから。
歌を歌えって言われたら歌うし、黙ってろって言われたら一日でも一年でも絶対に口をきかないから! お姉様の言う通り、いい子になるからさ、いま一度だけここへ帰ってきてよお。
……ほら、ぼくはこんなに頭を下げてお願いしているんだよ。
これがぼくのお姉様には見えないの、聞こえないの? ぼくはこんなに……泣きながら、こうして(と手を合わせ、頭を下げて)お願いしているんだよ! ……本当に、本当に……ぼくは、お姉様の弟なのに。
……(泣きながら)ええ、ええ、なんてつれないお姉様なのだろう! ぼくがこんなに頼んでいるのに、いつまでも黙っているなんて。……それともお姉様、水門の中から出られないの? ううん、そんなことないよね。
そんなことない、絶対にない! 思いっきり力いっぱい押し破って、お姉様は大人なんだから、力いっぱい押し破って……そうすれば外に出てこられるよ。
早く出てきてよお。
……そして、昔みたいにぼくを抱きしめて、チューしてよお。
ねえ、ねえ、お姉様!(耳をすませる、しーん……)ううん、ううん、なんてお姉様なの!
あれあれ、どうしたんだろう、ぼくの体がだんだん冷たくなっていくよ。
お部屋の冷気が体に染みてくるんだ。
……このままここで一人でいたら、お部屋の底へどんどん引きずり込まれちゃいそうだよ……お部屋の冷たい風や、青い光の中に。
……本当にぼくは、このお部屋で……お姉様ってばあ。
ううん、ううん、いっそのことぼくもお姉様と一緒に、あの塔へ行っちゃいたい! 塔へ、塔へ行こう!(と、窓の格子をぶち破ろうと焦るけれど、格子はびくともしない)ううん、ううん、この格子め! あぁ、ぼくは塔へも行けないんだ、お姉様あ。
……(そう言って格子から手を離すと、ヨハナーンの小さな体は床にバタンと倒れる。
透き通るような声で激しく泣くけれど、その声はだんだん小さくなり、まるでプツリと糸が切れたようにピタリと止まる。
――まるで人形のようなその体を、天井の青い光と窓の外の月がぼんやりと照らし出す。
――冷たく静まり返った世界!)

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