初級翻訳・ワンダ・ブック――少年・少女のために―― 第44話

ホーソーン ナサニエル

「わざわざピリーニの泉を見つけるためだけに、こんな遠くまでやってくるなんてね。それにしても、あんた、馬に逃げられちまったのかい? 手に手綱を持っているじゃないか。それも二列に並んだ宝石が光る、上等な品だ。もし馬がその手綱みたいに立派な代物だったら、逃げられちまったあんたは、本当に気の毒なこった」
「馬なんてなくしていませんよ」ベレロフォンはにっこりと笑って言いました。
「ただ、僕は今、ある非常に有名な馬を探しているところなんです。賢い人たちが教えてくれたところによると、もしその馬がどこかにいるとすれば、このあたりに違いないというのです。翼のある馬ペガサスが、あなた方の先祖の時代によくこのあたりに姿を現したように、今でもやはりやってくることがあるかどうか、ご存じありませんか?」
しかし、これを聞くと、その農夫は笑い出しました。
君たちの中には、このペガサスという馬が、美しい銀色の翼を持った真っ白な駿馬で、普段はヘリコン山の頂上で暮らしているという話を聞いたことがある人もいるでしょう。
それは空を飛ぶとき、雲の上まで舞い上がるどんな鷲にも負けないくらい、荒々しく、速く、そして身軽でした。
この世の中に、これほどの馬は他にいませんでした。
ペガサスには仲間もいなければ、それに乗ったり、手綱をかけたりして主人になった人もまだ一人もいませんでした。
それゆえに長年の間、この馬はたった一人で、のびのびと幸せに暮らしていたのです。
ああ、翼のある馬になれたらどんなに素晴らしいでしょう! ペガサスは実際、夜は高い山の頂で眠り、昼間はたいてい空を飛び回っていて、ほとんど地上の生き物とは思えませんでした。
人々が頭上高く、銀色の翼に太陽の光を浴びて飛んでいる姿を見れば、空の住人だと思うでしょうし、少し低く降りすぎたときには、地上の霧や雲に迷い込んで、帰る道を捜しているのだろうと思われたことでしょう。
ペガサスが白く光る羊の毛のような雲の中へ飛び込んでいって、少しの間その姿を消したかと思うと、今度は反対側から飛び出してくるのを見るのは、本当にきれいな光景でした。
また、陰気な雨風が吹き荒れ、空が一面の灰色の雲に覆われているとき、この翼のある馬がまっすぐに雲を突き抜けて降りてきて、そのあとから雲の上の嬉しい光が差し込むということが時々ありました。
もっとも、次の瞬間にはペガサスもその嬉しい光も一緒に消え去ってしまうのですが。
しかし、運よくこの不思議な光景を見た人は誰でも、そのあと一日中、嵐が続いている間も、とても愉快な気分で過ごすことができました。
夏の季節、この上ない快晴の日には、ペガサスはよく地上に降りてきて、その銀色の翼をたたみ、気晴らしに丘や谷を越えて、風のような速さで駆け回ることがありました。
他のどこよりも、このピリーニの泉の近くで、おいしい水を飲んだり、岸辺のやわらかい草の上に寝転がったりしている姿が、たびたび目撃されていたのです。時々、その上に(でもペガサスは大層食べ物がやかましい方でしたから)、たいへんおいしいうまごやしの花でもあると、ちょっとだけ食べてみたりしました。
だから、今の人たちの大おじいさんたちが、若くて、翼のある馬がいるということを信じていた間は、美しいペガサスを一目見たいと思って、ピリーニの泉へと、いつもやって来たものでした。
しかし、近年では、ペガサスはほとんど姿を見せませんでした。
実際、その泉へ30分以内で行けるくらいの範囲に住んでいる土地の人のうちにも、ペガサスを見たこともなければ、またそんなものが本当にいようとは思わないというような人たちがたくさんありました。
ベレロフォンが話しかけた田舎の人は、ちょうどこの、信じないほうの人たちのうちの一人だったのです。
そして、その男が笑い出したわけも、そこにあったのでした。
「ペガサスだって、へえ!」その男は平べったい鼻をできるだけ高く上に向けながら叫びました。「ペガサスだって、へえ! 翼の生えた馬、なるほどね! ほんとに、お前さん、正気ですかい? 馬にとって、翼がなんの役に立ちますかい? そんな馬が、うまく鋤(すき)をひっぱることができると、お前さんは思いますかい? もっとも、多少は蹄鉄(ていてつ)の倹約にはなりましょう。その代わりに、厩(うまや)の窓から飛び出されたり――そう、ちょっと水車場まで乗っていこうと思っているのに、雲の上へ持っていかれてしまったりしたら、どんな気がしますかな? いや、いや! わしはペガサスなんて信じませんよ。そんな鳥のお化けみたいな、おかしな馬なんてありゃしませんよ!」

「僕はそうではないと考えるわけがあるんです」とベレロフォンは静かに言いました。
それから彼は、杖によりかかって、首を前に突き出して、一心に二人の話に耳を傾けていた白髪のじいさんの方に向きました。
そのじいさんが、片手を耳に当てていたのは、20年このかた、耳がだんだん遠くなってきていたからでした。
「そして、おじいさん、あなたの御意見は?」と彼は尋ねました。「あなたの若い時分には、きっとその翼の生えた馬をたびたびご覧になったにちがいないと思うんですが!」

「ああ、若い旅の人、わしは覚えが悪くなってな!」とそのおじいさんは言いました。「もしもわしの記憶に間違いがなければ、わしは若い時分に、いつも、そんな馬がいるものと思っていたし、ほかの者もみんなそう思っていましたよ。しかし今では、どう考えていいやらちょっとわからないし、第一、翼のある馬のことなんか、あまり考えもしませんよ。もしもわしがそれを見たことがあったにしても、ずっとずっと前のことだし、それに、本当のことをいうと、実際に見たのかどうかも怪しいんです。もっとも、ある日、まだ極く若い頃、この泉の岸のまわりに、いくつかの蹄の跡を見たことは覚えていますよ。それも、ペガサスの蹄の跡かもしれないし、またほかの馬の蹄の跡かもしれませんがね」

「そして、美しい娘さん、あなたはペガサスを見たことはありませんか?」水瓶を頭にのせて、彼らの話を傍(かたわ)らで聞いていた娘に、ベレロフォンは尋ねました。「もしも誰か見ることができるものとすれば、ぱっちりとした眼をしているあなたが、きっとペガサスを見そうなものですがねえ」

「私、いつかペガサスを見たように思いました」その娘は、にっこり笑って頬を染めながら答えました。「それはペガサスだったか、それとも大きな白い鳥だったか知りませんが、とにかくずっと上の方を飛んでいました。それからまた、別な時に、瓶を持ってこの泉へ来ると、馬のいななきが聞こえました。おう、それはどんなに元気な、響きのいい声だったでしょう! それを聞いて、私の心は喜びにおどり上がりました。そのくせ、私はびっくりしてしまって、瓶に水を汲みもしないで、家へ逃げて帰りました」

「それはほんとに残念でしたね!」ベレロフォンは言いました。
それから彼は子供の方に向きました。子供がいたことは、話の初めにもちょっと言いましたが、彼は子供がよその人を見る時によくやるように、赤い口を大きくあけて、じっとベレロフォンを見つめていました。

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