初級翻訳・一寸法師 第28話

一寸法師

小人というものは、首や胴体は普通の人間と変わりはない。ただ足だけが不自然に短いものだということを考えてみたまえ」

「義足ですって? そんな馬鹿げたことで、うまく誤魔化せていたのですか?」
「馬鹿馬鹿しいだけに、かえって安全なのだよ。ただ義足と言ったのでは誰も本気にしないだろうが、僕はその実物を見たのだ。詳しいことは今に分かるがね。それに、一寸法師を見たのは君一人で、山野家の人たちにしても『一寸法師』なんて特殊な人間は頭にない。最初から一人の義足をはめた不具者として通っていたのだよ」

「じゃあ、その義足をはめた男というのは一体誰です?」
「養源寺の和尚さ」

話の通じにくい自動車の上では、これだけの会話を交わすのもやっとでした。紋三にはまだ、明智の言っていることがよく飲み込めませんでした。あまりに変な話なので、馬鹿馬鹿しいような、からかわれているような気さえしました。
だが、その疑いを確かめる間もなく、車はいつの間にか本所原庭警察署の建物の前に止まりました。署では署長をはじめ、彼らの到着を待ち構えていました。一同は車を降りて二、三の打ち合わせを済ませると、そこの刑事たちも勢力に加わり、徒歩で程近いO町へと向かいました。刑事部長は署長室に留まり、吉報を待つことにしました。
刑事たちは刑事部長の手前、素人探偵である明智の指図に従わなければなりませんでした。
彼らは養源寺、O町の家、人形師の住居と三手に分かれ、それぞれ入り口で見張りに立ちました。
そこには明智の部下たちが、先ほどから彼らの到着を待っていました。
「私が合図をするまでは、どんな奴でも逃がさないようにしてください。女であろうが子供であろうが、家から出る者は一応止めておいてください」
明智は何度も繰り返し頼みました。
そして彼自身は紋三と一人の刑事を従えて、養源寺の門の中へ入っていきました。
庫裏(くり)の障子を開けると、汚れた爺さんが竈(かまど)の前で何かをしていました。
「君は向こうの菓子屋のお爺さんだったね」明智が声をかけました。
「お住持(じゅうじ)はお留守かな」
「へえ、いらっしゃいますよ。どなた様で?」
「忘れたのかい。二三日前に君の店で買い物をしたんだが。実は今日は警察の御用で来たんだ。一寸(ちょっと)お住持をここへ呼んでくれ給え」
爺さんはかしこまって、奥の方へ住持を探しに行きましたが、しばらくすると変な顔をして戻ってきました。
「どうも見えないんですよ。ちっとも気がつきませんでしたが、いつの間にお出ましになったのか」
「そうかい。兎も角(ともかく)一度上がらせてもらうよ。警察の御用なんだからね」
明智はそう言うと、手早く靴を脱いで上に上がりました。
爺さんは呆気にとられて、止めようともしませんでした。
紋三と刑事も明智にならって靴を脱ぎましたが、その時、紋三は今まで忘れるともなく忘れていた事柄を、ハッと思い出しました。
和尚が見当たらないのは、裏からO町の例の家に行ったのに違いない。
そこには山野夫人が来ているのだ。
もし和尚が見つかれば、夫人も一緒に恥をさらす羽目になるのは目に見えている。
恥どころか、逃げも隠れもできない証拠を握られるのだ。
紋三はそれと同時に、ある驚くべき事実に気づきました。
今までは夫人を脅迫している男が何者か分からなかったので、一種の嫉妬を感じていたに過ぎなかったのですが、明智の明言するところによれば、その男こそ彼の不気味な一寸法師にほかならないのです。
夫人はどんな弱味があって、あのような忌まわしい者と密会を続けているのかと思うと、夫人までが正体不明のものに見えてきました。
紋三がそんなことを考えているうちに、明智はずんずんと本堂の方へ踏み込んでいきました。
ガランとした本堂にはもう夕闇が迫り、赤茶けた畳の目も見えないほどになっていました。
妙な彫刻のある太い柱、一方の隅に安置された塗りのはげた木像、大きな位牌の行列、奇怪な絵の掛け物、香の匂い。それらの道具立てが、底の知れない不気味さを醸し出していました。
もちろん人の気配はありませんでした。
明智は注意深く堂の隅々や物の陰などをのぞき回り、二三の広い部屋を通り過ぎ、最後に庭に降りると、石灯籠や植木の間もくまなく調べた上、板塀の開き戸を開けて墓地の方へ出ていきました。
紋三たちは縁側の下にあった庭草履(にわぞうり)を履いて、その後を追いました。
墓地ももう大方(おおかた)暗くなっていました。
往来に面した方の生垣の破れ目から、そこに明智の部下が見張っているのがちらついて見えました。
紋三はいつかの晩、その破れ目から墓地の中へ忍び込んだことを思い出さずにはいられませんでした。
「ホラ御覧なさい。あそこの黒板塀が細く破れているでしょう。ちょうどあの向かい側が人形師の安川の仕事場になっているのですよ。あなた、すみませんが、しばらくあそこを見張っていてくれませんか。僕たちは、こちら側のO町に面した家を一応調べてみますから」
明智は刑事の方を振り向いて、丁寧に言いました。
刑事は断るわけにもいかないので、指図に従って板塀の方へ歩いていきました。
O町の例の家の側はまばらな竹垣になっていて、少し無理をすればどこからでも出入りができるように見えました。
「君、一寸(ちょっと)ここを見給え」
明智はふと立ち止まって、墓地の一方の隅にある銀杏(いちょう)の木の根元を指さしました。
そこには木の幹の陰に大きな穴があって、その中にゴミがうずたかく積まれていました。
「これはお寺のゴミ捨て場になっているらしいのだが、僕は二三日前の晩ここへ忍び込んで、このゴミの中をかき探したり、新しい墓地を暴いてみたりしたのだよ。三千子さんの死骸がこの辺に隠されているかと思ったのだ」明智は何でもないことのように言いました。
「それはね、ホラ山野の邸から三千子さんを運び出すのに、誰かが衛生夫に化けてゴミ車を利用した形跡のあったことは君も知っているだろう。ゴミ車は吾妻橋のところで足取りが分からなくなったのだが、君から一寸法師のことを聞いたものだから、あのゴミはひょっとしたらここへ運ばれたのではないかと疑ったのだよ。そして早速この寺の付近で聞き合わせてみると、ちょうどその朝早く、一台のゴミ車が寺の門をくぐったことが分かったのだ。死骸を隠すのに墓地ほど屈強な場所はない。うまいことを考えたものだと思った」「でも、僕が探した時には、もうどこかへ移されていて死骸はありませんでしたがね」
「すると、衛生夫(ごみ収集作業員)に化けていたのも、やはりあいつだったのですか」
「いや、あの不具者には重い車なんて引けないよ。それはあいつじゃない」
 彼らは声をひそめて話しながら、竹垣の方へ歩いていきました。
竹垣をくぐるとすぐのところにずっと石垣が続いていて、そこから地面が一段高くなっていました。明智はその石垣をよじ登り、板塀と土蔵の屋根の隙間にある薄暗い場所へ入り込みました。五、六間進むと行き止まりになり、別の塀が道をふさいでいました。明智はポケットから細い針金を取り出し、塀のつなぎ目に差し込んでゴトゴトとやっていると、間もなく鍵が外れるような音がして、塀の一部がギイと開きました。

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