まあ、ぼくにすべてお任せください!」
「しかし、手品を使うといっても、その掛け軸は、このわたしが自分で持って行かなければならない約束なのです。わたしにそんな手品なんて使いこなせるでしょうか?」
「ハハハ……、いやいや、あなたでは、失礼ですが到底無理ですよ。その大がかりな芸当は、このぼくでなくてはできないのですから。」
「でも、あなたに代理をお願いするわけにはいかないのです。どうしてもこのわたし自身が持って行かなければ、絶対に信雄を返さないと言われているのですから。」
「そこにはちゃんと、別の工夫がありますよ。ぼくもこういう事態になるだろうと思って、ちゃんと準備をしてきています。ほら、ここにその道具が入っているのですよ。」
明智は、自分のひざのそばにおいてあった小さなカバンを手に取って、ポンとたたいてみせ、「ちょっと、奥さんの化粧室を借りてもいいですか?」となんとも不思議なことを言いだしました。
「エッ、化粧室をですか? いったい何をなさるつもりですか?」
「いや、それはすぐにわかりますよ。それから、奥さんにもお願いしたいことがあるので、どなたか紹介していただけませんか?」
小泉氏は、何がなんだかちっとわけがわかりませんでしたが、きっと何か深いわけがあるにちがいないと思い、言われたとおりに奥さんを呼び出して明智に引き合わせ、化粧室へ案内するように命じました。
それから十五、六分ほどがたったでしょうか。
小泉氏は元の座敷にすわったまま、タバコを吸いながら待っていましたが、すると、突然、縁側の障子がスーッと開いて、だれかが部屋に入ってくる気配がしました。
小泉氏がその物音にハッと驚いてそちらをふりかえると、縁側から入ってきた人物を一目見るなり、「アッ!」と奇妙な叫び声をあげて、思わず立ちあがってしまいました。
それも無理はありません。そこには、小泉氏と顔から背の高さまで、一ミリたりとも違わない人物が、ニコニコと笑いながら立っていたのです。
まるで巨大な鏡でも見ているかのように、すぐ目の前に、自分自身の姿がそっくりそのままあらわれたのですから。
小泉氏は、自分の目がどうかしてしまったのではないかと疑いました。あるいは、夢でも見ているのではないかと怪しみました。
しかし、これは夢などではありませんでした。そのもうひとりの自分は、ツカツカと座敷にはいってきたかと思うと、さいぜんまで明智のすわっていた座ぶとんの上に、ピッタリすわったではありませんか。
「ハハハ……、小泉さん、みょうな顔をしていらっしゃいますね。
あなたにも見わけられないほど、そんなにうまく変装ができましたかねえ。
ぼくですよ。
明智ですよ。
」その人物は、さもおかしそうに笑いながら種あかしをしました。
「ああ、そうでしたか。
これはおどろいた。
わたしは自分の頭がへんになったのかと、びっくりしたほどですよ。
じつによくできています。
まるで鏡を見ているような気がします。
」
「ハハハ……、さいぜんお話を聞いているあいだに、あなたのお顔の特徴を、よく心にきざみつけておいたのですよ。
そして用意してきたつけひげをはったり、モジャモジャの頭をうまくなでつけたり、ふくみ綿をしたり、顔に変装用の化粧をしたり、そのほかいろいろの秘術をつくしたのです。
この着物とじゅばんは奥さんにお願いして、あなたのを出していただいたのですよ。
どうです、これなら替え玉がつとまるでしょう。
」
「おや、声までまねましたね。
じつにおどろきました。
あなたにこれほどの変装の腕まえがあろうとは、思いもよりませんでしたよ。
大じょうぶです。
それなら、どんな相手だって、見やぶことはできますまい。
」
「ハハハ……、あなたがうけあってくだされば、これほどたしかなことはない。
それじゃあ、この風体であなたの替え玉になって、二十面相のやつをおどろかせてやりますかな。
ところでこんどは掛け軸のほうの替え玉ですが、ひとつその雪舟の名画というのを拝見したいものですね。
そのうえで、なるべく相手に気づかれぬような替え玉をえらぶことにしましょう。
」
「承知しました。
じゃあ、わたしといっしょに土蔵の中へおいでください。
」小泉氏は明智のみごとな変装ぶりにすっかり感心して、このちょうしなら万事うまくいくにちがいないと、もうホクホクもので、みずから懐中電灯を持って、先に立つのでした。
さすがに国宝がおさめてあるだけに、土蔵の戸締まりは、じつにげんじゅうなものです。
まず錠まえをはずして、鉄の大とびらをひらき、その内がわの重い金網ばりの板戸をあけ、土蔵の奥にはいって、そこにドッシリとすえつけてある金庫のような鋼鉄製の箱を、暗号文字にあわせて、ひらかなければならないのです。
小泉氏はその鋼鉄箱の中のたなの上から、細長いキリの箱を取りだして、ていねいにそれをひらき、宝物の雪舟の掛け軸をひろげて、明智に見せるのでした。
「フーン、たいしたものですね。
ぼくは絵のほうはまったくしろうとですが、これほどの名画になりますと、やはり心を打たれますね。
この筆勢のみごとなことはどうでしょう。
なるほど、これなら二十面相がほしがるのもむりはありませんよ。
あいつは美術にかけてはくろうとはだしの鑑賞眼を持っているのですからね。
」明智は、小泉氏のひろげている掛け軸の上に、懐中電灯をかざしながら、感にたえたように見いるのでした。
「なにしろ七代まえの先祖から伝わっている、由緒正しい品ですからね。
わたしも、この家宝をわたさずにすめば、こんなありがたいことはないのです。
もし首尾よくいきました節は、じゅうぶんお礼するつもりでおります。
」
「いや、そんなことはご心配くださいませんように。
こんどの事件は、あなたのためというよりは、ぼく自身のふくしゅうのために、ぜがひでもあいつをやっつけなければ、がまんができないのです。
では、この軸と同じ寸法の、なるべく外見の似た替え玉をさがしていただきましょうか。
」
明智が絵の前をはなれますと、小泉氏は掛け軸をていねいに巻きおさめながら、
「いや、それならば、もうちゃんと目ぼしをつけてあります。
待ってください。
えーと、これですよ。
これは表装だけはりっぱですが、名もない画家の作です。
あいつに取られても、いっこうおしくないしろものです。
」と、土蔵の壁に取りつけたたなの上から、うす黒くよごれたキリの箱を取って、明智に手わたすのです。
明智は、それをひらいて中の掛け軸を少しひろげ、懐中電灯の前でちょっと見たまま、もとのように巻いて、雪舟の軸のそばにならべておきました。
「ウン、軸も同じような色あいの象牙だし、表装の古び方もよく似ています。
これなら申し分ありません。
これにきめましょう。
おや、両方とも箱の上に画題が書いてありますね。
これじゃあ箱だけはほんものを使わないと、すぐ見やぶられてしまう。
では、まちがわぬように、このにせものを本物の箱へ、雪舟のほうをにせものの箱へ入れかえておきましょう。
さあ、これでよしと。
こちらがほんものの雪舟です。箱が入れかわっているので、なんだか変な感じがするけれど、まちがいありません。元の場所へおしまいください。
初級翻訳・妖怪博士 第31話
妖怪博士
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