初級翻訳・一本足の兵隊 第2話

アンデルセン ハンス・クリスチャン

お、もう少しでひっくり返るところだった」
一本足の兵隊は青くなって縮こまっていました。
すると突然、その地の底の溝の中に住んでいるドブネズミが、「おい、兵隊、待て!」と怒鳴りました。
「こらこら、通行券を見せろ。おい、通行券を見せろと言っているんだ!」
しかし一本足の兵隊は、黙って鉄砲の台を握りしめていました。
ボートは構わずどんどん進んでいきます。ネズミは怒って追いかけてきました。
「おい、あいつを捕まえてくれ! 捕まえてくれ! 通行税を払わずに逃げたんだ。通行券なしで通りやがった!」
ネズミはそう叫んで、ボートのそばを流れている木の切れ端やわらくずたちに、加勢を頼みました。
そうこうしている間に、流れはいよいよ急になってきました。
ボートは目が回るほど早く走りました。
やがて向こうに、外の明るい光が見え始めました。
一本足の兵隊は「おっ、やったぞ。もう明るいところへ出られる」と思ったその瞬間、ゴーゴーゴーという、耳が潰れそうなほどの大きな響きが聞こえてきました。
それは、溝がもうすぐ終わりで、下の大きな堀割(ほりわり)の中へ泥水がドッと落ち込む音でした。
そこへ来ると、水は大きな滝になって真っ逆さまに落ちていました。
兵隊のボートはあっという間にその滝の真上へ来て、泥水のしぶきと一緒に、ドブーンと堀割へ逆さまに落ち込みました。
兵隊は、ビシャリと水をかぶったかと思うと、渦に巻かれて、クルクルクルと花火のように回りました。
兵隊は息も絶え絶えに、一生懸命ボートにしがみついていました。
すると、たちまちボートの中に水がいっぱい入ってきました。
兵隊がびっくりして体をのけぞらせると、ボートはそのままブクブクと沈みかけました。
水はもう兵隊の頭の上まで来てしまいました。
兵隊の目には、もう二度と会えないであろう、あの踊り子の女の人の顔が浮かびました。
そう思った瞬間、どこからか声が聞こえてきました。

「ブクブク、ブクブク、
どんどん沈め。
死ぬんだ、死ぬんだ、
ブクブク、ブクブク」と、誰かが嬉しそうに歌っている声が聞こえました。
そのはずみで、もう泥だらけになっていた紙のボートは、ふいに二つに割れてしまいました。
兵隊はそれと一緒に、ブクブクと泥水の下へ沈んでいきました。
するとそこへ大きな魚がひょいと現れて、兵隊をガブリと一飲みにしてしまいました。
一本足の兵隊は、「おや、変なところへ来たぞ」と思いました。
そこは、さっきのトンネルの中よりもずっとずっと暗い場所でした。
そして足や鉄砲がそこら中に当たって、窮屈でした。
しかし兵隊は、「どうなりと勝手にしろ」と腹をくくり、鉄砲の台を固く握りしめたまま、体を突き伸ばして、ふんぞり返って寝転んでいました。
魚は兵隊を飲み込んだまま、あちこちと勢いよく跳ね回りました。

三

兵隊はどれくらいの間、そうして寝転んでいたのでしょう。
しまいには、上からバタンと殴りつけるような響きが伝わってきました。
間もなく、稲妻のように目の前がパッと明るくなりました。
それと同時に、誰か女の人の声で、「あら、こんな兵隊が入っていた」と、とても珍しそうに騒ぎ立てました。
それは、ある家の女の料理人でした。
魚はいつのまにか漁師の網にかかって市場へ売られ、最後にはこの家の台所へ来たのです。
女の料理人は笑いながら、その一本足の兵隊を親指と人差し指でつまみ上げ、別の部屋へ持っていきました。
みんなはワイワイ言いながら、その珍しい掘り出し物を見に来ました。
一本足の兵隊はきまりの悪い顔をして、されるがままになっていました。
そのうちに、誰かがその兵隊をテーブルの上へ置きました。
兵隊はそっとあたりを見回しました。
すると、不思議なこともあるものです。そのテーブルは、この一本足の兵隊が先に乗っていた、あの同じテーブルではありませんか。
もちろん、部屋も同じ部屋でした。
それから、同じ坊やがそばにいました。
そしてテーブルの上には、先と同じ仲間がちゃんとそのまますべて揃っていました。
踊り子の女の人は相変わらず同じように入り口の石段の上に立ち、両手を高く差し上げて、一本足で踊っていました。
一本足の兵隊は嬉しくて、思わず錫(すず)の涙がこぼれそうになりました。
でも兵隊ですから、涙なんぞを見せるわけにはいきません。
一本足の兵隊は黙って、じっと踊り子の顔を見ていました。
踊り子の女は何にも言わないで、黙ってこちらを見ていました。
そのうちに坊やが、ふいにその兵隊をつかんで、いきなりストーブの中へ投げ込んでしまいました。
兵隊は「あっ」とびっくりしました。
これもやはり、あの黒い鬼の仕業に違いありません。
兵隊は黙ってじっとしていました。
でも真っ赤に焼けた石炭の中へ投げ込まれたのですから、たちまちジリジリと体中が焼けただれてきました。
兵隊の顔色は真っ青になってしまいました。
「ああ、とうとうこれで焼け死ぬのか」と思いながら、向こうのテーブルの上の踊り子の女の人を見つめていました。
踊り子の女の人も、じっと兵隊を見ていました。
すると、坊やはふいに踊り子の女の人を石段の上からひっぺがして、いきなりまた、ポンとストーブの中へ投げ込みました。
女の人はドスンと一本足の兵隊のそばまで来たかと思うと、たちまち頭から足の先まで、ボーボーと燃え上がってしまいました。
あくる朝、女中がストーブの灰をかきに来ました。
するとその灰の中から、ハートのような形をした錫のかたまりが出てきました。
それから真っ黒焦げになった、バラの飾りのボール紙も出てきました。
その黒焦げのボール紙は、あの踊り子の女が昨日までこの世にいたという、たった一つの証でした。

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