初級翻訳・野のはくちょう 第1話

アンデルセン ハンス・クリスチャン

はるかかなたの国、冬が来るとツバメが南の国へ飛んでいくような遠いところに、ひとりの王さまがいました。
王さまには十一人の男の子のむすこと、エリーザというひとりのむすめがいました。
十一人のきょうだいたちはみんな王子さまで、胸には星のしるしをつけ、腰には剣をつるして学校にかよっていました。
金でできたせきばんの上に、ダイヤモンドの石筆で文字を書き、本で読んだことはその場でスラスラと暗しょうしました。
この男の子たちが王子さまだということは、だれが見てもすぐにわかりました。
いもうとのエリーザは、鏡ガラスでできた小さな腰掛けにちょこんと座って、その値段をつけたらこの王国の半分くらいはするようなすばらしい絵本をながめていました。
ああ、この子どもたちは本当になんてしあわせだったのでしょう!
でも、世の中のことはいつだって同じようにうまくいくとはかぎらないものです。
この国の王さまであったお父さまは、心意地(こころいじ)のわるい新しいお妃さまと結婚なさいました。
このお妃さまが子どもたちのことをちっともかわいがってくれないということは、お城にやって来たその日からすぐにわかりました。
お城じゅうが一丸となって、盛大なお祝いのパーティーが開かれました。
子どもたちはそこで「お客さまごっこ」をして遊んでいました。
でも、いつもならもらえたはずのおいしいお菓子や焼きりんごを、このときはたくさんいただくことができなかったのです。
そのかわり、お茶わんの中に砂を入れて、それを「ごちそう」だと思って遊びなさいと命令されました。
その次の週には、お妃さまは小さないもうと姫のエリーザをいなかに連れていき、一般のお百姓さんの夫婦に預けてしまいました。
それからまもなくお妃さまはお城へ帰り、今度は王子さしたちのことで、実際にはないことないこと、あれこれと悪いうそを王さまに吹き込みました。
王さまもすっかり信じ込んでしまい、もう王子さしたちのことを気にかけてくれなくなりました。
「さあ、どこの世界へでも好きにとんでいって、自分たちの力で食べていくがいい」
と、意地悪なお妃さまは言いました。
「声も出せないような大きな鳥にでもなって、どこかへ飛んでいっておしまい!」
でも、さすがにお妃さまがのろったような、取り返しのつかないひどいことにはなりませんでした。
王子さしたちは、なんと十一羽の立派な野の白鳥に変身してしまったのです。
白鳥たちは奇妙な鳴き声をあげながら、お城の窓をすりぬけ、大きなお庭を越え、森を越えて、遠くへ飛んでいってしまいました。
さて、夜がまだすっかり明けきらないころ、白鳥たちは、妹のエリーザが百姓家の部屋の中で眠っている場所へとやって来ました。
そこまでやってくると、白鳥たちは屋根の上をぐるぐると飛びまわり、長いく首をまげて、バタバタと羽をはばたかせました。
でも、その鳴き声を耳にした人もいなければ、その姿を見た人もだれひとりいませんでした。
白鳥たちはしかたなく、またどこまでも遠くへと飛び立っていきました。
上へ上へと、雲の中まで高く飛び上がりました。
とおく遠く、広大な世界のはてまでも飛んでいきました。
そしてやがて、海の端までずっと続いている、大きくてまっくろな森の中にまで入っていきました。
かわいそうに、小さなエリーザは百姓家のひと部屋にぽつんとひとりで取り残され、ほかに遊ぶおもちゃも何もなかったため、一枚の青い葉っぱをおもちゃにしていました。
そして、その葉っぱの真ん中に小さな穴をぽつんとあけて、その穴からお日さまをのぞき見ました。
それはなんだか、やさしかったおにいささまたちのすんだきれいな目をのぞいているような気がしました。
あたたかいお日さまの光がほおにあたるたびに、おにいささまたちがこれまで自分にしてくれた、たくさんのやさしいキス(せっぷん)のことを思い出しました。
きょうも昨日と同じように、毎日、毎日がすぎ去っていきました。
おうちのまわりにあるいけ垣を吹き抜けて風がとおるとき、風はそっとバラの花に向かってささやきました。
「おまえさんたちよりも、もっときれいなものなんてこの世にあるかしら?」
けれども、バラは首を横にふって、
「いいえ、エリーザがいますよ」と答えました。
それから、このおうちのおばあさんは、日曜日になるとエリーザの部屋の戸口に立って、さんび歌の本を読み上げました。
そのとき、風は本のページをパラパラとめくりながら、本に向かって尋ねました。
「おまえさんたちよりも、もっと信心深くて心の清らかなものがあるかしら?」
すると、さんび歌の本が、
「いいえ、エリーザがいますよ」と答えました。
そして、バラの花やさんび歌の本が言ったことは、まぎれもない本当のことでした。
このむすめが十五歳になったとき、お城へとふたたび帰ることになっていました。
けれど、お妃さまはエリーザの本当のあまりの美しさを目の当たりにすると、ねたましさがいっそう募り、憎らしくてたまりませんでした。
いっそおにいさんたちと同じように、野の白鳥に変えてしまいたいとさえ思いました。
けれども、王さまが愛しい王女さまに会いたいと望んでいたので、さすがにすぐにはそんな真似をすることができずにいたのです。
ある日の朝早く、お妃さまはお風呂(お湯)に入りに出かけました。
お湯殿は大理石でできており、やわらかな寝台と、それはそれは目がさめるほど立派な敷物がそろえられていました。そのとき、お妃はどこからか三びき、ひきがえるをつかまえてきて、それをだいて、ほおずりしてやりながら、まずはじめのひきがえるにこういいました。
「エリーザがお湯にはいりに来たら、あたまの上にのっておやり。そうすると、あの子はおまえのようなばかになるだろうよ――。」
それから二ひきめのひきがえるにむかって、こういいました。
「あの子のひたいにのっておやり、そうするとあの子は、おまえのようなみっともない顔になって、もう、おとうさまにだって見分けがつかなくなるだろうよ――。」
それから、三びきめのひきがえるにささやきました。
「あの子の胸の上にのっておやり。そうすると、あの子にわるい性根がうつって、そのためくるしいめにあうだろうよ。」
こういって、お妃は、三びきのひきがえるを、きれいなお湯のなかにはなしますと、お湯は、たちまち、どろんとしたみどり色にかわりました。
そこでエリーザをよんで、着物をぬがせて、お湯のなかにはいらせました。
エリーザがお湯につかりますと、一ぴきのひきがえるは髪の上にのりました。二ひきめのひきがえるはひたいの上にのりました。三びきめのひきがえるは胸の上にのりました。けれどもエリーザはそれに気がつかないようでした。
やがて、エリーザがお湯から上がると、すぐあとにまっかなけしの花が三りん、ぽっかり水の上に浮いていました。
このひきがえるどもが、毒虫でなかったなら、そうしてあの魔女の妃がほおずりしておかなかったら、それは赤いばらの花にかわるところでした。
でも、毒があっても、ほおずりしておいても、とにかくひきがえるが花になったのは、むすめのあたまやひたいや胸の上にのったおかげでした。

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